第217回
電子ペーパー、4ボタン、低解像度アイコン、最も愛すべきスマートウォッチの復活と進化
Pebble Timeが帰ってきた!
2026年09月03日 15時00分更新
なぜいま、腕時計の話をするのか
スマートウォッチは、私たちがふだんから使う製品としてすっかり定着した。
Apple Watchも、Android Wear系も、独自アーキテクチャもあり、これはレアだが基板むき出しのDIY系もあったりする。いずれも楽しい製品だ。だが、毎晩のように充電器に置かなければならないものが少なくない。出かける前に「あれ、充電してたっけ?」とふと不安になる。腕時計は、そういうものではなかったはずだ。
手元に届いた「Pebble Time 2」は、そこがまったく違う。画面は常時表示の電子ペーパーで、日中はバックライトなしでも時刻が読める。バッテリーは公式に最大30日。実際に使ってみると、充電のことをほとんど考えなくていい。
本体はステンレス製で、ボタンも金属。しかし、手首に馴染むサイズと軽さだ。ツルツル、ピカピカのスマートウォッチが多いなか、どこか文具やデザインの道具のような質感がある。それでいて、完成度は高く、DIY系のような粗さはない。
外側だけではない。64色の電子ペーパーに映るアイコンやアニメーションが、シンプルでカワイい。解像度が低い初期のコンピュータ──1984年のMacintoshのアイコンを描いたスーザン・ケアの仕事を思わせる。ピクセルが粗いのが当たり前の時代に共通した、少し子供っぽいが逆に制約の中でとことんデザインされた世界。
デジタルとともに生きてきた人間にとって、これはなんともいとおしい。キラキラしたOLEDの通知地獄でも、血糖値のグラフでもない。
私のお気に入りウォッチフェイス「ダッキーダックぷかぷか」(と私が呼んでいる=正式名はRubber Ducky)では、画面の中でアヒルがゆらゆら浮いている。
操作は4つのボタンだけだ。右に「上へ」「選択」「下へ」、左に「戻る」。メニューをスワイプしたり、リストを指でなぞったりしない。要するに、iPhoneやApple WatchよりもVisorやGameboyの気分になる使い心地だ。
Pebble自身も、こだわりのひとつとして「物理ボタン」をはっきり掲げている。通知をさっと見て、予定を追って、好きなフェイスに着せ替える──それ以上のことを腕時計に求めない人にとって、この合理性とシンプルさ。どれも似たか寄ったか同じような顔をしたデジタル機器があふれる中で、明確なスタイルと哲学を主張した製品なのである。
なぜいまこれを語るのか。実は、この腕時計には「前史」がある。2015年に発売された「Pebble Time」の復活であり、進化でもあるのだ。
2015年のPebble Time──揺れて、消えて、帰ってきた
Pebble(ペブル=小石)という名前を知らない人のために、少しだけさかのぼろう。
Pebbleは2012年、当時Kickstarter史上最大の資金を集めたスマートウォッチ。2015年、カラー画面のPebble Timeも約2034万ドル、7万8471人を集めた。そのころはApple WatchもAndroid Wearも勢いづいていた。第3の選択肢として話題になったのだった。
私は出資者の一人として実際に使い、2015年7月に「IoTを語るなら『Pebble Time』というスマートウォッチを触ってからにしてほしい」という記事を書いた。画面が小さいぶん幅広なベゼルが逆にかっこよく、腕に当たるケース本体はプラスチックで、バンドも樹脂製だった。
初代Macintoshのアイコンを描いたスーザン・ケアを彷彿とさせる画面。カラーだからMacintoshというわけではないが、そのシンプルさがカッコいい。今回のTime 2にそのまま引き継がれている。
10年前の記事では、台湾に3泊4日出かけて帰ってきたとき、バッテリー残量は40%だったと書いた。いちばん気に入っていたのは「タイムライン」──時計画面を基点に、「下へ」でこれからの予定、「上へ」で過去の予定を追うUIだ。Googleカレンダーとつなげると、日の出や天気予報が混ざって出てくる。
ところが2016年、FitbitがPebbleの主要人材とソフト/ファーム関連IPなど「特定資産」を取得する。誠実すぎたモノ作りが、ちょっと《つんのめった》感じになったのかもしれない、と後年のASCII.jp連載でも書いた(“自作PC”ならぬ“自作スマートウォッチ”の時代はくるのか?)。
会社は消えても、時計は残っている。ユーザーと開発者のコミュニティ「Rebble」が、アプリストアやタイムラインを自前で立て直し、旧Pebbleを動かし続けた。いまTime 2で「昔のアプリがそのまま動く」ように見えるのは、この9年分の上に乗っているのだといえる。
それから10年ほどたった2025年、創業者のEric Migicovsky氏は新会社Core DevicesでPebbleの復活に動き出す。当初「Core Time 2」として発表された新型は、同年にPebbleの商標を取り戻したことで「Pebble Time 2」となり、2026年3月末から出荷が始まったのだ。
Rebbleとの関係もあるが、出荷遅延や、発売時点で一部機能が未実装だったことなど、復活プロジェクトらしいノイズはどうしてもあった。それでも、名前を取り戻した時計が手元に届くこと自体が、夢みたいな話である。私も、そのうれしさを手首で確かめている。
TimeからTime 2へ──変わったところ、あえて残したところ
Time 2を2015年のTimeと並べてみよう。
実は、私の旧Timeはもう動かない。Time 2が届いてしばらくしたころ、間違えて違う他社の充電器を接続してしまったのだ。コネクタをつないだ瞬間、画面に目がバッテンになったキャラクターが表示された。やばい状況のときの表示まで、凝りまくっていた製品だった。
素材は大きく変わった。前モデルは金属ベゼル+プラスチック胴体。Time 2はステンレス製の前面・背面とステンレスボタン。見た目のかっこよさが、今度は素材にも裏打ちされている。重量は本体だけで33gで、2015年のTimeは実測24gより少し重いが、気になる範囲ではない。
画面は1.5インチの64色電子ペーパー、解像度200×228ドット。一回り大きく、精細になった。ただし、アイコンのカワイさはそのまま継承されている。
操作について、ここで誤解しやすいのが「タッチスクリーン」だ。公式仕様表には Touch screen とあるが、日常の操作は2015年とまったく同じ4ボタンである。設定の Display → Touch でオフにすれば、まったくタッチしない時計になる。タッチが効くのは、暗いときにバックライトを点灯させること(デフォルトはダブルタップ)と、タッチ対応をうたった一部のアプリだけだ。私も手元に届いてから知ったが、暗い映画館で画面をトントン叩くだけで時刻が読めるのは地味にうれしい。バックライトの色も赤やオレンジに変えられる。
センサーは本体に内蔵された。6軸IMU、コンパス、光学式心拍。マイク2つ、スピーカー付き。2015年のTimeはマイクはあったがスピーカーはなく、心拍はスマートストラップ拡張だった。あのデータポートは、Time 2では充電専用に戻った。
バッテリーは公式に推定30日としていたが、約2週間は持つようだ。2015年の「1週間」からさらに伸びた。
ソフトウェアはPebbleOSがオープンソースのまま。日本語の言語パックも公式に入った──Pebble timeのときはCryingneko氏のパック頼みだった。CPUはSiFli製の低消費電力チップで、Apple Watchのような「計算機」ではない。Eric Migicovsky氏自身が「calculator chip」と冗談めかして言っている、という話もある。
実際に腕に巻いて1ヵ月以上が過ぎたが、使い心地は2015年のTimeとほとんど変わらない。タイムラインの「上へ」「下へ」、通知の流れ方、親指が4つのボタンを押すリズム──これが、いちばん大事なところだ。
いまのスマートウォッチ市場で、このスペックは何を意味するのか
2026年の手首の勢力図をざっくり描くと、Apple Watchがプレミアムとエコシステムの両方を握り、Garminがランナーの心を掴み、Pixel WatchやGalaxy WatchがAndroid側の標準席を占めている。健康データ、決済、通話、AIアシスタント──機能は年々増える。毎晩充電するのが当たり前、という世界。これに低価格なスマートバンド系などが、オーバレイしているような感じだ。
その真ん中に、Pebble Time 2は入らない。公式サイトも、「Apple Watchと張り合うつもりはない、サードパーティーにApple Watchと戦う術はない」「フィットネスやスポーツ用のウォッチが欲しいなら、それはうちが作っているものではない。ガーミンがいいと思う」という趣旨のことをはっきり書いている。
では、上で並べたスペックは何を意味するのか。
常時点灯の電子ペーパーと、2週間近く持つバッテリーは、「腕時計としての安心感」を意味する。4ボタン操作は、「迷わない合理性」を意味する。10,000を超えるウォッチフェイスとアプリがAppstoreに残っているのは、「消えたはずの文化が戻ってきた」ことを意味する。オープンソースのPebbleOSは、WatchyやPineTimeのようなDIY系と、量産品のあいだに、ユーザーがアプリを書ける“ちゃんとした時計”があるポジションを意味する。
価格は225ドル。Apple Watchより安いが、安さ勝負のリストバンド型ではない。派手なアニメーションも、Siriへの長押しも要らない人のためのデバイスである。
10年前に書いたあの腕時計が、名前を取り戻して戻ってきた。愛のあるプロジェクトが、ちゃんと製品になって、ぷかぷか浮くアヒルとともに届いている。私は、ニューミニが出たときに並行輸入でいち早く買った。ワーゲンやチンケチェントのリボーンしたモデルも説得力のあるデザインで受け入れられた。そんなことを、連想させる製品でもある。
世の中、やっぱりそれほど捨てたものではないと感じさせるデジタル製品は、それほど多くはない気もする。
遠藤 諭(えんどうさとし)
角川アスキー総合研究所リサーチパートナー、MITテクノロジーレビュー日本版アドバイザー、ZEN大学客員教授、ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍も手がけた。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
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