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不動産業界の現状と求めるベンチャーへの期待

2016年07月07日 09時00分更新

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。三井不動産の光村圭一郎氏による技術とイノベーションについてのコラムをお届けします。

 三井不動産は2015年4月、新たにベンチャー共創事業部という部門を新設し、“31VENTURES”というブランドで活動を本格化させた。私はここで、新規事業担当者として勤務している。

 31VENTURESのミッションは、ベンチャー企業を含む社外のパートナーとコラボし、三井不動産の既存事業の強化や事業領域の拡大につながる新たなタネを創出すること。これを実現するため、コワーキングスペースやベンチャー企業向けのスモールオフィスを開設したり、CVCファンドを設立したり、ベンチャー企業と大企業のコラボを創出するためのプログラムを運営したりしている。

 三井不動産のような大きな組織で、ベンチャー企業とのコラボを実現することは簡単ではない。私はこの数年、この仕事に携わる中で様々な失敗を経験し、多くのことを学んだ。大企業の中でイノベーションに取り組むことで得た現場の知見を、この連載では紹介していきたい。

 第1回のテーマは、「今、不動産業界で起きていること」。まず、私の働いている業界の現状と課題を共有したいと思う。おそらく多くの読者の方が、不動産業界について「体質が古い」、「ITリテラシーが低い」といったイメージを持たれていると思う。そのイメージは概ね正しいのだが、そこから変革を生み出していく最前線が、私の今の職場ということになる。

ソフトとコミュニティーが不動産を変える

 そもそも“不動産業界”とひと言でいっても、その範囲は非常に広い。開発、流通、賃貸、管理などの業務があり、商品の幅もオフィスビルや住宅、商業施設、ホテル、リゾート施設、物流施設など多岐にわたる。三井不動産は総合デベロッパーとして、これらのすべてのビジネスに関わっている。

 この大きなビジネスの中で、私が注目しているのが“ソフト”と“コミュニティー”だ。

 たとえばオフィスビル。従来、オフィスビルの賃料は立地や建物の規模、スペックなど、すなわち“ハード”によって賃料が決まっていた。業界では高賃料を設定できる物件を“近・新・大”と呼ぶことがある。主要駅から近く、新しく、大きな物件であれば高賃料が実現できるという意味だ。

 かつての東京では、“近・新・大”の物件は希少価値があり、実際に高額な賃料を設定することができた。しかし急速に都市の再開発が進み、今後も次々に古いオフィスビルが更新されていく中、もはや“近・新・大”はありふれた存在になっている。また、建物自体の性能を見ても、一定のレベル以上の物件であれば少なくともスペック表における差異はほとんどないと言っていい。つまり、飽和市場の中でコモディティー化が進んでいるのが、オフィスビルという商品だ。

 一方、テナント企業やオフィスワーカーの要求は急速に変質している。テナント企業は既存商品の売上拡大やコスト削減を図るのと同時に、新規ビジネスの創出を希求している。そのため、働く場所に対して、効率性や快適性だけでなく、創造性が求められるようになっている。また、多様な働き方に対する関心、理解が広まり、都心のオフィスビルに社員全員が集まる必要性は薄れてきている。私自身、日常業務の中でノマド的な働き方を実践している。

 このような市場のニーズに応えるためのカギが“ソフト”と“コミュニティー”だと、私は考えている。

 企業やオフィスワーカーの創造性を向上させる。そこから新たな収益を生み出す新規事業を創出する。そのために必要なのは、単に安全で快適なハードとしてのオフィスビルではなく、様々な刺激や気づき、体験、出会いが生じるソフトとコミュニティーを備えたオフィスビルだ。“働く場”の提供ではなく、“働き方”や“働くという時間の中で得られる体験”までをも、不動産会社として提供していく必要があるという認識である。この流れは、マンションなど、他の商品でも共通している。

 質の高いハードに、良質なソフトと活発なコミュニティーを融合させることで、オフィスビルという場から新たな価値を創出させる。この新しい取り組みのパートナーとして、三井不動産はベンチャー企業に大きな期待を寄せている。

 今後、この連載の中では具体的な取り組み事例を随時ご紹介していきたい。

人的コストが高い不動産業

 もうひとつの大きなポイントが“業務効率化”だ。清掃、設備、警備等、建物管理の現場で行われている業務は、基本的に人力頼みで極めて労働集約的な環境である。一方、特に建物管理の現場では人手不足により、スタッフの確保が難しい局面も散見される。

 この解決に役立つと期待しているのがドローンやロボットだ。現状の技術水準では、まだ我々の満足できる商品は見当たらないが、実証実験への協力や試用は積極的に取り組んでいる。

 また不動産営業も、人的コストが高く、物件の内見に社員が同行、案内するのが現状での基本スタイルだ。逆に、賃貸住宅などは社外の仲介会社の営業マンが案内するケースも多いが、仲介会社に十分に物件の魅力が伝わらず、結果的にユーザーに訴求できないケースもある。VR技術を使って内見が効率化できるのではないか。そもそも接客やユーザーへの情報伝達の方法論を抜本的に見直せないか。ここでも、ベンチャー企業とタイアップできる可能性は十分にある。

 このように課題が山積している不動産業界。特に住宅仲介の領域ではベンチャー企業が次々に参入してきている。いくつか例を挙げると、“ietty”はオンライン営業とAIによる物件紹介で徹底的な効率化を目指している。イタンジが運営する“ノマド”は、家賃1ヵ月分が相場の仲介手数料にメスを入れた。

 しかし、総合デベロッパーが手がけるまちづくりや大規模施設の開発、運営の領域では、まだまだベンチャー企業との連携が進んでいるとは言えない。私自身も取り組んできたが、まだまだ苦戦しているというのが正直なところだ。

 次回は、大手不動産会社である三井不動産でイノベーションを実現する難しさと、それを乗り越えるための工夫についてご紹介したい。

■関連サイト
31VENTURES

光村圭一郎(こうむらけいいちろう)

著者近影 光村圭一郎

三井不動産株式会社 31VENTURESアクセラレーター 1979年東京都生まれ。(株)講談社にて週刊誌編集者として勤務した後、2007年に三井不動産入社。オフィスビル開発、プロパティマネジメント業務、部門戦略策定等の業務を経て現職。主なミッションは「スタートアップと大企業の事業共創の実現」。その実験場として2014年、東京・三越前に「Clipニホンバシ」を自らプロデュースし、開設。KDDI「∞Labo」、青山スタートアップ・アクセラレーション・センター等のメンターを務める。

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