第202回
アップルの原点、1976年発売の「Apple 1」と月刊アスキーの人気連載
マイコン誕生50周年の最後に「Apple 1」と『Yoのけそうぶみ』がやって来た!
2025年12月18日 15時00分更新
40桁×24行の文字表示のみのコンピューターで1976年を体験せよ!
いま私たちが使っているパソコンの始まりは、1970年代中ごろにキットとして販売されたマイコンにある。青梅にあるマイコン博物館の館長、吉崎武氏によれば、多くの人がマイコンを受け入れ始めたのはこの時期であり、2025年はちょうど「マイコン50周年」にあたるという。そして、その記念すべきタイミングに合わせて、同博物館から新たに「ERIS6502」というワンボードマイコンが登場した。
ERIS6502という名前は、搭載されているモステクノロジー社製のマイクロプロセッサ「MCS6502」に由来している。1977年に発売されたApple IIやCommodore PET 2001、TRS-80は、今のように電源を入れてすぐに使えるパソコンが生まれ始めた時代の代表的な機種だった。このうち、Apple IIとPET 2001には、どちらも「6502」というCPUが使われていた。
Apple IIは1977年に発売されたコンピュータで、現在のiPhoneや日常的に使われているMacといったアップル製品の基盤を築いた代表的な機種だ。そのApple IIが登場する前年、1976年にアップルが初めて世に送り出したのが「Apple 1」である(「Apple I」と表記されることも多いが、ここではERIS6502の説明文に合わせて「Apple 1」と記す)。Apple 1も、Apple IIと同様にMOS6502というCPUを搭載していた。
マイコン博物館で発売された「ERIS6502」は、伝説のマイコン「Apple 1」用のプログラムがすべて動作する互換マシンだ。また、MCS6502の互換CPU「R6502」を搭載した米ロックウェルの「AIM-65」とも互換性がある。これらのマシンやMCS6502については、「ERIS6502」のサイトでくわしい解説が掲載されている。
MCS6502は、当時やはり人気のあったモトローラのMC6800の命令セットを削減、CPUの内部構造をシンプルにして低価格化したCPUだった。「Apple 1」を開発中のアップルの共同創設者であるスティーブ・ウォズニアック氏は、MC6800で設計を進めていたが、1/10の価格で買えるMCS6502に、急遽、設計変更したとある。日本では初期のマイコンはインテルのi8080やザイログのZ80を連想するが、前述のApple II、PET 2001をはじめマイコン初期にはMCS6502は人気のCPUだった(日本ではファミコンが6502が採用していたことが知られる)。
「ERIS6502」は、シンプルな8bit CPUを活用して、アセンブラからコンピュータサイエンスまで幅広く学ぶことを目指したコンピュータだ。8bitマイコン特有の、全体を見通しやすく理解しやすい「箱庭」のような小さな環境で、誰でもマイコンの基礎から学び始められるようになっている。基礎技術をしっかり身につけ、きちんとした知識体系を次世代の子どもや若い技術者に学んでほしいという思いからこの機種が作られた。なお、ERIS6502の詳しい製品内容は、販売ページで次のように紹介されている。
・組立済み、動作テスト済みのシングルボードマイコン (組み立てキット製品の用意はありません)
・MCS6502を開発したMOS Technology社の流れを汲む Western Design Center製 W65C02 8bit CPUを実装。
・3個の水晶発振器が付属。ユーザーが水晶発振器を差し替える事で、1MHz、4MHz、8MHzで実行可能。
・16進キーパネルによる操作と、RS-232Cシリアルインターフェースによるファイル入出力が可能。
・RAM 32Kbyte、ROM 16Kbyte (実装しているROMは64KByte、16Kbyte単位に4分割してバンク切替方式で運用)
・16文字X2行表示の小型液晶キャラクターディスプレイ 1個を標準実装。
・16進キーパネルをサポートする簡易モニタプログラムには簡易なデバッグ機能があります。
・100Hzの割込み信号を、スイッチでON/OFFして、高度な割込み処理の実験が出来ます。
・基板上に8個のLEDを実装しています。プログラムから8bitの表示出力として利用できます。
・ファイルのロード/セーブは簡易モニタプログラムを利用してRS-232Cで接続したPCから行います。
・40ピンコネクタにアドレスバスとデータバスが接続されて拡張機能はユーザーに開放されています。
・基板裏面に小型スピーカーを実装しています。プログラムによりビープ音を鳴らすことができます。
・基板裏面に厚さ2mmの透明アクリル板を装着して、金属部品等による、予期せぬ回路ショートから基板を保護しています。
私も、ERIS6502の本体にも触らせてもらうつもりでいるが、吉崎氏によると、Apple 1発売当時にApple 1用プログラムが、米国のホームブリュー・コンピュータ・クラブの周辺あたりで流通していたそうだ。「ERIS6502には、当時、流通していたApple1用プログラムもERIS6502に付属していてちゃんと動くので、1976年を体験してみてください」とのこと。私が、はじめてのパソコンとしてApple IIcを買うのはだいぶあと。Apple IIの美しいグラフィックによるソフトが百花繚乱の時代なので、この言葉をいただいたのだと思う。
吉崎氏が「マイコン50周年にこれがやりたかった!」というのがこの「ERIS6502」だとのこと。そして、ERIS6502の拡張ROMには、Woz BASIC、Woz Monitor、AIM-65のシステムプログラムなどのシステム系のプログラムを格納。また、Apple1用ゲームプログラムは、ERIS6502に付属するPDF版のマニュアル等の入ったUSBメモリ内に、BASICプログラムソースの形でテキストファイルとして提供されている。ERIS6502で、プログラムが動作するようすをいくつか紹介しよう。
これは、BlackJackのプログラムで、コンピューターと1対1での対戦。カードは、数字部分+種類部分の2文字で表示。BET? に対しては、掛け金を入力($3000まで)。HIT? に対しては、Y または N で応答するようになっている。
機械語で書かれた、数当てゲーム。あまりにも懐かしいという人がかなりはいるはずの「MASTERMIND」。0~7の数字から構成される5桁の数字列を当てるゲーム。数字の種類と位置が合っていると + 、数字の種類が合っていると - が表示。+++++ になると当たりだ。
「Lunar Lander」は、アポロ着陸船の操縦を体験できる月面着陸ゲーム。アタリのアーケードゲームの同名のゲームをご存じの方もおられると思うが、なんと文字だけで着陸ゲームがプレイされていたのだ。
ERIS6502で試せるプログラムの画面の数々。左上から時計まわりに「BlackJack」、「Lunar Lander」、「Mastermind」、「Mini Startrek」。しかし、ここはやっぱり自分でプログラムを書いて動かしたいものだ。
「ERIS6502」にご興味のある方は、ぜひ販売サイトをご覧いただきたい。また、詳しい内容もそちらを確認いただきたい。マイコン博物館では1970年代のマイコンから現在につながる多くのコンピューターを収蔵しているので、ぜひ一度、現地を訪ねてみることもお勧めする。
ERIS6502のほかに、以前このクラムでも紹介したERIS6800や周辺機器など関連製品もあるほか、製品の解説文を読むのも楽しい。ERIS6502が販売されているSCITECH-マイコンSHOPのページ。
■販売サイト:https://scitech.ocnk.net/product/21
■マイコン博物館:https://scitech.or.jp/
『Yoのけそうぶみ ~ほぼ復元版~』が、秋葉原の万世書房で販売中
前回のこのコラムの記事「秋葉原・万世書房と薄い本のお話」で、月刊アスキーの人気コーナー「TBN」の看板イラストだった井上泰彦さんの作品集について紹介させてもらった。
74年の歴史に幕を閉じることになった、秋葉原ラジオセンターの「万世書房」は、さすがに多くの人々に愛されてきたお店だけあって、それを惜しみまたねぎらいの言葉からなる記事やテレビでの紹介が相次いでいる(『ラジオライフ』の桃井はるこさんの連載「モモーイアンテナ」や「出没!アド街ック天国」(テレビ東京)、『朝日新聞』など)。
そんな万世書房さんで、井上さんの作品集である『昔々あるところにコンピューター雑誌がありました』が売られていると知って出かけ、ついでに私がこの夏のコミケで販売した『秋葉三尺坊の大冒険』も売ってもらうことになったということは、前回コラムで書かせてもらった。この2つはセットで買ってくれる人もいてうれしい限りだったのだが、万世書房の閉店は2025年12月21日(日)だそうだ。
そんな限りなくカウントダウンに入っている、秋葉原に通う電気・電子・コンピューター系の多くの人たちに愛され続けたお店で、さらに新刊が売られていることが明らかになった。
『Yoのけそうぶみ ~ほぼ復元版~』、1982年1月号から1985年3月号までの連載に加えて、いわゆるパロディ版である『Ah! SKI』やその後のPC-9801、PC-8801の永久保存版ムックに掲載された回も収録されている。本文54ページ、編集:池ヶ谷崇志、発行:情報統合の会。
これまた月刊アスキーのTBN内の人気連載をまとめたもので『Yoのけそうぶみ ~ほぼ復元版~』である。『Yoのけそうぶみ』がどれだけ人気のあった連載かは、ザッと検索してみるかChatGPTに聞いてみればすぐわかる。月刊アスキー編集部でアルバイトしていた、現役の物理学科に学ぶ女子大生のエッセイなのだが、ほとんど彼女のいる空間の空気に触れるような繊細な表現。1970年代後半のマイコン少年どものデバッグ疲れにヨレヨレになった心をどれほど癒して、またインスピレーションを与えてくれたことか!
私は、残念ながらこの連載が終わった直後に月刊アスキー編集部にやってきたので、筆者の鷹野陽子さんとの面識もないのだが人気のほどだけは知っていた。そして、これがいま読んでも極めて新鮮に読めてしまう。それは、彼女のコンピューターやテクノロジーとの距離感があまりに適切ですべての表現において誠実でリアルだからだと思う。そして、この「Yoのけそうぶみ」のイラストが、また井上泰彦氏によるもので、これが、読者をして鷹野陽子さんそのものだと思われるまでになったとされる。
なお、なぜ『~ほぼ復元版~』かといえば、『Yoのけそうぶみ』は、いちど単行本として発売されたが月刊アスキーの掲載時のイメージとはどうしてもレイアウトが変わってしまっていた。今回の『Yoのけそうぶみ ~ほぼ復元版~』は、A4判とすることで、井上さんのイラストも含めて掲載時のイメージが再現されているからとのこと。企画者は、どうしても『Yoのけそうぶみ』が40年たったので作りたかったそうだ。
これは、吉崎さんがマイコン50周年でERIS6502を出したかったみたいなこだわりではないかなどと思ったら、以前、マイコン博物館で吉崎さんに見せていただいた同人誌をあったのを思い出した。1976年当時にマイコンマニアが集まったショップであるアスターインターナショナルでコピーして配布したもので、井上泰彦さんが表紙を描いている(本文にもイラスト)。この同人誌作りが吉崎氏が月刊アスキー編集長になるきっかけになり、やがて月刊アスキー内にTBNが誕生するもとになったのだった。
万世書房とアスキー誌の関係について
万世書房については、吉崎さんから「アスキー誌の関係について」というコメントいただいた。以下、ほぼそのまま引用する。
ネット記事の万世書房の取材コメントで「マイコン誌の出始めの頃が一番本が売れた」とありました。
月刊アスキーの創刊当時は、書店取次ルートとは無縁でした。
主力となった販売ルートは、万世書房のような電気街に在る技術書専門の小さな書店と、マイコンショップの店頭販売でした。
77年~79年は、月末に、刷り上がった月刊アスキーがハイトリオ305室に届きます(ハイトリオはアスキー編集部のあった南青山にあるマンション)。
初期は3000冊、だいたい1m四方ぐらいの量です。
届いた日に、数百人居た、定期購読の読者向けに袋詰めが始まります。
これ専門で手伝いに来てくれるマイコン少年が居ました。
袋詰めが終わると、青山郵便局へ運びます。
井上クン(井上泰彦氏)も手伝いに来てくれましたが、我慢できず、横で読んでいました。
吉崎は、2包(50冊X2ぐらい)を持って、秋葉原へ向かい、万世書房と、ラジオデパートの2階にあった書店に届けました。
万世書房の周りには、そろそろアスキーが届く頃と予想して、待っている方も居ました。
40年以上昔の話ですから、万世書房の店主(電気街仲間から“ミス秋葉原”と呼ばれていた)もお若かった頃の話です。
「TBN」や「Yoのけそうぶみ」に心当たりのある方は、万世書房におでかけになってみてはいかがだろう。もっとも、万世書房さんへの思いを店主に聞いてもらいたくて話し続けるお客さまもいるらしいので、そこはちょっと気を使っていただけると。
ところで、夏のコミケの当日、仕事で売り子のできなかった私は、この冬コミではブースを確保していまのところ当日参加できそうである(東地区テ49b 107650-1313 寄り道総研)。
■万世書房のX:https://x.com/Mansei_Books
■秋葉三尺坊の大冒険:https://booth.pm/ja/items/7337405
遠藤 諭(えんどうさとし)
ZEN大学客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザーなどを務める。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍もてがけた。2025年7月より角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「電脳秘宝館 マイコン展」で解説を担当。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。
X:@hortense667
Bluesky:https://bsky.app/profile/hortense667.bsky.social
mixi2:@hortense667
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