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第19回

相模原の町工場が作ったIoT電流計に大手が熱視線を注ぐ理由とは?

「ついカッとなって作った」 補助金騒動から生まれたポータブル通信電流計ENIMAS 製造業から外食チェーンまで魅了

2025年03月19日 07時00分更新

製造業にとって死活問題の電気代高騰 年間500万円の節電で乗り切る

 電力の見える化という点では、ENIMASに競合製品がないわけではない。ただ、後付けできるという点が大きな差別化要素だ。クランプセンサーを挟むだけなので、電気工事士の資格も不要。「工場の設備として導入する装置は性能もいいし、全装置が見えますが、大がかりで、コストも桁違いです。脱炭素のような後から出てきたニーズに対する製品は競合として少ないんです」と二関氏は語る。

ENIMASは端子部分(左)と本体(右)に別れている

クランプで電線を挟み込めば電流を測定できる

 2022年10月に発売されたENIMAS。「SDGs」「カーボンニュートラル」「脱炭素」など、環境負荷を低減するさまざまなフレーズの下、ENIMASを受け入れる市場はますます拡がっている。特に、原価に大きな影響を与える電力コストの高騰は、製造業の省エネ化を加速している。工場での電気の基本契約は、最大利用量のピーク電力で決まる。ピーク電力が上がると、1年間の基本料金がすべからく上がってしまうため、原価へのインパクトが大きい。

 これに対して、エニマスの提案は電力を見える化し、まずは運用で改善し、その次に省エネ設備や自家発電などを導入するというステップだ。「発電のための資源がないとか、そもそも発電量が少ないとか、いろいろな問題がありますが、『まずは無駄な電力を削減しましょう』とお客さまには提案しています」(二関氏)。

 契約電力の基本料金を大きく下げたのは、まさにコバヤシ精密工業のケース。「171kwの契約電力を143kwにまで下げました。1kw下げると、基本料金が3000円くらい下げられる。対前年比で12万kw削減でき、年間500万円くらい電気代を下げられたんです」と語る。運用だけで年間500万円のコスト削減は多くの社長にとって大きなインパクトであろう。

コバヤシ精密工業の社内でももちろん活用

8台の電流を見える化できるENIMAS

外食チェーンでは電力の見える化からオペレーションの改善へ

 発売から2年間の導入は、実は日本を代表するような大手企業が多い。「大手企業は、脱炭素に向けた取り組みを国に報告する義務が厳しく課されています。結果だけではなく、計画も出さなければならないので、会社の電力消費全体を把握する必要があります」と二関氏。ただ、製造業を前提に作ったENIMASだが、ニーズは製造業以外の方が高い。意外なのは、外食チェーン店の利活用だ。

 外食チェーンの課題は、本部から店舗が見えにくいこと。店舗数が増えると、スーパーバイザーの管理も行き届かなくなり、ましてフランチャイズ店はブラックボックス化してしまう。もちろん、店舗の消費電力やコストを算出し、本部から把握するのも困難だ。

 とある大手レストランチェーングループがぶち当たったのは、「同じ地域、同じ売上規模の店舗なのに、電気代が倍違う」という課題だった。店舗では、照明、空調、調理機械などがほとんどの電力を消費するが、店舗によって電気代が違うのはなぜか? 原因を調べるため、大手レストランチェーングループでは、まず電気代の高い店舗にENIMASを取り付け、電気の利用量を調べてみた。

 その結果、わかったのはオペレーションの不備だった。「たとえば、お湯を沸かす装置を消し忘れ一晩中動かしていたり、30分で利用可能になるフライヤーを開店時間よりかなり前から動かしていたことがわかったんです」(二関氏)。データを元に本部が仮説を立て、店舗に確認したことで、ルールが徹底されていなかったことが明らかになったわけだ。

 また、製造年の違いで冷蔵庫の省エネ性能が実に3倍違うことも実測で明らかになったため、冷蔵庫は5年で買い換えることに決めた。内気温と外気温の差からエアコンの設定温度の下げすぎもわかった。「店舗からは『いきなりエアコンが壊れました』という報告が来るのですが、実はすでに効かないエアコンで無理に冷やしていたことも多かったんです」(二関氏)。ENIMASが現場をどんどん見える化したことによって、議論が進み、仮説が生まれ、省エネのための検証とアクションに進める。データドリブンなPDCAを実現した好例と言える。

 グローバル展開する別の外食チェーンは、世界的な脱炭素の流れの中、直営店でENIMASを導入している。「本社や本部が脱炭素を掲げても、(オーナーが設備を所有・運用する)フランチャイズ店は管理が及びにくい。エアコンやフライヤーが古いままで、使えるのになぜ新しいモノに置き換えるのか、と言われてしまう」という障壁があった。この課題に対して、外食チェーンは最新の機材を揃えた直営店で電力を計測し、フランチャイズに対して買い換える理由を説明するのに使われている。

追い風続く「電力見える化」 製造業、自治体、そして海外へ

 エニマスが訴える「電力の見える化」への追い風は続く。2023年度は「省エネ大賞 省エネルギーセンター会長賞」を受賞。今年からは電力の見える化に対して、国が補正予算を割り当てる予定となっており、自然エネルギー庁と連携し、ITを用いた省エネ診断の見える化を推進し、補助金事業につなげる。「電力の見える化が省エネの第一歩であることを国も推進している」と二関氏は語る。

 国の施策のみならず、サプライチェーンという観点でも脱炭素の施策は必須となっている。たとえば、自動車産業において部品の製造を受託したメーカーは、今後製造した部品ごとの炭素消費量を計測する必要が出てくる。そんなときでも機械単位での電力が計測できるENIMASがあれば、部品ごとの炭素消費量を詳細に算出することが可能になる。電力コスト増大を背景にしたコストアップに関しても、委託元に対してデータをエビデンスにすることができる。計測したデータは製造業の武器となるのだ。

 自治体での取り組みもスタートしている。コバヤシ精密工業と補助金を巡ってゴタゴタのあった相模原市も、今は導入先だ。50台を超えるENIMASが市役所に取り付けられており、照明やエアコンの電力が見える化されている。今後はLED化でどれだけ電気代を下げられるかのエビデンスとしても期待されるという。

 今後、炭素排出量に応じた炭素税が導入されると、企業での脱炭素ニーズはますます高まる。「現在は見える化メインですが、今後はコンサルティング事業を本格化します。ここ2年間でかなりの蓄積ができています」(二関氏)とのこと。実際、相模原市、川崎市、南足柄市とともに電力の見える化事業(電気の見える化による省エネルギー化普及啓発事業)を進めており、この取り組みの中で電力削減のコンサルティングも提供している。

 そして、海外への展開もスタートさせている。通信にはSORACOMのグローバル対応SIMを用いており、国境を意識せずに利用できている。取材時に見せてくれたのは、インドネシア、台湾、フィリピンなどにあるENIMASのSIMのステータス。ENIMASに直接SIMを搭載させるのではなく、現地で購入したルーターにSIMを搭載して、現地の電波法に対応させている。「だから、SORACOMが重要な要素なんです。われわれはSIMを入れ替えるだけで済んでいます。SORACOMさんがいなければ、海外戦略もこけてしまいますよ(笑)」と二関氏は語る。

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