第196回
神田にあった林ビデオを超えるニューヨークのサブカルの殿堂
2025年問題とVHS 55,000本の運命――映画『キムズビデオ』
2025年08月28日 09時00分更新
Tシャツを着て映画館に行こう!
2017年の私のXのポストにそのコメントが付いたのは今年の4月1日のことだった。
私の2017年のポストというのが、次の写真のポストで「今や知る人ぞ知る、昔は知らない人はモグリといわれた、ニューヨークのサブカルの殿堂キムズビデオのTシャツ。」と書かれていて、鉄人28号の金田正太郎くん(大友克洋原作の漫画・アニメ映画作品『AKIRA』の主人公ではないと思う)という感じでリモコンを持って歩いている少年が描かれている。
コメントを付けてきたのは、私が月刊アスキー時代に、そのサブカル臭を嗅ぎつけて社内連絡してきた元アスキー映画の増田さんだった。メッセージも飛んできて、次のように書かれている。
映画「キムズビデオ」を、
夏に公開いたします。
ひとまず、メルアドレスを頂戴できますでしょうか。
本編の字幕が完成したら、
ご案内させていただきたいです。
「キムズビデオ」という文字に目を疑って、思わず次のように返す私。
そのキムズビデオは、あのキムズビデオなのですか?
しかし、それは本当にあのキムズビデオなのだそうだ。増田さんは、そのキムズビデオの映画を配給するラビットハウスの代表をしている人なのだ。
1990年代のニューヨークの中でも、セントマークスプレイスは、私にとって地上で最もキラキラとした場所の1つだったと言ってもいい。これは、それほど盛っていない表現である。その頃は、同人誌専門店、中古ゲーム店、ちょっと怪しいケータイ+SIMの店などがあって。軒を連ねているというようなものではないのだが、それらを1つ1つを覗いていくだけでも楽しい。
そうした中でも、圧倒的なパフォーマンスで迫ってきたお店が「キムズビデオ」(KIM's VIDEO)というビデオ店だった。
ちょうど、かつて神田にあった林ビデオをもう少し過激にしたというと分かりやすいか(失礼=分かりにくいか)。中野ブロードウェイの3階、4階、秋葉原の神田明神下方面、裏神保町、台北の萬年商業大樓か新光華商場、香港の信和中心に近い匂いもするところだった。ありとあらゆる名画から国内でもサッパリ入手場所もわからないヤバめの〇〇ポルノまで揃う。
ハードディスクの中をさらってみると、私の雑誌では、「モバイルツアー'98レポート Vol.4 アメリカ電脳ショップガイド ニューヨーク&ラスベガス編」という記事で紹介していて「日本のアニメ系雑誌,およびフィギュア,関連グッズは,日本の地方都市のお店よりも充実」などと書かれている(自分で書いたのだが)。
要するに、映画はもちろんのこと膨大なサブカル関連の雑誌やグッズも充実していたわけだ。とくに前述のとおりきわどいビデオもあるくらいなので、著作権に対してはかなりルーズ。とはいえ、多くの映画ファン、アニメ・マンガファンを惹きつけて、学びの場にもなっていたと思う。ところが、そのキムズビデオ、2008年に惜しまれながら閉店したのだった(いちばん有名なモンドキムズ=2014年までにすべての店舗が閉店)。
それで、とくにあの膨大なVHSテープの貴重なラインナップは、その後、どこに行ってしまったのかと思っていた人も多いはず。
それに対する想像を絶する答えが、このドキュメンタリー映画で、記録され描かれているのだった。すでに情報もたくさん出ているので、あまりもったいぶる必要はないのだが、VHSビデオの山はなぜかイタリアはシチリア島のサミーレという小さな町に送られていたということが判明する。・・・・のだが、これはやっぱり映画で見てはじめて確認するのがよいでしょう。
ということで、映画『キムズビデオ』は、8月8日から日本でも公開されている(原題「Kim's Video」、配給:ラビットハウス、ミュート)。
『キムズビデオ』公式サイト: https://kims-video.com/
ということで、2017年のポストのときのTシャツを引っ張りだして、ヒューマントラストシネマ有楽町に着て観にいきました。そしたら、チケット売り場のお兄さんがめざとく見つけて「それって、キムズビデオの昔のTシャツですよねぇ」。「そうですよ」とやや満足気な私。「いいものを見せてもらいました」とお兄さん。両手は合わせなかったもののコミケ会場でたまに見られるようなやりとりをさせてもらった。
同じニューヨークの中でも、グリニッジヴィレッジが、歴史あるアーティスト街でジャズクラブやNYUなど大学街を連想するところだとすると、イーストヴィレッジは、反体制と移民文化とパンク・オルタナ系の世界。その中でも、キムズビデオのあったセントマークスプレイスは、独特のムードを持っているところである。
私自身は、ニューヨークには、1990年代の中後半から2000年代にかけてIBMやHPさんのイベントに呼ばれて仕事だったり、友人を訪ねたりしていた。そのたびに、セントマークスプレイスには、必ず立ち寄る決まりにしていた。なにしろ、中野ブロードウェイの3階、4階、秋葉原の神田明神下方面、裏神保町、台北の萬年商業大樓か、香港の信和中心に近い匂いのするところである。
次の写真は、いつのものか分からないがいちばん最初にセントマークスプレイスのキムズに行った頃かもしれない。何かカバンに突っ込もうとしているが、キムズビデオの向かいにあったネパール人経営のケータイショップで何かめずらしいものを買ったのかもしれない。
ZINEやコミックの店も個人的には、めちゃ楽しくて毎回何冊か買って帰っていた。このSt.Marks Comicsは、2019年に閉店しブルックリンのIndustry Cityに移転。
次の写真もいつのものか分からないが、Multimedia 1.0というお店でVectrexやゲームをたくさん買った図。ネット通販やオークションがさかんになる前は、現地で買うしかないものがありました。
セントマークスプレイスといえば、セントマークスブックショップも有名なお店だった。カルチャー発信基地として親しまれてきた独立系の書店で、ここも惜しまれながら閉店してしまいました。
ニューヨークに住む私の奥さんの友人で私もいろいろ教えてもらう八巻さんから2014年に届いたメールに「KIM's Videoは閉店しました。Forbidden PlanetとTekserveはあります」などと書かれていた(2008年に閉店していますからね)。ニューヨークのアップルユーザーなら知らない人はいないと言われたTekserveについては、「アップルストアじゃないんだよ」をぜひお読みいただきたい。このお店も惜しまれながら閉店しました。
その後、なにかのおりにキムズビデオが復活したという噂を聞いて、「timeout」の「ニューヨークの名物ビデオ店キムズビデオが今月復活するゾ」という記事を読んだ。コレクションのうち1万5000本が、ロウアー・マンハッタンのアラモ・ドラフトハウス(映画館)に保管され、無料で3本までレンタルできるというのだった。
それ以来、キムズビデオの名前を耳にしたのが、今回の映画『キムズビデオ』だった。あの大きくて安っぽいプラスチックで中のテープがヨレヨレにならないか心配なVHSテープの山とともに青春を過ごした人は、ぜひ観るべき映画です。
『Spectator』の最新号が「パンク」特集
ところで、昨日、友人の赤田祐一くんから『Spectator』の最新号が届いていた。特集は「PUNK」と表紙に書かれている。彼が、ヒッピーあたりから追いかけている米国の1960年代以降のカルチャーの連続線の上に必然的に出てくるテーマというわけだ。よくわかる教科書的なとてもよい本です。
イーストヴィレッジといえば、音楽の「パンク」の誕生で重要な役割を果たしたことでも知られている。パンクの初期ムーブメントの拠点となったライブハウスがあって、「カウンターカルチャーの中心地」として、独自性と反体制の精神を持った若者やアーティストが活動するところだったとされる。
私が、出かけたセントマークスプレイスの同人誌や中古ゲームやキムズビデオが、そうした領域とどうかかわっているのか、少し軸が違うのかもしれないが。
DOMMUNEにキムズビデオオーナー氏が登場!
さらに、さきほど宇川直宏さんのアート・音楽・カルチャーに関する先進的なライブストリーミングとして知られる「DOMMUNE」に、キムズビデオのキム・ヨンマン氏がゲスト出演するという情報が入ってきたので追加しておきます。監督のアシュレイ・セイビンさん、デイヴィッド・レッドモンさん、映画評論家の町山智浩さんも出演とのこと。
詳しくは、映画『キムズビデオ』公開記念番組 「KIM'S VIDEO」ENCYCLOPEDIA 〜NYの伝説的レンタルビデオ店が残し、シチリアへ渡ったVHS在庫55000本の数奇な運命をご覧あれ。
遠藤(えんどうさとし)
ZEN大学客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。DCAJ主催のCTIP(コンテンツテクノロジー・イノベーションプログラム)の審査委員長、ISCA(INTERNATIONAL STUDENTS CREATIVE AWARD)2025の審査員、MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザーなどを務める。2025年の夏コミで40年ぶりにコミケに参戦(『秋葉三尺坊の大冒険』という本で、秋葉原の東京ラジオデパートにあるShigezoneさんで入手可能)。2025年7月より角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「電脳秘宝館 マイコン展」で解説を担当。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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