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【決定版・大阪城ベスト5】天守閣が重要文化財に答申! 大河ドラマ『豊臣兄弟!』で家康が上洛する「大坂城」おすすめスポット

大阪城の天守閣 (筆者撮影)

※この記事は2026年6月12日に公開したものです。タイトルと前文のみ、一部変更しています。

重要文化財指定へ! 大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも注目を集める大坂城の魅力とは

 国の文化審議会は2026年10月16日、「大阪城天守閣」を国の重要文化財(建造物)に指定するよう文部科学大臣に答申した。対象となったのは、豊臣秀吉や徳川幕府が築いたかつての遺構ではなく、昭和6年(1931年)に当時の大大阪時代を背景として市民の寄附により再建された「3代目」の天守閣である。

 歴史資料の精査をもとに創り上げた意匠の優秀さや、全国の復興天守の先駆けとなった点、そして鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)による昭和前期の城郭建築・文化施設としての歴史的価値が高く評価された。昭和建築の再現城郭としては初の重要文化財になるとも報じられ、大きな話題を呼んでいる。

 そして10月25日放送のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』第41回「家康の野望」では、ついに徳川家康(松下洸平)が上洛し、大坂城へとやってくる。

 仲野太賀演じる小一郎(後の豊臣秀長)と、池松壮亮演じる兄・藤吉郎(豊臣秀吉)が、数々の戦と困難の末に築き上げた天下統一の象徴が、この「大坂城」(当時は“大坂”の表記)だ。母・なかまで人質に出されて根負けした家康が上洛を果たすドラマの展開では、謁見前夜の接待の場で秀長が家康に胸の内を明かす一方、家康側が不穏な動きを見せるなど緊張感に満ちている。

 史実の天正14年(1586年)10月、大坂城へやってきた家康は、秀長の屋敷(現在の西の丸庭園あたりとされる)に宿泊した。その夜、秀吉がお忍びで秀長邸を訪ねてきて、翌日に諸大名の前で行う「自分に深く頭を下げる芝居」を頼んだという、天下の形を決定づけた歴史的会見の裏舞台も、ここ大坂城の秀長邸だったのである。

 豊臣の城は大坂夏の陣で落城し、のちに徳川幕府がさらに大規模な西日本支配の拠点として再構築した。その徳川大坂城の天守も1665年に落雷で焼失し、いま私たちが目にする天守閣は昭和の市民が蘇らせたものだ。地下に眠る豊臣の記憶、地上にそびえる徳川の石垣、そしてその上に立つ昭和の天守という「奇跡の三層構造」が、今回の重要文化財答申によってますます熱い視線を集めている。

 そこで今回は、いま改めて注目を集める大坂城を巡るメタ散歩の魅力や視点を3つのポイントで解説したうえで、「おすすめスポットベスト5」を紹介する。年末に向けてさらに盛り上がる歴史探訪の参考にしていただければ幸いだ。

桜門桝形の巨石。この桝形は、備前岡山藩、池田忠雄が寛永元年(1624年)に担当して築いた。石は備前産の花崗岩で、城内最大の巨石は「蛸石」と呼ばれる。重量は108トンと推定される (筆者撮影)

大阪城の歴史散歩が「時空を超える体験」になる3つのポイント

1. 豊臣・徳川・近代が重なる「3つの地層」の凄み

 私たちが今見上げている大阪城は、豊臣秀吉が建てた初代でも、徳川幕府が建てた2代目(1665年に落雷で焼失)でもなく、昭和6年(1931年)に建てられた「3代目」天守閣である。

 地中深くには豊臣時代の大坂城の石垣が密かに眠り、地上には徳川時代に築かれた規格外の巨大石垣と櫓(やぐら)がそびえ、そして天守台の上には近代建築の粋を集めた復興天守が輝いている。

 一つの空間に「豊臣・徳川・近代」という3つの時代が地層のように重なり合っているこの特異な構造こそが、大阪城の最大の魅力であり、歩く者を時空の旅へと誘うのだ。

2. 天下人ではなく「市民の情熱」が生んだ大大阪のシンボル

 現在の天守閣誕生の機運となったのは、大正14年(1925年)の「大大阪記念博覧会」だ。市域拡大により人口203万人となって東京を抜き、世界第6位の巨大都市「大大阪時代」を謳歌した頃。後藤新平が博覧会で天守閣再建のアイデアを語ったことがきっかけとなり、昭和3年(1928年)に關一市長が正式提案した。

 住友財閥をはじめ市民から約150万円(現在の価値で数十億円規模)の寄付金が集まり、このお金は天守閣だけでなく、旧第四師団司令部庁舎(現ミライザ大阪城)の建設や公園整備にも充てられた。つまり、今ある天守閣は権力者ではなく、大阪市民の熱気とプライドが自腹を切って建てた「民衆の城」なのだ。

3. 歴史とエンタメが融合する「最先端のパークマネジメント」

 大阪城は歴史的建造物を保存するだけの静かな公園ではない。2015年からは民間主体の大阪城パークマネジメント株式会社が公園全体を一体管理するパークマネジメント事業(PMO事業)が導入され、歴史空間と現代エンターテインメントが見事に融合している。

 ミライザ大阪城の屋上BBQ、海洋堂フィギュアミュージアム、JO-TERRACE OSAKAのおしゃれカフェなど、かつての鉄壁の要塞は、誰もが遊びくつろげる最先端の都市公園へとメタモルフォーゼを遂げている。

 
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