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映画館の常識を破壊した男からの手紙

2016年04月22日 16時00分更新

ライブハウス用の高額な音響機材を購入して「極上爆音上映」を実施しているMADな映画館・立川シネマシティ担当者との往復書簡です。「常識破りの成功 映画館に革命を 立川シネマシティ「極上爆音上映」の野心」とあわせてお楽しみください。


 シネマシティ 遠山武志様

 拝啓
 桜の頃も過ぎ、新緑が燃え立つように輝いています。輸血袋の季節ですね。

 遅ればせながら先日、映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」極上爆音再上映に伺わせていただきました。狂気しか感じなかったため、僭越ながら筆を執りました。始まりは久しぶりに拝見したシネマシティ公式サイトです。

 「6000万円超のスピーカーを購入」という旨のPDFが目に入った瞬間「あっダメだ死ぬやつだこれ」「英雄の館への扉開きすぎだろ自動ドアか」「心が壊れたら残るのは狂気だけって本当だわ」と幻聴が聞こえ、見届ける義務を感じました。

 買ってしまったのはMeyer Soundの「LEOPARD」合計20台+サブウーファー「900-LFC」3台ですか。縦に並べて使うラインアレイ用スピーカー、姿は劇中に出てくるドゥーフワゴンそのものです。音の指向性があり、定位がよく、解像感に優れているといいますね。普通はコンサート会場やツアー用に使うものですね。それを映画館が買ったと。

 実際に体感してみますと、異常ですね。

 最初の「トカゲ」でもう笑いが止まらなくなりました。音圧で4DXかというくらい座席が揺れっぱなしなのは前回同様。砂のこぼれる音、火を吹くギターの音色、電動ノコギリがホイールに触れたときの金属音など、繊細な高音が異様なほどクリアに聞こえることに驚かされました。映画後半、イモータン・ジョー様の歌声がはっきり聴こえたときは思わず「マジかよ」と声をあげてしまいました。

 だけど遠山さん、あなた昨年も数百万円するサブウーファー「1100-LFC」を買ったばかりじゃありませんか。「スター・ウォーズがあるから」とか意味不明な言い訳で社長を丸めこんで。それが今度は6000万円。何をしているんですか。

 ご自分でも書かれていましたが、去年とちがい、今年は超ヒットが見込める映画が乱発するわけではありません。たしかに7月には「シン・ゴジラ」がありますし、とてつもなく楽しみではあります。12月には「ローグ ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」が公開されますが、あれはいわゆるスピンオフ作品です。

 なぜいきなり6000万円超の投資ができたのか。「極上爆音マッドマックスでかせいだお金をそのままぶちこんだのか」「ヒット作も多かったし全体的に興収よかったのかな」「ガルパンじゃね」など、いろいろと考えてしまいます。そして社長は社員が何をしているか本当に理解しているのか、心配でなりません。

 いつ、どうして追加投資をしようと思ってしまったのか、そしてどうやって追加投資をねじこめたのか、お聞かせいただけば幸いです。

 最近「KING OF PRISM by PrettyRhythm」(キンプリ)応援上映が話題となり、シネマシティが先駆けたリピート観賞文化が花開いたと感じます。同時にあと何回ドゥーフワゴンに乗ることになるのか、我が身を案じているところです。

 敬具



 

 アスキー 盛田様

 お手紙、うれしく拝読いたしました。
 昨年のあなた様のインタビュー記事によって、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』【極上爆音上映】は全国の映画ファンに知っていただけることとなり、あれだけ大作が連発された2015年において、立川シネマシティだけは『マッドマックス』が年間興行成績ナンバーワンに輝くという、文字通りマッドな成果を上げることができました。
 心より御礼申し上げます。

 9月に終了を迎えた後も、再上映のリクエストの声が絶えることはなく、また『マッドマックス』という作品自体も、このジャンルにして世界中の映画賞でノミネートされまくり、受賞しまくり、まさかのゴールデン・グローブ賞、アカデミー賞のレースにまで主要作品のひとつとして絡んでいくという奇跡を起こしました。本当に、安っぽい上っ面の言葉ではなく、真に奇跡の暴れっぷりを見せ、終映してなお、ファンの心を震わせたのでした。

 その「輝ける凱旋」を迎えるにあたって、どうしてシネマシティがただ再上映だけすることができましょう。
 それはあの夏、全国から駆けつけてくださったウォーボーイズ&ガールズの皆様にも、名実ともに21世紀最高のカルト映画に君臨した今作にも、大変失礼なことです。続編はスケールアップしなければいけません。

 映画館とは何を提供する場所なのか。そしてどうして、人は映画を観るのか。僕はこう考えます。人は物語を必要とする。なぜなら世界の混沌に耐えられないから。混沌の無意味さに耐えられないから。
 夜空の星の輝きのランダムに、線を引いてカタチを与え、そこに物語を紡いでしまう生き物、それが人間です。映画はその線です。

 物語の語り手たる制作者に頼るだけでなく、映画業界の末端たる映画館に勤める人間であっても、この崇高なる「物語を語る」という仕事にわずかでも携わりたい。自分もまた大いなる「映画」の一部でありたいというのは、映画館で働くすべての人間の思いです。

 そのための手段はいくつもあります。シネマシティはそれを「音響」でやると決めたのです。作品が持っている音の力を最大限に引き出すこと。そのことで、感動を何倍にも増幅《アンプリファイ》すること。

 「高性能サブウーファー導入の、この次は、なんでしょう?」「ラインアレイスピーカーだな」

 お世話になっているベテラン音響家の方に相談して返ってきた答えは、それは魅力的なものでした。多くの方がどこかの音楽ライブなどで見たことはあっても、名称も機能もほとんど知られておらず、そして何より縦にいくつもスピーカーが並んでいるイカついルックスが心を躍らせます。
 これはなんとしても実現したい。ファンの期待に応えるだけでなく、大幅に上回ってこそ、感動が生まれるのです。

 見積もりを取って、社長に出したのは2015年10月。そのとき僕が提案したのはもうワンランク下のスピーカーでした。金額は半分。それでも、映画館のスピーカーに掛ける金額ではありません。それこそ『マッドマックス』で上げた利益を全放出するようなものです。

 「『スター・ウォーズ』の新シリーズは、今後5年間毎年続きますから。長いスパンで考えましょう」

 前回同様、困ったときの『スター・ウォーズ』です。このときはまだ公開前。いくらでも夢が描ける段階。言ったもの勝ちです。しかし、社長から返ってきた答えはまったく予想していないものでした。

 「シネマ・ツーのオープンのとき、これ検討したんですよ」

 なんと、そうでしたか、ならば話は早い。12年前と違って全国にその名が知れ渡った今のシネマシティなら、イケます。なにしろ『スター・ウォーズ』は今後5年間毎年続くのですから!(このときはまったく誰も予想してませんでしたが、11月下旬に公開になった『ガールズ&パンツァー劇場版』【極上爆音上映】が、世界中で立川シネマシティでだけ『スター・ウォーズ フォースの覚醒』の興行収入を上回ることになります。…ですが、それはまた別の話)。

 ここからは大変でした。なにしろべらぼうに高価なものです。まずは試聴をしてみないと、ということになり、他にも何種か用意していただきました。
 音響家の方や業者の方など何人もの専門家がいる中で、試聴スタート。終わってから、ああでもない、こうでもない、そもそもラインアレイじゃないんじゃないか…などなど。
 僕は専門家ではありませんから、音について口は出せません。ですが、これほどの金額を回収するため、告知宣伝を受け持つ身としては、ラインアレイにはこだわりたい。今度のグレードアップは、サブウーファーのときとちがって、音が物理的な衝撃として来る、誰にでもわかりやすいものではありません。だから、見た目が重要なんです。それだけは伝えました。

 決めかねて試聴会2回目。
 このとき「LEOPARD」が登場します。Meyer Sound社の新しいラインアレイスピーカー。金額は最初に提案したものの倍です。しかしいくらなんでも高価すぎる。松竹梅と提示して竹を狙う作戦です。
 ですがこれを鳴らしたときの威力はすごかった。目の前で楽器が鳴っている、人が話しているというリアリティ。音がしている場所から音が聞こえる、その位置の正確さ。一番後ろの座席にいても弦楽器の、指が弦を滑るそのかすかな“呼吸”すらはっきりと聴こえる明晰さ。

 別の仕事でしばらく席を外し、また劇場に戻ったときには、試聴会は終了していました。
 劇場口で出てきたベテラン音響家の方に、肩を叩かれました。

 「決まったよ」「決まったって、まさか…」「LEOPARDに」

 社長の決断に「これで世界を変えられる」と興奮したのも束の間、まだ道はスムースではなく、あまりにも重いものなので「どうやって吊り下げるか問題」がなかなか解決できませんでした。
 さすがに3月の頭、アカデミー賞発表後のリバイバルのタイミングに間に合わないと聞いたときは絶望しました。
 このタイミングで全国85館もの劇場で再上映が行われたのです。もうダメだ。出遅れた。誰も観に来てくれないに決まってる。そもそもソフトだって半年前に発売されてるし、スピーカー入れ替えたっていったってたいして興味なんか持ってもらえないに違いない。

 それでも、どうしてもこの「音」は聴いてほしかったのです。作品世界をさらに鮮明にリアルに描き出すことで、もっと深く没入することを可能にするこの音を。しかもそれは『マッドマックス』でなければいけません。くりかえし観たファンにこそはっきりわかる、この違い。

 ビジネスとしてはデタラメです。もうとっくにソフトが発売され、スマホでだって観ることができて、それどころか全国の映画館でだって観られます。しかも唯一の絶好のチャンスと思われた3月頭のタイミングから1ヵ月も遅れてから勝負に臨まなければならないということに。なんなんだ、この負け戦。

 かくなる上は、銀のスプレーを吹くしかない。
 いや正確には、年明けに社長が銀スプレーを吹き終わっているのだから、吹いてシャイニーになった口元をズバっとお見せするしかない。

 …何を言っているかさっぱりわからないかも知れませんが、要は「覚悟」を知らしめるということです。「覚悟」をこそ、買っていただくよりほかありません。再上映のためにでも、ここまでやる映画館がこの世界にひとつだけはあるという希望を映画ファンに。
 音質だのなんだのは、結局は好みであって、それですべてのファンを満たすことはできないかも知れません。ですが、結果のいかんにせよ、ここまでやったという「覚悟」、それだけはすべてのファンの心を震わせられるはずです。

 MAD(not yet)MAX.
 狂気はまだ振り切っていなかった。

 このフレーズがひらめいたとき、そうか、答えはすべて作品の中にあったのだと気づきました。
 『マッドマックス』を愛する人に思いを届けるのに、夾雑物はいらない。映画館にしてドゥーフワゴンを模そうという奇想を実現した、このことをそのまま伝えればいい。
 『マッドマックス』とは何の物語だったか? それは、命を賭した亡命の物語。根底に流れるのは「無謀」。小賢しさや、ケチな私欲を捨て、崇高だと信じられるものへと向かう「無謀」。これこそが本質だ。ここを外さないこと。むしろ、ここだけを訴えること。

 かくして話は戻り、映画館で働く人間の思いについてふたたび。
 なぜ追加投資を、と問われたならば、我々もまた、大いなる「映画」の一部でありたいという願いを実現するために、とキメ顔で答えたいと思います。
 ただ気取らずに申し上げれば、自分と同じものを好きな人たちを楽しませたいから。たったそれだけ。シンプルなことなんです。それがこの仕事を選んだ理由です。あなただって最高の映画を観たら、知ってる人全員に、出来る限り優れた環境で観るように勧めたくなるでしょう?

 ビジネスとしては「狂ってる」ように見えても、優先順位が違うからそう見えるだけですよ、きっと。楽しませたい気持ちから立ち上げて、商売を成り立たせる方法は後から考えるんです。
 …え? 禁断症状ですでに生ける屍になっていて正常な思考ができなくなってるんじゃないかって…? いや…大丈夫ですよ…。間違ってないですって…そう言ってくださいよ…。

 4月2日、立川シネマシティでの『マッドマックス』【極上爆音上映】2nd Run初日。1日2回の上映はびっしりの満席。そして続く最初の1週間の興収は、1日2回上映にも関わらず、驚くべきことに2015年6月20日公開初日からの1日5回上映していた1週間の成績を越えました。
 上映終了後には、何度も拍手が巻きおこりました。V8を称える声も。不意に、息がうまくできなくなる感覚。にじむ場内の灯り。これで「元ならもう取った」って言ったら、社長、怒りますか?

 「覚悟」に応えてくださった、ウォーボーイズ&ガールズの皆様には心から感謝しています。
 シネマシティは「物語の語り手」の一端を担えたでしょうか。

 今のシネマシティは、とりあえず折り返し地点に着いたところです。
 なにしろこれから巨額のローンを返していかねばならないわけです。
 ここからが、真の地獄旅。死なせてはならぬ、とマックスのような気持ちになったならば、ちょっとムリしてでもシネマシティで映画を観てください(笑)。誰か誘ってね。

 これからもファンの期待を越えられるよう、アクセル全開固定でいきます。吸気口にガソリン吹きつけてまいります。
 明るいとは言いがたい、映画館の未来という荒野を、立川にしかない小さな劇場が生き残っていくためには、装甲を増強しながら疾走し続けるしかないのです。
 音響設備だってまだまだ未完です。それ以外のところも足りてないことだらけで頭を抱えます。
 でも、映画館はもっと面白くなれる。そう信じてやっています。追求の思いが止むことはありません。それだけが、疑心や不安を打ち消してくれるからです。

 ずいぶんな長文、大変失礼いたしました。そろそろこのへんで。
 近いうちに、また、劇場でお会いできることを楽しみにしております。

 ‘ Where must we go…
  we who wander this Wasteland in search of our better selves ? ’

                        The First History Man

(“約束の地はあるのか? 自分を探し求め さまようこの荒野の果てに” ――歴史を作りし者)



盛田 諒(Ryo Morita)

1983年生まれ、記者自由型。好きなものは新しいもの、美しい人。腕時計「Knot」ヒットの火つけ役。一緒にいいことしましょう。Facebookでおたより募集中

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