2019年6月5日に開催されたkintone hive matsuyama vol.1で3番目に登壇した医療法人ゆうの森 事務局 業務サポート室 課長 前島啓二氏は、「kintoneを5年活用して学んだこと」というプレゼンを行なった。医療法人での活用法はもちろん「うちのkintoneも捨てたもんじゃないな」と素直に思えるようになるまでの心境の変化が興味深い事例だ。
kintoneを活用し業務改善と効率的な情報共有を実現した
医療法人ゆうの森は、愛媛県松山市にある「たんぽぽクリニック」と西予市にある「たんぽぽ俵津診療所」の2つを中心にした医療法人で、医師や看護師、ケアマネージャー、ヘルパーといった医療系、介護系のさまざまなスタッフが100名ほど働いている。
手がけている事業は主に3つ。まずは在宅医療で、寝たきりの高齢者や重い病気で通院が難しい人が自宅で安心して過ごせるように、24時間対応の医療サービスを提供している。2つめが地域医療。西予市の俵津地区でたった1つの診療所を運営しており、在宅医療も取り入れながら、住み慣れた地域で安心して過ごせるように支援している。そして、3つめが在宅医療の普及発展のために、さまざまな講演会やイベント、書籍の発行などを行なっている。
「在宅医療を選ぶことができない方々が多い中で、当たり前のように家で過ごして、当たり前のように家で人生の最期を迎えられるといった時代が来るように、普及発展の活動を行なっています。楽なように、やりたいように、後悔しないように、という想いを大切にして、重い病気があっても、痛みやしんどさなどを緩和しながら、その人らしくよりよく生きられるように、その肩を支えて寄り添うような医療を心がけています」と医療法人ゆうの森事務局 業務サポート室 課長 前島啓二氏は語る。
前島氏は、証券会社の営業を3年経験したあと、ゆうの森に入り、総務やITの業務を担当している。業務の中で、kintoneと出会い、その面白さに魅了されたそう。その後、kintoneの認定資格を受けたり、kintoneカフェに参加するなど、どっぷりとkintone漬けの日々を過ごしている。
従来は、情報共有をする前段階で、情報そのものが属人化しているという課題があった。電子カルテは導入済みだったのだが、すべての業務を網羅できず、補うためにMicrosoft AccessやExcelが使われていた。そこで前田氏は、電子カルテ以外の情報をkintoneに集約した。Excelはどうしても使いたいときだけCSVで出力することにした。元データはkintoneに置いておき、Excelで自由に情報を扱えるようになったのだ。
kintoneを導入することで、情報共有もスムーズになり、空いた時間は業務方針の統一に時間を費やせるようになった。西予市の診療所には、毎日日替わりで松山に住んでいる医者が交代で出勤している。しかし、kintoneでしっかり情報共有することで、無理なく24時間対応を実現できているという。バックヤードの業務もkintoneに集約し、最小限の人員で運営し、黒字を達成しているそうだ。
さらには、営業活動にもkintoneを活用して、効果を上げている。医療機関なのに営業というと、イメージがわきにくいが、当然利益がないと組織を維持できなくなる。
「在宅医療の場合、患者さんの数が収益を大きく左右します。新規の患者さんを獲得する1番の方法は、地域の病院やケアマネージャーさんからの紹介です。2016年ごろに紹介数が伸び悩んでいたので、私のような内勤も含め、総動員で地域の病院やケアマネージャーさんのところを回って、営業活動をしようとしました」(前島氏)
しかし、スタッフは営業に慣れていないうえ、これまで先方のケアマネージャーが自社にどのように関わっているのかといった情報もなく、営業ができなかったそう。
そこで前島氏は営業管理アプリを作成。事業所名をルックアップすると、今まで紹介してくれた患者さんや、その患者さんたちの最近の様子、そこの事業所に所属している方が参加してくれた、ゆうの森主催の勉強会の履歴などを出先で確認できるようになった。アプリで情報を共有しておけば、営業先に行った時に、紹介してくれたことに対して自信を持って感謝できるし、患者の様子を報告したり、セミナーに参加してくれたお礼も言える。その結果、営業の得意不得意は関係なく、誰でも営業に行けるようになり、紹介が増え、一気に患者数が増えたそうだ。
外注を利用する際も、kintoneを活用しているそう。たとえば、ウェブサイトやチラシをデザインしたり、患者に毎月渡すカテーテルのような物品の在庫管理などを外注し、コスト削減を図っている。それらの業者をkintoneのユーザーとして招待し、発注アプリを利用しているのだ。その結果か、業者と電話やFAXで情報をやりとりすることが一切なくなったそう。
一番大きいメリットは「やりとりが透明化されること」だと前島氏。自社の誰が連絡をして、どのように発注したり対応しているかがわかるようになる。こちらが無理なお願いをしたり発注ミスをしたりしていないかなどを公明正大に評価しているそう。業者はどちらかというと弱い立場にあるので、やりとりをオープンにしているのだ。
隣のkintone事例が光り輝いて見えていた
うらやましい成功事例ばかりだが、5年間ずっと順風満帆というわけではなかったそう。最初に導入したときの感動は1~2年で薄れてしまった。すると、知らないうちにExcelファイルが増え始めた。kintoneのアプリも増え、比例して通知も増えていく。通知が多くなりすぎると、全部チェックできずにスルーするようになるが、本当に見て欲しい通知まで見逃されてしまうことになる。
「ウェブやkintone hiveで見聞きする他社の事例が、隣の芝生が青いとよく言いますが、そんなレベルではなく、光り輝いて見えました。反面、うちのkintoneって本当にみんなの役に立ってるのかな、という思いました。そんなことをずっと考えているとしんどいので、恋愛ではないのですが、ちょっと距離を置いて、kintoneを触らない時期がありました」(前島氏)
悶々としていたある日、入院患者のお世話をしているベテランの介護スタッフの話を別のスタッフから耳にした。kintoneに、患者の入る風呂の改善のアイディアを現場目線で投稿したのだが、それを見た経営者である理事長がいいね!を付けたという内容だ。そのことが、ベテランスタッフのモチベーションをとても高めたという。
「kintoneを導入した時には、データベースをしっかり作って、あらゆることをアプリにして、連携させることを目標にしていました。しかし、kintoneがつないでくれていたのは、みんなの心だったのです。新人さんが不安だったら励ますコメントが付いたり、昨年、南予では豪雨被害がありましたが、松山スタッフが気遣うコメントをしたりしました。それ以外にも、各自のがんばりとか、喜びとか、気づきなどがコメント欄にいっぱいあったのです」(前島氏)
kintoneにコメント欄やいいねボタンがあることは頭では理解していたが、「全然わかっていなかった」と前田氏は反省する。自分よりもむしろ、スタッフの方がkintoneを活用していたことに気がついたのだ。
部署や職種、勤務時間が異なると、顔を合わせないスタッフも多い。しかし、そんな会わない人たちだからこそ、kintoneでつながっていたという。前島氏は、kintoneだからこそできるコミュニケーションもあるんだと気が付いた時、「うちのkintoneも捨てたもんじゃないな」と素直に思えるようになったという。その後は、大量の通知を減らすかとか、Excelをkintoneアプリ化する議論などに前向きな気持ちで取り組めるようになったそう。
kintoneと過ごした5年間で学んだこと
最期に、kintoneと過ごした5年間で学んだり反省したことを5つにまとめてくれた。1つめは「スピード感」を持つこと。アプリを作りこむ前に使ってもらい、要望があったら要望を聞きながらそのまま直してしまうくらいのスピード感で対応すれば、信頼につながるという。
2つめが「なくて良い機能(仕事)に気づく」。kintoneアプリを作る前に、なくてもいい仕事や機能を洗い出すことも重要だという。不要なオペレーションを外すことは働き方改革にもつながってくる。
3つめが、「他のユーザーから学ぶ」。一見、デジタルに詳しくなさそうに見えても、他のユーザーは自分だけでは到底思いつかないアイディアをたくさん持っています。その声に耳を傾けることが重要で、聞いたアイデアをすぐに実現できるのがkintoneのいいところです。
4つめが「kintoneを信じる」、5つめが「仲間を信じる」で、「このふたは私ができていなかったことです」と前島氏。しっかりと業務課題に向き合って作ったkintoneアプリは、必ず役に立ってくれるし、仲間たちにも使ってもらえるとのこと。前島氏は5年かかったが、kintoneと仲間を信じることが重要だという。
「四国におけるkintoneの活用はまだまだこれからです。地域のユーザー会で事例を共有しながら、四国でもっとkintoneを使って業務を改善し、盛り上げていきましょう」と前島氏は締めた。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう