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【決定版・大阪城ベスト5】大河ドラマ『豊臣兄弟!』天下統一の象徴! 豊臣秀吉・秀長が夢見た「大坂城」おすすめスポット

大阪城の天守閣 (筆者撮影)

 現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。仲野太賀演じる主人公・小一郎(後の豊臣秀長)と、池松壮亮演じる兄・藤吉郎(豊臣秀吉)の天下人兄弟が、数々の戦と困難を乗り越えた末に築き上げた天下統一の象徴と言えば、言わずと知れた「大坂城」(当時は“大坂”の表記)だ。

 大坂城といえば、徳川家康が秀吉に臣従した際の胸熱エピソードを忘れてはならない。天正14年(1586年)10月、上洛して大坂城へやってきた家康は、秀長の屋敷(現在の西の丸庭園あたり)に宿泊した。するとその夜、秀吉がお忍びで秀長邸を訪ねてきたのだ。目的は、翌日に諸大名の前で行う「自分に深く頭を下げる芝居」の依頼。あの家康に頭を下げさせ、天下の形を決定づけた歴史的会見の裏舞台も、ここ大坂城の秀長邸だったのである。

 年末恒例のムック「戦国LOVEWalker2026」でも深掘り特集を組んでいるが、現在の大阪城公園を歩くと、単なる戦国武将の跡地にとどまらない、圧倒的な歴史のレイヤー(地層)が体感できる。

戦国LOVEWalker2026 (ウォーカームック)

 豊臣の城を完全に埋め立てて徳川が築き上げ、さらにその上に近代大阪の「市民パワー」で復興天守が乗っかった、奇跡の三層の構造ダイナミズム。今回は、この巨大要塞を巡るメタ散歩がなぜ特別なのか、3つのポイントを解説した上で、「おすすめスポットベスト5」を紹介する。

桜門桝形の巨石。この桝形は、備前岡山藩、池田忠雄が寛永元年(1624年)に担当して築いた。石は備前産の花崗岩で、城内最大の巨石は「蛸石」と呼ばれる。重量は108トンと推定される (筆者撮影)

大阪城の歴史散歩が「時空を超える体験」になる3つのポイント

1. 豊臣・徳川・近代が重なる「3つの地層」の凄み

 私たちが今見上げている大阪城は、豊臣秀吉が建てた初代でも、徳川幕府が建てた2代目(1665年に落雷で焼失)でもなく、昭和6年(1931年)に建てられた「3代目」天守閣である。

 地中深くには豊臣時代の大坂城の石垣が密かに眠り、地上には徳川時代に築かれた規格外の巨大石垣と櫓(やぐら)がそびえ、そして天守台の上には近代建築の粋を集めた復興天守が輝いている。

 一つの空間に「豊臣・徳川・近代」という3つの時代が地層のように重なり合っているこの特異な構造こそが、大阪城の最大の魅力であり、歩く者を時空の旅へと誘うのだ。

2. 天下人ではなく「市民の情熱」が生んだ大大阪のシンボル

 現在の天守閣誕生の機運となったのは、大正14年(1925年)の「大大阪記念博覧会」だ。市域拡大により人口203万人となって東京を抜き、世界第6位の巨大都市「大大阪時代」を謳歌した頃。後藤新平が博覧会で天守閣再建のアイデアを語ったことがきっかけとなり、昭和3年(1928年)に關一市長が正式提案した。

 住友財閥をはじめ市民から約150万円(現在の価値で数十億円規模)の寄付金が集まり、このお金は天守閣だけでなく、旧第四師団司令部庁舎(現ミライザ大阪城)の建設や公園整備にも充てられた。つまり、今ある天守閣は権力者ではなく、大阪市民の熱気とプライドが自腹を切って建てた「民衆の城」なのだ。

3. 歴史とエンタメが融合する「最先端のパークマネジメント」

 大阪城は歴史的建造物を保存するだけの静かな公園ではない。2015年からは民間主体の大阪城パークマネジメント株式会社が公園全体を一体管理するパークマネジメント事業(PMO事業)が導入され、歴史空間と現代エンターテインメントが見事に融合している。

 ミライザ大阪城の屋上BBQ、海洋堂フィギュアミュージアム、JO-TERRACE OSAKAのおしゃれカフェなど、かつての鉄壁の要塞は、誰もが遊びくつろげる最先端の都市公園へとメタモルフォーゼを遂げている。

 
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