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Instagram時代にインスタントカメラの新製品『I-1』を使う by 遠藤 諭

2016年06月21日 14時00分更新

週刊アスキー電子版では、角川アスキー総合研究所・遠藤諭による『神は雲の中にあられる』が好評連載中です。この連載の中で、とくにウェブ読者の皆様にご覧いただきたい記事を不定期に転載いたします。

スマートフォンよりスマートフォン的!

 その昔、ポラロイドカメラを買おうとしたら、店員に「彼女とヒミツの写真を撮るんでしょ?」と言われた。デジタルカメラが登場するまで、写真は、お店に現像・プリントを頼んで受け取りにいくものだった(自分で現像する人は別だが)。シャッターを押したとたん、ジーッという音ともに出てくるポラロイド写真は、1970年代から1990年代にかけて人々をハッピーにする代表的なアイテムだった。

 ポラロイドの中でも、一般の人たちに馴染みがあるのは、写真の「絵」の部分が約8×8センチの「SX-70」や「600」シリーズと呼ばれるフィルムである。「絵」の下の白い部分には薬品の薄い袋がついていて、フィルムが出てくるときに上下ふたつのローラーがそれを絵のほうに絞り出すようになっている。

 ご存知のとおり、ポラロイド写真は、数分間は待たないと絵が浮かび上がってこない。それが映画が始まる前の待ち時間のような手持ち無沙汰な感じとなり、居合わせた友だちとの間で会話がはじまる。そして、薬品の入っていた白い部分はサインペンでメッセージが書き込める!

 インスタグラムのアイコンが、かつてポラロイドの『One Step』というモデルを意識したと思われるデザインだったのも無関係ではない。レストランの壁にたくさん貼られたり、結婚パーティの定番ツールになったことを考えてほしい。ポラロイド写真というのは、21世紀のソーシャルメディアの時代を予見していたようなところがある。

 1972年発売の『SX-70』というモデルは、芸術家のアンディ・ウォーホルや元ビートルズのジョン・レノンに愛用されるなど、ポップカルチャーを象徴する存在となった。

IMPOSSIBLE『I-1』(写真右)とSX-70シリーズの廉価モデル『One Step』(別名『1000』、写真左)

 その発色やプラスチックの質感もさることながら、個人が気軽に使うためのものでありながら立派な写真としての発信力がある。それが、リアルタイムで出てくるというのが衝撃的だった。ちょうど、ウォーホルが「未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう」(その後「15分で有名になれる」と言い変えられた)と語った時代である(正確には少し前の1968年だが)。

 ところが、ポラロイドはネットやデジカメの登場と入れ替わるように姿を消してしまった。2008年には、フィルムの生産も終 了したのだった。

 これは、実のところ企業としてのポラロイドのお家の事情による出来事だ。インスタント写真の用途は減ったが、それをいまの時代らしく見事に市場を蘇らせた富士フイルムの『チェキ』(instax mini)があるではないか。しかし、チェキの関係者には申し訳ないが、私たちがうれしいのはポラロイドの正方形の窓のあるフィルムなのだ。

 そんなふうに、世界中のポロライドファンが喪失感におそわれていた2010年、突如として奇跡のような知らせが米国ではなくオランダから届くことになる。“IMPOSSIBLE”というブランドを掲げたプロジェクトが、ポラロイド社の工場を借り受けてフィルム生産にこぎつけたのだ。

 IMPOSSIBLEとは、おそらくビジネス的な意味での難しさを表現した名前なのだろう。それだけではなく現在は使用できない薬品やノウハウ上の課題もあった。そのためIMPOSSIBLEの仕上がりについては、SX-70の時代よりもはるかにトリッキーなもので、人々の期待に応えていたかという疑問はある。しかし、米国のネットオークション“eBay”を見ていると、いまでは古いポラ ロイドカメラとIMPOSSIBLEフィルムのセットが多数出品されている。

 そのIMPOSSIBLEが、今度は“カメラ本体”まで復活してしまった。それが今回、紹介する『I-1』である。なんとなく、ファミコンやメガドライブのゲームカセットの市場はあったけど、その互換機が出てきて古い機械を探さなくても遊べるようになったのに似た感じでもある。

I-1と同時に発売された『Type I』フィルムで撮影したポラロイド写真たち(実はスキャン後、補正をかけさせてもらった。オリジナルはもっとパステルカラーだが、ここまで表現できるようになった)。ところで、インスタント写真といえば『FP-100C』(富士フイルム)の生産終了が発表されてしまった。私のような出版業界人は、仕事用のポラロイドカメラやブロニカなどの大判カメラのフィルムバックでお世話になったフィルム。現在、ヨドバシカメラのサイトでは“おひとりさま1点限り”の断り書きがついて販売されている

 もっとも、I-1に関していえば、全体はSX-70シリーズのように“斜め”の背中の目立つフォルムだが、円形に配置されたフラッシュリングなど、あまり古いデザインに固執していない。あくまでリスペクトしているのは、ポラロイドが持っていた個人のメディアとしての特性なのだろう。そのためにスマー トフォンとBluetoothでつながって、アプリで“二重露光”や撮影後にiPhoneをカメラの前で動かす“ライトペイント”などが楽しめる(もちろんカメラ単体でも撮影可能)。SX-70の時代にも、絵が浮かび上がるのを待つ間にフィルム表面をひっかいて手描きして遊んでいたりした感じだ。

 とはいえ、I-1で撮影していると、ジーッと写真が出てくるところがうれしい。丸まった紙のパイプを吹いてピューッと伸ばすオモチャ(“吹き戻し”というらしい)みたいに、巻いたシートを伸ばしながら出てくる。それは小さな〝現像工場〟であり(つまり、ケミカルとフィジックスが手の中にある)、人々をビックリ箱のように楽しませるところがサイコーなのだ。写真を撮ること、それを友だちに見せること、さらにはこれはデジカメには絶対にマネできないたった1枚をプレゼントすることがすばらしい時間をつくりだす。

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
■関連サイト
・Twitter:@hortense667
・Facebook:遠藤諭

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