こんにちは、弓月ひろみです。VR元年とも言われる2016年。PlayStation VRの価格・出荷時期が発表され、Oculus RiftやHTC Viveの製品版も控えています。まさに“VRのビックウェーブ”が押し寄せてきている感じがして、ワクワクしますね。
ヘッドマウント型のVR機器は1968年、ユタ大学のアイバン・サザンランドが考案したものが初とされています。それから48年、なぜ今がVR元年なのか。それはゲーム、家電、コンテンツ、コミュニケーションといった分野への応用が具体的に見えてきたからでしょう。
そんな目まぐるしいVRの最新事情を知るべく4月19日(水)、渋谷ヒカリエで開催されたトークイベントへ行ってまいりました。その名も「最新VR事情が一気にわかる!! 2016年1~3月海外イベントまとめ」(VR・パノラマ系メディアPANORA主催)。3月までに開催された海外イベント・カンファレンスに赴いた面々を登壇者に迎えたトークショーです。現地のリアルな様子と最新VR機器がどんなふうにお披露目されていたのか、そして今後、日本のVR(に限らず様々な)業界がとるべきアクションについて、熱〜く語られました。
トップバッターは元・週刊アスキー総編集長で、デジタルハリウッド大学教授を務める福岡俊弘氏。1月に米国ラスベガスで開催された「CES2016」について。
元々は最新ドローン事情が気になりCESへ向かった福岡氏ですが、現地に着くと展示のほとんどがVR関連で驚いたそう。「VRがないと人が集まらないぐらいでしたね。いかにも流行り物という感じ。とくにOculusとか話題のモノは大人気で、もう(体験するのに)長蛇の列。HTC Viveも3時間待ちとかでした。困りましたね」。福岡さんと共にCESに行った司会の廣田氏もCESの本会場がクローズしたあと、夜の9時過ぎまで外で並んで体験してきたそうです。
また、ゲームとVRの関係について「備え付けのリングに入り、実際に歩くと視界に反映するVirturix Omniのように、実際に体を動かすものが多くなっています」と福岡氏。
一般へのVRの普及について、福岡氏は「120年前の1891年、エジソンが“キネットスコープ”という絵が動く動画の仕組みをつくりました。その2年後にはシカゴのあらゆる場所に、その体験施設が現われたのです。ボックス型の個室を覗くと絵が動くというモノで、大流行しました。ところが1895年になるとスクリーンに投影して大人数で視聴できる“シネマトグラフ”(リュミエール兄弟が考案)が登場し、キネットスコープはあっという間に姿を消すんですね。たった4年で“上書き”されたわけです、跡形もなく。僕はここがポイントと思っていて、はたしてVRでも同じようなことが起こるかどうか。当時はコスト的な問題でシネマトグラフが勝ったとも言えます。今はプライベートな体験装置のほうがコストパフォーマンスが上だったりしますから、状況は違う。ただ、シネマトグラフに相当するような大衆的なVR装置もスグに出てくると思う。その時、個人向けのモノがどのようなカタチで残るかでしょう」と意見を述べました。
福岡氏が1995年に携わっていたデジタル・カルチャー・マガジン「CAPE X」についても触れられました。その創刊号の見出しに注目。ナント「没入VR」特集です。22年前にディズニーがつくった“マジック・カーペット・ライド”というVR型ライドなども誌面で紹介。スティーブ・ジョブズに多大な影響を与えたことでも有名な「ホール・アース・カタログ」の編集者、ハワード・ラインゴールドも寄稿しています。
「ハワード・ラインゴールドは、これからVRはどうなっていくかについて書いているんです。当時はドローンもない時代なのに“飛行する物体にVRが乗る。それってあまり考えたくない未来だよね”とか言っているんですよ(笑)。当時、VRって軍事需要が主でしたからね。湾岸戦争のインパクトが大きくて。ただ、一方では麻痺を患った人の未来に使おうという医療プロジェクトもあった。高速道路に医療用キット“ロボドック(ロボットのドクターの意味)”で医者が遠隔で手術するなんて思想にも触れられているんです」
──20年前の思想がきちんと受け継がれているのが驚きですね。今の技術と融合し、どう発展していくのしょう。
2人めの登壇は2月にスペインで開催された「Mobile World Congress 2016(MWC2016)」を取材したACCNこと矢崎飛鳥氏。略称“スマホ”を世に広めた人物としてもおなじみです。
「MWCは今やITジャーナリストにとって外せない海外イベントのひとつですが、私が最初に訪れたのは9年前、まだほとんどの日本のメディアはノーマークでした。当時はノキアが世界シェア1位の時代。同年6月27日にiPhoneが(本国で)発売になり、翌年Android端末が発表されています」世界最大のモバイル見本市にいち早く着目し、取材を続けてきた矢崎氏。近年の主役はノキアに代わり、サムスンだといいます。
「Galaxyが例によって新機種、S7シリーズの発表を行なったのですが、これがド派手で。円形の会場に2000人くらい(?)記者を座らせ、全員にGear VRを装着させるんですよ。視界はそのままCGで再現された会場内なのですが、天井のタイルが崩れ落ちてきて、巨大なスマホ(Galaxy S7)が迫ってくる……記者陣からは悲鳴に近い歓声が湧き上がりました。こんな発表会は見たことありません。派手といっても、はたからみるとVRをかけて座っているだけなので、むしろ地味なんですケド(笑)。そんでもって、VRを外すとマーク・ザッカーバーグ氏が立っていたり、見事な演出でしたね。製品発表にエンタメ要素を取り入れたのはアップルですが、最近はおとなしめじゃないですか。まぁ派手ならいいというわけではありませんが」
FacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグ氏がこの会見に姿を見せた経緯はおわかりと思いますが、念のため。サムスンのGear VRはOculusと共同でつくっていますが、OculusはFacebookが買収しています。今後、VRをSNSのプラットフォームに積極的に取り入れていく方針を打ち出しています。ちなみに発表会では全記者にGear VRが無料で手渡されたそうな。スケールと意気込みが違いますね。
MWCではサムスン以外もVR関連の展示に力を入れていました。LGは360度撮影できる(全天球)カメラ、LG 360と専用VRゴーグル、LG360 VRを発表し、注目されました。「サムスンとLGは全天球カメラとVRをセットで打ち出しています。LGのほうは没入感より手軽さ重視ですね」
「Alcatelはスマホのパッケージ(元箱)をVRゴーグルにするという見事な発想を披露しました」
MWCといえば本来、ケータイ・スマホといったモバイル関連の新機種発表の場であったはずが、今年は会場がVRで埋め尽くされていたといいます。「HTCなんてスマートフォンのフラッグシップを発表せず(のちに発表)、Viveのお披露目に熱心でしたからね。まさに“VRのことしか頭にない”という感じでした。MicrosoftもVRを展示していましたし、VR・ワールド・コングレスでしたよ、ホント」そこで出てくるのが“VRはそもそもモバイルのものなのか?”という議論。
参考記事:VRはスマホのモノ? 業界御意見番によるMWC覆面座談会
「MWC終幕後にジャーナリスト陣と議論しました。今はモバイルだと解像度が不足していたり、いちいちスマホを連携させなければならないなど敷居が高い。ただ、あるジャーナリストの意見では、これまですべてのものはモバイルに来ているから、それと同じことがVRでも起こると。私もその意見に賛同しています」と矢崎氏。
ほかに気になっているモノとして、アバターを用いた仮想空間でコミュニケーションを楽しむvTimeを紹介しました。
「昔の(PCの)チャットと一緒で、まだ英語圏の人しかいないんです。なので、必然的に英語を話すことになります。ここで気付いたのですが、英会話なんてビデオチャットでやってる場合じゃないですよ、もう。没入感がすごいから逃げ場がない。ホームステイと変わりません。図らずとも英会話学習に相当有益だと容易に気付いたわけです。たとえば、英会話学校がVRを意識してなかったら、もうダメだと思いますし、ゲームやアダルト業界も然りですが、たとえ“どのジャンルの業種であっても”VRを意識しないと経済の波に乗り遅れることになるでしょう」
──かつてのインターネットブームとまったく同じことが起ころうとしているのですね。
3人めはテクニカルジャーナリストの西川善司氏です。
14年前から取材している海外イベント「GDC/VRDC」について。GDC/VRDCはサンフランシスコで行なわれているゲーム開発者会議。アカデミックな発表から、近年は商業イベントとしても賑わいを見せています。同時期に独自のサテライト会場を設置し、発表を行なう企業も増えており、AMDは「Capsaicin」(カプセイシン)という名のイベントを開催しました。
AMDといえばGPU。新しい情報や、今後のロードマップについて発表がある中、注目を浴びたのが今回、初めて実機が公開されたVR機器「Sulon Q」。
「SulonQは、ディスプレーではなく、単体で動くんです。バッテリーを搭載したWindows10ベースのPCでもある。前面2つと、左右側面に2つ、計4つのカメラを搭載、かなりの視野角です。さらに3Dのジオメトリをリアルタイムで計測し、Kinectのようなことができるんです。たとえば目の前にテーブルやベッドがあったら、その影にキャラクターが隠れたり、そこから飛び出してきたりという、VRとARの合体版のような体験ができます」
会場で実際に行なったデモの様子も動画で流されました「自分がいる会議室の天井が壊れ、そこから空が見え、床に蒔いた豆のタネが天空にむかって伸びていく……」と、まさにARとVRが融合した映像。これが単体で動くとなると、様々なコンテンツが期待できそうです。西川氏曰く「ハイエンドゲームより、被れるWindowsマシンというのを目指しているんじゃないかと考えています。被ったままで、VR・AR・MR。Microsoftのホロレンズにイメージは近いですね」とのこと。
続いて紹介したのは、あまり取りざたされることのない、VRオーディオについて。イスラエルのオーディオ関連製品メーカーであるWaves Audioの「Nx」が、音像を現実世界の3D空間側に定位させる技術を発表しました。
「ほとんどVR体験はヘッドセットをしたあと、ヘッドホン、イヤホンを装着します。映像が全方位の場合、音も同様でないと完全ではない。それを解決するものがNxです」
スマホの映像や音楽コンテンツをNxで楽しむこともできるといいます。
「コンサート会場にいる映像を2chのステレオサウンドを再生し、音像を固定する。すると、ステージにいるボーカルとドラムの間をすり抜けるという体験ができます。なかなか面白いですよ、音だけでVRを味わえます」
続いてフランスで映像オーサリングツールの開発・販売を手がけるVideoStitchのCEOであるNicolas Burtey氏が発表した「Orah 4i」。側面それぞれに魚眼レンズカメラを備えた4眼式のカメラで、撮影だけでなく、その様子をリアルタイムで配信できるデバイスです。
「彼らがやろうとしていることはVRライブ配信、VRスポーツ中継などです。コンサートは、近いところで見るというのが魅力ですが、最前列のチケット代は非常に高価です。Orah 4iをライブ会場のステージに立て、その配信コンテンツを有料で販売した場合、購入した人は、VRを用いて“憧れのアーティストが目の前でパフォーマンスしている”という体験ができるわけです」音楽業界の保守的な体質がデジタル配信の遅れを招いた過去がありますが、VRには乗り遅れないように頑張ってほしいですね。
最後、GPUのカンファレンスでNVIDIA社長兼CEOのJen-Hsun Huang氏が語った基調講演を元に、今後VRがどのように発展していくかについて。「Jen-Hsun氏は今後、プロの世界でVRが台頭していくだろういう予測をしています。たとえば建築業界。VRで建築物の中に入っていくというのはよく聞く話ですけれど、今後は建物の中を正確に表現するために、レイトレーシングが使われるようになります。建物内で光が集るポイントの情報を収集し記録して、それを撮影したものにかぶせる。すると現実感が強化される。これでどんなことができるようになるかというと、遠隔地にいる者同士のネットを介したVR会議などが可能になるんです。NYの建築物について会議する際、デザイナーは東京からNYに行く必要がありましたが、今後は互いにヘッドセットかぶり、目の前で“ほぼ実物”を見ながら会議ができます。これがVRのもうひとつの活用法になっていくでしょう。VRヘッドセットはひとつ10万ちょっとのコストなので、導入もラクですから」
──西川善司氏のVR関連記事は4Gamer.netに詳しく載っています(関連記事一覧)。是非、ご覧ください。
ラストの登壇者はKDDIの上月勝博氏。KDDIでVRサービスを開発している、商品・CS統括本部 商品企画部 商品戦略3G グループリーダー。KDDIは今年、SXSW 2016にHTC Viveのデモを出展。それにまつわるお話です。
SXSWは、1987年に音楽祭として始まったイベント。1994年に映画祭が追加され、2007年にインタラクティブフェスティバルがスタート。2016年、そのインタラクティブ部門に「VR/AR Track」が追加され、上月氏はこのイベントに参加。ちなみにSXSWでは、過去にTwitterやPinterest がアワードを受賞しています。国内外で年々注目度が高まっており、日本からの出展・参加も増加傾向にあるそうで、今年はオバマ大統領夫妻がキーノートを実施したことでも話題になりました。メイン会場はインタラクティブ トレードショーで、商談を中心としたビジネスショーになっています。
CES同様、たくさんのVRコンテンツが出展され、ここかしこに長蛇の列があったと語る上月氏。会場外ではスタートアップ系企業が「野良出展」しているケースも目立ったといいます。上月氏をリーダーとするKDDIチームが現地で展示することに決まったのは、開場の1ヵ月前。スタッフ総出で荷物を手運びしたり、展示会場では現地スタッフとのコミュニケーションを円滑にするため、キットカットの抹茶味を配ったりと、様々な苦労があったそうです。
KDDIが本イベントで公開した動画を以下に紹介します。最初は実写と見間違うほどリアルな海辺を歩きながら、リラックスして音楽を聴いているシーンから始まります。突然、クラブのような非日常エリアへ転送され、音楽を聴いてダンスでもしようかなと浸っていると、電話が掛かってくる……実は電話は実在する友人で、相手はアバターの姿で話し掛けてきます。送られてきた“どこでもドア”のようなドアをVR空間の中で開くと、そこにはプールサイドのパーティ会場が……。体験者は、そこでシャンパンを受け取り乾杯したり、友人と会話を楽しめます。
「我々はVRの分野では、まだ新参者ですが、コミュニケーションという部分にこだわって、将来のバーチャルコミュニケーションを見越して作成しました」と上月氏。KDDIらしいコンセプトは、会場でも高く評価されたようです。
体験後のFeedbackでは239名中83%が“Excellent”の評価。最大2時間を超える待機列という人気ぶりだった。評価内容について、上月氏は「コミュニケーションをテーマとしたデモはほとんどなく、コンセプトそのものを評価していただけました。電話の着信など、様々なシーンを要素として含めた構成や、日本らしいアバターもウケたようです。ドアを使った空間移動のわかり易さや、リアルな3D空間をCGで再現したことが受け入れられたようです」VR機器の買いやすさ、課金システムの対応、モバイルでの利用を念頭に開発を進めていくそうです。
──たった3ヵ月でこの密度ですから……。今後、日常に「VR」はなくてはならないものになっていくことは間違いなさそうですから、うかうかしてられませんね。私も積極的にVR情報を追っていきたいと思います。
弓月ひろみ(@yuzukihiromi)
タレント・ライター。IT系の記事を書くことが多いが、たんなるレビューではなくデジタルやITで人の暮らしが幸福になる使い道を考え、伝えることを心がける。毎日2時間の入浴もiPhone・iPadと一緒。iPhoneケースを300個以上所持するiPhoneケースコレクターであり、女性向けiPhoneケースの商品開発なども手掛ける。
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