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広報に聞いてみた:

日高屋「黒酢しょうゆ冷し麺」なぜ「冷やし中華」と言わないのか

2018年07月04日 12時00分更新

冷やし中華と言わないのはなぜですか

 冷やし中華のルーツにはさまざまな説があるが、1930年代の日本で生まれた説が有力らしい。起源の一つとして有名なのが、宮城県は仙台市青葉区にある「龍亭」が夏向きのメニューとして苦心して開発した「涼拌麺」だ(仙台発祥冷し中華 ① | 宮城県中華飲食生活衛生同業組合事務局のブログ)。

 また、戦後の東京では神田神保町の「揚子江菜館」(揚子江菜館公式サイト)が「五色涼拌麺」として、ざるそばをヒントに細切りの具を皿の中心から放射状に盛る方法を編み出したという。冷やし中華でおなじみの、山に積もる雪のように具を盛り付けるあの方法である。こちらも現行の冷やし中華のルーツとされることがあるようだ。

 日本全国に存在が広まったことに関しては、市販の冷やし中華の影響も見逃せない。1960年、製麺会社「だい久製麺」が家庭用の冷やし中華「元祖だい久 冷やし中華」を発売。当時の夏場商品として、麺の包装後に蒸気処理した生ラーメン、冷たくても固まらない液体スープ付きの即席性が人気を呼んだという(だい久製麺の特色 | 株式会社 だい久製麺)。

 他にもさまざまな説はあるものの、麺を水で冷やし、味付けに酢を使う、我々が考えるスタンダードな冷やし中華が日本で生まれた麺料理であることは確かだそうだ。初夏の頃に中華料理店などが店先に掲げる「冷やし中華はじめました」というのぼりは、日本の定番ともいえる。

冷やし中華のイラスト(いらすとや)

 さて、埼玉県さいたま市大宮区に本社を置く外食企業、ハイデイ日高の話に変わる。低価格ラーメン・中華料理チェーンの「熱烈中華食堂 日高屋」(以下、日高屋)でおなじみだが、季節限定メニューとして「黒酢しょうゆ冷し麺」(530円)なる麺料理がある。

 この日高屋の夏の定番メニューについて疑問がある。見れば見るほど冷やし中華にしか思えないのに、どうして“冷やし中華”ではないのだろうか。「冷し麺」という名前になっているが、なぜ冷やし中華と名乗らないのか、すこし気にならないだろうか。「どうでもいい」と思われるかもしれないものの、どうでもいいからこそ、一度疑問を感じたらやたらに気になってしまうともいえる。

 具材は、わかめ、ハム、きゅうり、錦糸卵。麺は黒酢のタレに浸してある。くどいようだが、冷やし中華にしか見えない。それでも、日高屋は冷し麺だという。この謎を解くべく、さっそく日高屋に行き、黒酢しょうゆ冷し麺を注文してみた。このメニューは、具材と、麺(+黒酢)が別々に提供されるのが特徴だ。もしかして、このセパレート提供が冷やし中華を名乗らない理由? そんなこともないだろう。

こちらは麺。タレが黒酢なのが味の決め手

具材は麺にのせるのではなく、別々に提供される

 さっそく食べてみる。うーむ。冷やし中華だ。具材もオーソドックスだし、味もシンプル。おもしろい感想でなくて申し訳ないという気持ちもあるが、それはそれ、奇をてらったことを言う余地がない。

 なかなかよいと思ったのは、添えられている紅しょうが。黒酢がやや甘いので、合間合間に箸休め的に食べると、ピリッとした刺激がアクセントになる。ラー油を回しかけてもおいしい。卓上の調味料を入れても、ある程度は受け止めるあたりが、シンプルに作ってあるがゆえのメリットといえる。

 とはいえ、冷し麺と名乗る理由は、まったくわからない。冷静に考えてみれば、食べてみて何かしらの謎が解けるわけではないのだが、そのあたりは疑問を解決するためのロジカルな思考よりも食欲が勝ってしまったかたちとなる。まことに申し訳ない。

 こうなったらもう、本人(というか、本社)に聞くのが一番だ。

答えがシンプルすぎて泣いた

 とはいっても、ハイデイ日高の本社に殴り込みにいくわけではない。広報の連絡先を入手し、「ネーミングの由来を、可能であればお教えいただけないか」と問い合わせただけだ。はたして、その理由は何か……。冷し麺というワードにこだわりがあるのか? それとも冷やし中華なるフレーズが使えないエピソードがあるのか?

 ちょっとした疑問ではありながら、気になり始めると、誰も答えを出してくれなかったこの謎。少しばかり胸を躍らせながら待っていると、さっそく担当者からメールが返ってきた。小さな謎が明らかになる瞬間というのは、大人になってもワクワクするものだ。いそいそと開封し、本文に目を通す。しかし、そこに書かれていた答えは、あまりにもシンプルだった。

「黒酢の名前は黒酢を使用していることを強調するためのネーミングです。」

 ……え? そ、それだけ?

 しばし無言になり、うっかり先方がメールを途中送信してしまったのではないかと疑い、念押しの返信を送ることを考え、しかしどうもそういうわけではなく、ほんとうにそれだけであるらしいと気づいたとき、自分は黒酢しょうゆ冷し麺並みに冷たい表情になった。失望したわけではない。完全に意表を突かれた格好になってしまったからだ。

 我々は「どうして冷やし中華を名乗らないのか! 何かワケがあるに違いない!」と思っていたが、逆だった。日高屋としては「黒酢を使っています!」ということをアピールしたかったのである。

具材をのせると、どこからどう見ても冷やし中華になる

 そう言われてみると、冷やし中華なる「意外とアレンジしにくい」料理に関して、ほぼ間違いなく必要になる「酢」で差別化を図るのはかしこいかもしれない。あまり独特の調理法にすると、今では「油そば」「まぜそば」の派生系と受け止められてしまい、「こういう商品です」とシンプルに伝えるのが難しくなるかもしれない。料理としては冷やし中華の原型を保ちつつ、違いを訴えるとなれば、「冷やし中華のような外見ですが、実は、ほかとは違う酢を使っています」という点をアピールするのは、なにもおかしいことではない。

 言ってしまえばなんだが、自分が、勝手に日高屋を疑っていただけだった。いつの間にか、「冷やし中華って言わないのぉ〜? 何か後ろめたいことがあるんじゃないのぉ〜?」と、疑いの目を向けていたのだろう。うかつだった。「いや、黒酢がポイントですと言いたいんです……」という話だったのだ。なんだか、ほんとうに申し訳ない。

 ちなみに黒酢しょうゆ冷やし麺だが、9月ぐらいまでの販売を予定しているとのこと(多少前後する可能性あり)。いよいよ夏真っ盛りのこの時期、日高屋で黒酢の効いたさっぱりとした味わいを楽しむのもよいかもしれない。それでも、あのメニューを人に聞かれたときには、「ああ、日高屋の冷やし中華ね」と言ってしまう気がするのだけれど……。


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