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『ヨチヨチ父 とまどう日々』ヨシタケシンスケさんインタビュー:

育児メチャクチャで大丈夫です

■育児はたこ焼き。ふしぎと丸くおさまるんです

── ヨシタケさんは10年以上、お父さんをやってきています。以前、ヨシタケさんが装画を担当された『母ではなくて、親になる』山崎ナオコーラさんとのトークショーで「父親の役割は疎外感」と話されていて、個人的には激しく納得したんですが……

 お父さんってほんと割に合わないですよ。何の見返りもないですからね。

── 生物全般にそういうところがありますね。オスは最終的な弱者というか。

 交尾したあと食べられるカマキリみたいなね。お父さんって何がやりがいなんだって本当に思いますよね。小さな喜びをていねいに拾い集めて宝箱に入れていかないといけない。しかも前払いですからね。最初の5年間で一括払い。運用、大変ですよ。そこからは待っていても向こうから何も来やしないわけですから、繊細になっていかざるをえない。

── (笑)。お父さんって損だな、と感じてしまいませんか。

 損か得で語れないものになっていきますよね。損か得かの二元論で考えるとどんどん暗い気分になっていってしまうから、今までと全然ちがう価値の軸を見つけないといけない。二元論で言うなら、生まれてきた子どもが善なのか悪なのかなんてわからないじゃないですか。育児って仕事と同じような損得や善悪の二元論で語れる話じゃないんですよね。

── 学校も仕事も結婚も競争だったのに、いきなり損得・勝ち負けの概念が通用しない「子ども」というものがポーンとあらわれてくる。

 たぶん父親の戸惑いの本質は全部それですよね。「この現象は何なんだ」っていう。計測できないものが出てきたときの戸惑い。計測する対象が間違ってるんじゃなくて、計測する尺度の間違いなんじゃないか、ってことに気づけない。自分が好きな人が自分より好きな人を見つけてしまうこと自体、本来は許しがたいことなわけですよね。「わたしはあなたより大事なものを見つけたから、わたしはこれからそのために生きていくからね」と言われて、「わかった」と。「これからあなたの価値は下がるからね」と言われても「わかった」と言わなきゃいけないわけですよ。

── せっかく競争に勝ち抜いて、好きな人の“一番”になれたのに。

 これから先ずーっと1位にならないからねと。そこに対して、「1位=勝ち」っていうのを捨て去らなきゃいけないわけでね。そこでお母さんをサポートするナンバーツーの格好良さを求める人もいるし、順位とはちがう尺度を求める人もいる。そこで何をつかみとるか、何を探しはじめるか、というところですよね。むずかしいんですけど。

── そのときにつかみとったものがお父さんの新しい強みになっていく。いままで仕事や人生でつかんできたものとはまったく別の価値観ですね。本にも書いていましたが、それまでの強さ・弱さではくくれない、新しい価値観が生まれると。

 そういう価値観は仕事にも生きてくると思いますよ。何かが思いどおりにいかなくなったとき「だよねー」と言える強さというか、「じゃプラン変えまーす」と言えるしなやかさというか。人生に対する強さを持たざるを得なくなっていくわけですから。

ヨシタケさんの立体作品「強いんだか弱いんだか」。子どもができて、自分は強くなったのか弱くなったのか、というテーマから発想しました。強いツノを長くのばしすぎて弱くなってしまったもののオブジェ

── 予期しない出来事が起きたとき「なんとかなるよね」といえる力。親になると仕事に責任感が出るといわれますが、個人的にはそちらのほうがしっくりきます。

 責任というより「対応力」ですよね。子どもがいると自分が変化していく力のほうが求められるわけで、親である責任に縛られてしまうより、自分がどう変わっていくかの方に希望を見出していけるんじゃないかと思います。責任ってものに縛られすぎると、メリットもないし、道が見つからなくなっていくはずなんですよね。

── 自分のコントロールがきかない状態を楽しめるようになっていくと。

 若い頃はフードコートが嫌いだったんですよ。ワイワイガヤガヤしてるところがね。子どもができてからはフードコートがすごく好きになって。家庭がしっちゃかめっちゃかになっているさまがおもしろくって。流れにもみくちゃにされるおもしろさ、ライブの最前線でくちゃくちゃにされるような高揚感が出てくる。あれはもう言葉や理屈で言えないものですよね。全部自分でコントロールできて、あるべきものがあるべき場所にあるおもしろさとは全然別のものですから。

── 子どもはトレイごと食器をひっくりかえすし、前ぶれもなくゲロ吐いちゃうし。

 それだけしっちゃかめっちゃかになっていても、全部脱がして洗濯すれば元通りになるっていうね。あんなにうんちまみれだったのに、お風呂に入れれば元通りになる。夜中ふとんにゲーッてもどしてゲロまみれになるんだけど、洗濯して乾くともとに戻るんだ、勝手にリセットされるんだ、何かあっても元に戻るんだ、っていう。

── 育児という「めちゃくちゃ」を楽しめるようになると。

 これは別のイラスト集に描いたんですけど、たこ焼きってあるじゃないですか。

── たこ焼きですか。

 嫁がたこ焼き機を買ってきたことがあったんですよ。ぼくはやったことがなくて、最初ぐっちゃぐちゃになるんですよね。生地をバーッとひくと、プレートがなみなみになる。これがたこ焼きの形になるって最初は信じられないんですよ。変な形なんです、1個1個。だけどやっていくうちにだんだん形になっていって、最後にはちゃんと丸くなるんです。丸くおさまるんですよ、文字どおり。それが物理的に20~30分で展開される。だからたこ焼きするたびに勇気づけられるんですよ。親になるってつまりそういうことなんじゃないかなって、いま気づきました。

 インタビューを終えて、ヨシタケさんの聡明さがとても印象的でした。

 わたし自身、親になって初めて、子どもを育てることの大変さ、大変さという言葉の意味の広さを痛感しました。子育てというテーマをウェブ上で書くことの難しさも。「こんなことを言ったらだれかが傷ついてしまうかもしれない」と、言葉を胸にしまうこともありました。

 ヨシタケさんはそれをわかった上で、他人同士なのだから他人のことなんてわからない、だけど、他人同士であっても伝えられる方法があるはずだと、イラストやシチュエーションを駆使して、言いづらいことを伝える“新しい言葉”をつくることに挑んでいると感じました。

 現代は多様性の時代といわれます。多様性とは、おたがいに立場がちがうこと、けっしてわかりあえない人がいることを認めた上で、それでもおたがいの権利を尊重する難しさのことだと思います。そのとき必要になる新しい言葉が、『ヨチヨチ父』にはつまっている気がしました。

 そんなヨシタケさんに、子育ての「のどもとを過ぎるまで」の熱さは、いつかかならず過ぎるものなんだという言葉をもらって心底ほっとさせられたのもまた、正直な気持ちです。ぐっすり寝られるようになると、もうちょっとイージーモードになると思うんですよね……。

 最後に連載についてのご案内です。いままで毎週水曜日にお読みいただいていたコラム「男子育休に入る」ですが、来週からは不定期掲載に変わります。掲載の際は、FacebookまたはTwitterでアナウンスをしますので、これからもどうぞよろしくおねがいします。


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書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)

1983年生まれ、家事が趣味。0歳児の父をやっています。Facebookでおたより募集中

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