マイコン時代を作ったっていう自負はあります──日本の“狂える”技術者たちへ
1980年代、日本発マイコンベンチャー「ソード」を知っているか──椎名堯慶氏インタビュー(後編)
2025年04月21日 09時00分更新
半導体事業参入とそれが生んだ大手電機メーカーとの軋轢
―― 1980年代は、パソコンがいよいよ社会的に大きく認知されていった時代ですが、ソードは、1985年に東芝に買収されることになります。ソードは、独自技術でやられてきたわけですが、さまざまなデファクトスタンダードが出来上がり、大手メーカーも台頭してきたということでしょうか?
椎名堯慶 ただ、それよりもですね。ソードが身売りせざるを得なくなった理由は、それとは別の要因があったんですよ。
―― それはどんな理由だったのでしょうか?
椎名堯慶 それは私の判断ミスでしたね。
半導体事業に参入することを決めたんですよ。CMOSの半導体工場を作ろうと。これが大手メーカーの顰蹙を買って「この業界を乱す可能性がある」と考えられたようです。これは確かめてませんから、よくわからないんですけど。私もいろいろな会社からエンジニアを引き抜いたり、大学に技術者を要請したりしましたが、これが良くなかったです。
―― CMOSで何を製造しようとしていたんですか?
椎名堯慶 ロジックICを作ろうとしたんです。メモリーは外部から調達できますが、ロジックICの供給を大手半導体メーカーがうちに対してしてくれなくなってきます。これは82年か83年頃から兆候が出てきました。
―― 国内メーカーということですか?
椎名堯慶 国内メーカーですね。当時は国内の半導体メーカーからの調達が多かったのですが、将来的に供給停止のリスクがあると考えました。当時は、150億円ぐらいあれば半導体工場が作れたんですよ。半導体とハードディスクの自社生産を目指そうとしたんですよ。ハードディスクも止められると我々としてはもう大変なんですよ。これは82年頃の話ですね。
―― 半導体メーカーからの警戒心が強くなってきた。
椎名堯慶 はい。「現金でなければ売らない」とか、「不良品の半導体を使っているから安いのだ」といった噂が流れたりして、お客様からも「本当なのか」と問い合わせが来るようになり、これは危機的な状況だと感じましたね。そこで、半導体工場を作ろうと本気で始めたんですよ。
しかし、半導体事業への参入は、私たちにとって一線を越えることになってしまったのかもしれません。1983年頃は会社主義の時代でしたね。会社への忠誠心が強く、家電なども自社製品以外は買うなというお達しが当たり前でした。あと5、6年後だったら、もっと寛容な時代になっていたかもしれません。
ある新聞記事などがきっかけになって、お客様も「そんな会社から長期使用する製品は買いたくない」という状況になってしまいました。フランスの代理店も怒り出すなど、海外にまで影響が及びましたよ。
―― 当時、御社を救ってくれるような視点を持った人たちはいなかったのですか?
椎名堯慶 ありましたよ。ですから、会社は東芝さんに買ってもらえました。
―― その経緯は本などにお書きになったのですか?
椎名堯慶 いいえ、書いていません。良い時代の話だけを残すことにしたのですよ。私は自分の経営がまずかったことは重々反省しつつも、今でも非常に悔しい思いが残っていますが。
―― 当時はどの業界も閉鎖的だった。
椎名堯慶 そうですね。当時、半導体というのは皆さんにとって非常にセンシティブな分野でしたから。私のようなめちゃくちゃな人間がが入ってくる。予測不可能な行動をとりかねないと思われた可能性はあります。これは大変なことになるぞと。ちょっと過剰な自己評価かもしれないけど、そういう面があったかも知れません。
―― 東芝も総合電機メーカーで、メモリーなど半導体を手掛けていましたよね。コンピューターも早くからTOSBACをやっていたと思います。
椎名堯慶 東芝はミニコンはあまり手がけていなかったんですよ。TOSBAC 3000というオフコンがありましたが。その代わり、ノートパソコンの開発に力を入れていました。そのノートの売り出しがある前に私どもを買ったんですよ。
―― 東芝さんはむしろ救ってくれたという見方なんですか。
椎名堯慶 そう思っています。完全に東芝に救っていただいたと思っています。破産せずに済みましたし、社員も路頭に迷わずに済みました。人生、とりあえず穏健に過ごすことができました。東芝さんには本当に感謝しかありませんね。

毎年、晴海の見本市会場で開催されていた「ビジネスシヨウ」は、1980年にはコンピューターショウといえるような内容となっていた。ソードのブースでは椎名堯慶氏のトークが名物になっていたのをご記憶の方も少なくないだろう。写真は1981年5月の第56回ビジネスシヨウのようすで13,000人がソードのブースを訪れた(英語版会社案内『THE LEADER OF THE COMPUTER AGE』より)。
CMOS:Complementary Metal Oxide Semiconductor(相補型金属酸化膜半導体)の略。低消費電力で高速な動作が可能な半導体技術。
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