香港から深圳を経由して新幹線からクルマに乗り継いで3時間
100年ぶりのイノベーションが起きつつあると言われるのがクルマの世界だ。MaaSやコネクテッドカーや自動運転などモビリティ全般、さらには都市システムとも関係するという。この流れの見逃せない側面の1つは、AIが我々の棲んでいる生活空間に「生き物のような動く存在」として出てくることだ。
それでは、AIが、生活や公共の空間にでてきたときに何が起こるのか? それを端的に感じさせてくれるよい題材が「AIカー」だと思う。
ここでいうAIカーというのは「AIを搭載して自動運転するラジコンカー」である(自動運転しているときにはラジコンではないが=学習させるときにラジコン的な操作をする)。昨年からこのコラムで「AIカーが来てる! 自動運転でラジコンカーを走らせよう!」と「オープンソースのAI学習カー「Donkey Car」を走らせてみた!」と2度にわたって触れてきたものだ。
上の記事を読んでもらうのが早いのだが、AIカーで感動するのは、学習させた本人が小さくなって乗っているかのように人間っぽく走る(いままでもiRobotの「ルンバ」は生活空間で動いていたでしょと言われそうだが、あれは「昆虫のAI」と言われたしくみが元になっていてだいぶ内容が異なる)。そんなAIカーの代名詞的な存在が「DonkeyCar」である。
私は、昨年終わり頃からこのAIカーにドップリとはまっていて入門セミナーを開催させてもらったり、フェイスブックページを開設したりなどやっている。技術的な部分に関しては、株式会社GClueの佐々木陽氏やクイックシャーの山本直也氏に教えてもらいながらやってきた。
さて、その佐々木陽氏が、独自に基板を起こして新しいDonkeyCarを作ろうとしている(DonkeyCarは基本的に市販部品と専用シャーシからなるオープンハードウェアとして公開されているのだ)。また、NVIDIAが3月に発表したマイコンボード「Jetson nano」を使ったAIカーも作ろうとしているそうだ。
新しく作る理由は、DonkeyCarや同じようなAIカーのアマゾンDeepRacerは、日本人にはいささか大きく感じる(現状のDonkeyCarは1/16、DeepRacerは1/18、ミニ四駆は1/34スケールだ)。大きいと走行できる場所も限られ、価格も相対的に高くなる。そこで、ふたまわりほど小さい1/24スケールのDonkeyCarを作ろうというのだ。
今年10連休となったゴールデンウィーク、佐々木氏が、その開発のために中国深センのコワーキングスペースに1週間ほど詰めて開発をやっていた(部品調達や基板を早く起こせるからですね)。さらにAIカーはオフロードのラジコンカーに基板をのせて作るのが定番である(万が一クルマが壁に激突しても壊れにくいのといかにも実験用のクルマより現実感もある)。そこで、ちょうどよいラジコンカーを安く仕入れるために中国のオモチャ都市「汕頭」(スワトウ)まで出かけるという。
深センは地下鉄も引かれてなかった2000年代はじめから4回ほどでかけているが、その後の変化もメチャ興味深い。しかし、今回に限っては「オモチャ都市」というのが聞き捨てならない! と思った。
「スワトウ」という名前は、パチパチクラッピーで有名な株式会社バイバイワールドの髙橋征資さんのブログに出てきて気になっていた。「いざ、世界一の玩具の街「汕頭(スワトウ)」へ!」(前編)、(同後編)である。そこにも書かれているのだが、「汕頭澄海区は、中国の玩具輸出の7割を占める」という。私のようなガジェットや生産性のない機械やそもそもオモチャが大好きな人間には、頭がおかしくなってしまうようなウソのような魅力的な都市のようだ。
高橋氏の旅行記では、秋葉原のヨドバシのすべてのフロアかオモチャの棚であるようなショールームビルに行ったことが紹介されているが、そんなビルが汕頭には大小10個ほどあるという。ビルがまるごとオモチャだなんて! ケーキが大好きな子どもが、家も街なみもすべてケーキでできた異世界に迷い込んだ状況のような感じになるのでしょうか?
ところで、中国には「義烏」(イーウー)という巨大問屋都市があるのは割と知られている。ここには、2012年に出かけていて中国のこの種のことの規模感だけは肌で知っているつもりである(「上海の電動スクーターと鉄板三輪車の地獄ロード」参照)。グーグルアースを見ても桁外れの巨大さが分かる問屋ビル。Wikipediaによると、主要な問屋ビルの床面積合計は4平方キロメートル。ほかのビルも合計すると千代田区の面積11.66平方キロメートルの半分くらいの広さに雑貨の棚があるさまを想像していただきたい。
上のコラムを読んでいただけると、このときも西遊記の一場面に迷い込んだような大冒険のイメージだった。「命からがら」という表現がそんなに大げさではない(笑)。
実は、このときもご一緒した上海在住で日系銀行に勤めるHさんが、私の奥さんの情報を聞きつけて汕頭(スワトウ)ツアーへの参戦を表明(心強い=中国語堪能&中国の産業商習慣に詳しい)。5月3日、ゴールデンウィーク中ということで、我々は、香港への旅行先から汕頭へ、佐々木さんは深センから汕頭へ向かうということで途中合流ということになった。
Hさんによると、香港から汕頭は「香港西九龍」駅から高速鉄道で2時間46分(直線距離は200マイル=320キロ)。深センからはもう少し近いことになるが、さすがにこの話をしていたのが4月28日。実は、5月1~4日は、中国も祝日(5日は日曜日だが振替営業日だった)。どこも激混みで、チケットが取れない!
まずは片道のチケットは取れたが、帰りのチケットが取れない。恵州というところまで行って寝台列車で戻ってくるか? それとも遠距離バスで300キロほどキャラバン感覚の移動をするか? Hさんからは、この手の提案がポンポンと出でくる。今回も、いい感じで生命を掛ける感じになりかけたのだが、結果的に汕頭の手前にある潮汕(チャオシャン)まで高速鉄道、そこからクルマで1時間ほどかけて汕頭というのを往復することになった。
ちなみに、中国の高速鉄道はパスポート情報があれば日本からも予約できる。有名な旅行サイトCtripでキャンセル待ちの予約を入れておくとき、10~20元前後のチップをブッ込んでおくとチケット獲得率が上がるそうだ。「おー、さすが中国」と思ったが米国のUberも混んでいるときお金を積むと取れやすくなりますね。
そして、5月3日、晴れて汕頭へのツアーが決行されることになったのだった。
いざ「世界一の玩具の街・汕頭(スワトウ)へ!」ラジコンカー仕入れ編
汕頭では、どうふるまえばいいのか? 私は、少しおつきあいのあるバイバイワールドの髙橋征資さんに聞いてみた。そしたら、親切にもパチパチトールくんを扱った現地の会社を紹介できるという。パチパチトールくんというのは、高橋さんの会社が1500円で販売していたパチパチクラッピーのソックリさん(要はパクリ?)で販売価格は100円(そのあたりの経緯はどうして「パチパチクラッピー」は「100円」で販売されることになったのかを参照のこと=1500円のものを100円! このあたりに汕頭の実力の片りんがうかがえる)。ところが、その会社の日本人を含むスタッフ3人はあいにく出張中で、その日、汕頭にはいないとのこと。
しかし、そこはラジコンカーを本気で仕入れる覚悟の佐々木さんが、アリババや海外サイトを探して商社のwww.tonysourcing.comやラジコンメーカーのWLtoysにあたりをつけて連絡をとっていた。さきほど触れた秋葉原のヨドバシなみのショールームは、彼ら商社にあらかじめ話をつけておかないといきなり行っても入れないそうだ。
ということで、汕頭でまず乗り付けたのが「Hoton Exhibition Hall(汕头宏腾展厅)」というそんなショールームビルの中でも代表的なものの1つ。たしかに、秋葉原のヨドバシというたとえがピッタリの6階建てのビルである。
調べてみると汕頭では何百万人がオモチャの生産に従事しているそうだ。中国のオモチャの輸出の7割を占めるというくらいだからメーカー数も多い。その人たちといちいちコンタトクをとっていたらとてもじゃないが間に合わないというわけで、イメージとしては1年中常設の展示会が行われていると考えればよい。オモチャを作る会社はこうしたショールームビルの棚を借りて製品を並べておくわけだ。無数のオモチャ会社が競って製品を作って並べるのでこんな凄いことになる。
3人で我々を案内してくれる商社の人が、ビルの中では大きなカートを押しながらついて回る。我々が、ちょっと手にとって眺めるとそのオモチャのバーコードを読み取ってどんどんカートに追加していく。
オモチャだけの巨大ショウルームビルをラジコンカー求めて探索する。
午前中たっぷり商品を吟味してまわったあとは、昼食に出る時間がないため料理をデリバリーしてもらうことに。ところが、これが代表的な潮州料理である「滷水」(ロウソイ)はじめバカうまで大満足。「ピザとどっちにする?」と言われたが、おまかせでオーダーしたのが正解だった。
DonkeyCarに使えるラジコンカーを物色にきた佐々木氏は、1台1台吟味している(私のほうは見たこともないオモチャを見つけては喜んでいたのだが)。ところが、あれだけの数のラジコンカーがあったのに、DonkeyCarにできる製品はほとんど見つからないという。何百台もあるラジコンカーの中で、なんとか使えそうなのは1台やっと発見できただけだった。
どんなことかと聞くと、DonkeyCarは、背中に搭載したRasberry PIというコンピューターがスピードコントローラ(ESC)を介してラジコンカーの足回りを制御して走ることができる。AIは、カメラに映る風景とハンドルやアクセルの状態を紐づけて学習。自動運転では、同じような風景を見たときにハンドルの角度やスピードを「こんな感じかな」と推論することで、コースをきちんと走れるようになる。その要となる回路がスピコンなのだ。
ところが、このオモチャの巨大ショールームに置かれたラジコンのほとんどは、はるかに簡略化された回路で人の操作をハンドルやアクセルに反映するようになっていた。これは、汕頭がなしえた低価格化のためのイノベーションなのかどうか? ラジコン専門家が聞いたら「オモチャと模型の違いも知らないの?」と笑われるかもしれないのではありますが。
どこまで行ってもオモチャ、オモチャ、オモチャの砂漠みたいなところを彷徨い歩いた我々の旅の結末が、こんな知識の欠如による徒労で終わるようなことってあるのか?
あのAIカーのふるさとも汕頭だったのか!?
ここは気を取り直してアポの入れてあるラジコンカーの製造メーカーWLtoys社に向かうことにする。今回案内してくれた商社の人たちがそちらへもクルマで案内してくれる(なんていい人たちなんだと思うかもしれないが1日分の謝礼を払ってあった)。
現在のDonkeyCarは、中国のHSPという会社の「HSP 94186」というモデル名のラジコンカーを使っている。佐々木氏によると、WLtoysも、同じように中国のラジコンメーカーとして知られてきている会社なのだそうだ。巨大ショールームビルの訪問では、いささか愕然とする結果に終わったが、WLtoysにはあらかじめDonkeyCarに使えそうな車体があることが分かっていた。
実は、バイバイワールドの高橋さんからも「汕頭では当たりを引くのが難しいと感じています」とアドバイスをもらっていた。事前の調査がとても重要ということですね。
ラジコンカーの会社におじゃまして工場見学もさせていただいた。
このWLtoysだけでもかなりの数のラジコンカーが展示されていて、ドローンやブッロクトイも製造しているようだった。中国ツアーでは定番らしい工場見学もさせてもらったのだが、プラスチック成型からやっているので、ポートフォリオ的にいくつかのジャンルをカバーしているのだろう。中国でドローンといえば、DJIやYuneec(ユニーク)が有名だが、ちゃんと飛ばすのが大変なオモチャのドローン以外にもこうしたメーカーが後ろにいくつも控えているということか。事実、1万円以下のミニドローンでも安定制御するものは1年以上前から出ている。
さて、ひととおりの見学が終わって、目的とする1/24スケールのラジコンカーの選別もできてWLtoyの人たちと商談タイムのような感じになった。
佐々木さんが、今回の訪問の前にネットで同社とどんなやりとりをしていたかというと次のような感じだったようだ。
WLtoys:「何台くらい仕入れてもらえますか?」
佐々木:「50台、100台かなぁ?」
WLtoys:「うちは最低でも5000台からじゃないと取り引きしませんよ(帰った帰った)」
佐々木:「ちょっと待って、聞いてぇ」
というような調子だったところを、なんとか約束を取り付けて今回の会社訪問となったのだそうだ。この日も商談に出てきたWLtoysの人たちに、ラジコンカーにAIを搭載したDonkeyCarがいま米国や日本で盛り上がってきていて、そのベースにする車体を探しているのだと説明していた(日本でDonkeyCarやっているのは前述Facebookページのイイネ数からして推定200人くらいな気もするが)。
いまのところ100台しか買わない理由としては大学で使うからだとか、DonkeyCarの資料なんかを見せていたら、WLtoysのひとりが「なんだそのことね」と言った。アマゾン(正確にはAWS)の「DeepRacer」を知っていたわけだ。DeepRacerというのは、ちょうど昨年私がDonkeyCarの記事を書いていたときアマゾンが発表したAIカーである(さすがアマゾン分かっているとも思った)。そして、「見れば分かっちゃう」というのは、DeepRacerは同社の「A959」というモデル名のラジコンカーの車体を使っているようだ。
アマゾンのDeepRacerは、私も入手して技適を理由にまだ試してもいないのだが、DonkeyCarよりずっとボリューミーである。しかし、実際にはDonkeyCarの1/16に対して1/18スケールなので逆にDonkeyCarより小さいラジコンカーがベースになっている。A959は、同社の売れ筋の車体らしいのだが、佐々木さんは1台サンプルとして購入。持ち帰ったものを私のDeepRacerと改めて比べてみるとやはり同じ車体である。
しかし、DeepRacerの場合、Atomを搭載したコンピューターとそれを動作させるためのバッテリやカメラがいずれも大きく、そのままではとても頭でっかちなデザインになる(重量も約2倍=DeepRacerは同社のDeepLensという開発者向けに提供された据え置きデバイスの発展形のような存在ですからね)。その結果、タイヤだけ巨大なものに履き替えたと思われるフシがあるのは改めて見るとカワイイ感じである。
さて、たった1日の汕頭への旅だったが、本来の目的の1/24スケールのラジコンカーの目星もつき(文中このモデルについては触れなかったが)、WLtoysさんにDonkeyCarを作りたい熱意も伝わった(5000台ではないが売ってくれそうである)。濃密な約7時間を過ごしたあとの帰りの電車は、潮汕を19:56発である。それを目指してクルマで移動する頃にはあたりは夕間暮れ、Hさんによれば中国でも珍しくなった地方の商店のならぶようすなどが目に飛び込んでくる。そして、予定より早く潮汕駅に到着。
まわりには仮設の牛肉麺やみやげ物のお店しかない潮汕駅。アマゾンのDeepRacerの担当者も、私らと同じように新幹線やクルマを乗り継いではるばるこの地まで旅するようにやってきたということなのでしょうか? などと思いをめぐらせてしまう。ちょうど、米トランプ大統領が中国製品に対して関税を引き上げるというのがニュースになっていましたが。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。現在は、ネット・スマートフォン時代のライフスタイルについて調査・コンサルティングを行っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『ソーシャルネイティブの時代』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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