評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
『Shirabe -melodies-』
調雅子(ヴァイオリン), 佐藤勝重(ピアノ)
多くのコンクール入賞歴を持ち、ベルギーにて研鑽を積んだ若きヴァイオリニスト、調雅子の、世界の名曲を奏でるデビュー・アルバム。雑誌「東京人」4月号(3月1日発売)で「日本のクラシックインディ・レーベルの担い手たち」という記事を執筆したが、その中で本作を制作したMClassicsの小野啓二氏はこう述べている。
「現場録音でいちばん大事にしているのが、空間感です。楽器からは倍音が必ず出ます。再生ではその倍音の豊かさ、その広がりを聴いて、良い音だと判断するわけです。倍音は空気を介して伝わるので、マイクから距離や、空間の広がりは録音中ではもっとも大事にしてるポイントです」。
「1.クライスラー: プニャーニの様式によるプレリュードとアレグロ」は ヴァイオリンとピアノのバランスが素晴らしい。どらもセンターに定位しているが、互いに支え合い、コミュニケートしあい音楽を構築している。相模湖交流センターのホールトーンがたいへん美しく、ヴァイオリンの音色もに生々しく、細部までナチュラルに、ディテールがきれいに汲み取られている。伸びもクリヤー。低音がしっかり。
「2.エルガー: 愛の挨拶」は音楽もラブリー響きもラブリーだ。繊細なヴァイオリンの音が音場内を流麗に飛翔し、しゃれたアーティキュレーションが本スピーカーから迸る時、まさに音楽の神が微笑むような感覚を覚える。「4.ファリャ: スペイン舞曲 No. 1」では響きが増え、色彩も彩度を増し、伸びもさらにクリヤーになった。「11.ラヴェル: ツィガーヌ」はカラフルな響きがきれいに会場に消えゆく。相模湖交流センター ラックスマンホールで、2023年8月8-10日に録音。
FLAC:352.8kHz/24bit
MClassics、e-onkyo music
オーディオマニア御用達の定番リファレンス音源、スティーリー・ダンの1980年アルバム「Gaucho」のリマスターだ。スティーリー・ダンが監修し、有名なエンジニアのバーニー・グランドマンがマスタリングしたという特別版だ。本作はオリジナルのアナログテープが紛失しているので、ボブ・ラドウィックによってEQ処理されたコピーテープから制作されている。e-onkyo musicには、2018年バージョン96kHz/24bitも配信されている。そこで、「4.Gaucho」にて、最新バージョンとの比較をしてみた。
2018年版https://www.e-onkyo.com/music/album/uml00602537715893/は音像サイズが大きく、ボーカルもくっきり。輪郭に力を入れて、コントラストをしゃっきりさせている印象。音が前に飛んでくる。勢いが鮮鋭な力感の音だ。今回のリマスターは丁寧に作業されている。グラテーションや粒子が細かく、鮮明感や透明度も高い。ドナルドのヴォーカルや、バックコーラスもヌケが良い。より透明感が増し、粒立ちが細やかになった。両者はキャラクターが異なり、どちらも存在感を持つ。
FLAC:192kHz/24bit
Geffen、e-onkyo music
指揮者/作曲家のレナード・バーンスタインと、その妻で女優のフェリシア・モンテアレグレ・バーンスタインの愛の物語を描いたNetflix映画『マエストロ:その音楽と愛と』のオリジナル・サウンドトラック。ヤニック・ネゼ=セガン率いるロンドン交響楽団の演奏を中心に、バーンスタインの多彩なレパートリーを収録している。ここではこのコンビによる「キャンデード」序曲を聴く。低音がしっかりと安定的に響きを支え、その上に中高音が乗る。間接音が多く、細部の明瞭度はいまひとつだか、オーケストラとしてのマッシブさや、塊感は感じられる。CDとしての音だけで勝負の音調とは違い、いかにも映画のサウンドトラックとしての映像を引き立てる音と言えよう。細部まできりきりとえぐり出すのではなく、全体的なまとまとりをメインに考えた、ウエルバランスの音調だ。
FLAC:48kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
ピーター・ガブリエルが20年以上を経て、ニュー・アルバム『i/o』を2023年12月にリリース。リミックス違いの2つの音源を収録するという、前代未聞(?)のユニークな試みが実行された。月の満ち欠けを表現した「Bright-Side Mix」「Dark-Side Mix」という2つの異なるリミックスだ。違いを聴き比べた。
「1.Panopticom[Bright Side Mix]」。音場はセンター中心にまとまり、奥行きもリッチだ。音の輪郭は、あまり鮮明には立てずに、少し丸い。ヴォーカルは左右に拡がるが、それはふわっとした形で、明確な音像を持つわけではない。解像度的にも細部に徹底的に突っ込むわけではない。エコーも多く、幻想的だ。
「13.Panopticom[Dark-Side Mix]」は、まったく違う。音色がもの凄くメタリックになり、キラキラする。拡がりが[Bright Side Mix]では奥行き方向がメインだったが、[Dark-Side Mix]は聴き手のところまで、勢いよく到達する。まるでサラウンドのようだ。ヴォーカルはセンター中心にしっかりとした音像を持ち、ドラムス、ベースなどの個個の楽器の音像も明確、輪郭の隈取りもシャープだ。鮮明ミックスといえよう。
FLAC:96kHz/24bit
Real World、e-onkyo music
『ベートーヴェン:ハンマークラヴィーア・ソナタ』
Valery Afanassiev
1947年モスクワ生まれのピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフの異端的、個性的なピアニズムは世界的に人気を集めている。NHKは彼をテーマにしたドキュメンタリー「漂泊のピアニスト アファナシエフもののあはれを弾く」を制作している。最新録音はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」。明晰なタッチ感と、正鵠を射る解釈で、ベートーヴェンを斬る。センターに定位するピアノの音色がたいへん美しく、剛直にして、ディテールまでのニュアンスがたいへん豊か。一音一音がひじょうに細やかに、しかもナチュラルに捉えられている。ホールの広がる響きの深さ、透明感の高さ、粒子の細かさは格別だ。ビアノは ヤマハCFX。ドイツはザクセン=アンハルト州ハルツ郡ヴェルニゲローデのKonzerthaus Liebfrauenで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Labels Inc.、e-onkyo music
サックス・プレイヤー矢野沙織の8年ぶりのニューアルバム。弦楽編曲は菊地成孔。「1.Rocker」は弦楽四重奏との協演。冒頭の弦がたいへん鮮明だ。解像度が高く、輪郭の切れ味も鋭く、音場の透明度も高い。音像もタイトで、それ以外の空間にはまさに音が無い。ところがジャズ部では、音場がサックスとピアノベース、ドラムスの3つの楽器で占有され、2つのスピーカーの間に隙間がない(無音部がない)。解像感も冒頭の弦楽とはまったく違い、こまやかな描写というより、どっしりと音を大づかみで掴んでいく。「2.I Didn't Know What Time It Was」はストリングスなし。ライブ会場のようなノリの勢いを重視する音調だ。「4.Autumn Leaves」は左側からの弦楽の尖鋭度が、ひじょうに高い。前衛的なアルペジォと響き。ソロサックスは右から出る。ここでは、弦楽と同様にくっきりとし、高解像感。右のサックスと左の弦楽の対比が、位置関係だけでなく、音楽的にも面白い。
FLAC:96kHz/24bit
キングレコード、e-onkyo music
『R. シューマン: 民謡風の5つの小品』
堤剛(チェロ)、須関裕子 (ピアノ)
マイスター・ミュージックの音の価値は端的に言って、トーンマイスターでレーベルオーナーの平井義也氏が作る音そのものにある。そのひとつが「ワンポイント・ステレオマイクへのこだわり」。そのココロが倍音だ。楽器から発せられた音は、空間に響き行く。その響き成分の大部分は倍音。マイクが倍音領域まで正しく捉えて初めてホールトーンが再現できる。各マイクの距離が異なるマルチマイクでは、個個に入る倍音の位相が異なり、2チャンネルにミックスダウンする時に、異なる位相どうしが干渉し、多くが消えてしまう。ワンポイントなら、倍音領域まで消えずに、そっくりそのまま収録できるのである。 そのマイクに世界に数十ペアしかない、スウェーデンのデトリック・デ・ゲアール氏の手作りになる、特殊な銅を使用した「エテルナ・ムジカ(永遠の音楽)」マイク(周波数帯域:8Hz - 200KHz)」での録音だ。
そうした録音の特徴が、本ハイレゾでは明瞭に聴ける。チェロとピアノが発するホールトーンがひじょうにリッチであるのと同時に、楽器から発せられるダイレクト音も明瞭だ。クラシック音楽では楽器からの直接音と、そこから発した演奏会場の響きとの融合が重要だ。ところがホール録音で、この2つが佳くバランスする作品は、なかなか稀である。響きが多すぎると直接音が希薄になり、音の姿がぼける。逆に響きのない楽器音は味気ない。その点、本作のバランスはとても佳い。
FLAC:352.8kHz/24bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
シンガーソングライター、竹渕慶の配信ミニアルバム。「The Rose」「A Song for You」、「Bridge Over Troubled Water」「Hallelujah」(ハレルヤ) の名曲カバーに加えて、オリジナル楽曲「Voice of an Angel」の5曲入りEPだ。「1.The Rose」は正統的なアレンジで、ピアノ伴奏にて、誠実に堂々と朗々と歌われる。センターの音像が大きく、輪郭も内実も充実している。弱音で始まり、進むと共にだんだんクレッシェンドし、強くなる。そのダイナミズムが剛毅。「2.A Song for You」は 強音と弱音の間のニュアンスが豊潤で、グラテーションが細やかだ。
FLAC:96kHz/24bit
Virgin Music Label And Artist Services (S&D)、e-onkyo music
『M.M. ポンセ: スペインのフォリアによる20の変奏曲とフーガ』
福田 進一(ギター)
7位の『R. シューマン: 民謡風の5つの小品』と同じマイスター・ミュージック作品だ。録音現場でのマイキング(マイクの配置)こそ、トーンマイスター、平井義也氏の矜持である。スウェーデンの超広帯域マイク「エテルナ・ムジカ(永遠の音楽)」を、ワンポイント・ステレオで、いかに配置するか。録音セッション毎に楽器の響き、楽器と編成の音響特性、作品の時代や調性……などを考慮し、マイクの位置と高さを決め、指向性をセットする。音の指向性は楽器や周波数の違いによって異なるので、その違いを鑑みて位置を決めなくてはならない。平井氏はこう言った。
「マイクのターゲット位置が大事です。以前は楽器そのものを狙っていました。でも最近は演奏者の足許に向けて録ることもあります。楽器を直接、狙っちゃったら、そればかり入ってくるので、響きも含めたトータルバランスが大事なのです。ピアノ録音で低音が入りすぎてモヤモヤした時は、ほんの 5 センチぐらいマイクを下げると、すっきりします。反対に高くすると響きがたくさん入る。要はそのバランスです」(平井氏)。
福田進一のギターはナチュラルにして、ひじょうにクリヤー。そこから発せられるひじょうにディテールまでのニュアンスが鮮明にキャプチャーされている。音色は強調感や恣意性が感じられない自然なもの。でも無味乾燥では決してなく、マイスターミュージック作品の例に漏れず、ソノリティ豊かな美しい音だ。間接音を大事にしながら、直接的な音色感が聴ける。
FLAC:384kHz/24bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
テナーサックスのベテラン、山口真文のDays of Delightレーベル第2弾。全曲ソプラノサックス/全曲オリジナルだ。サイドは片倉真由子(p)、小牧良平(b)、本田珠也(ds)。実に鮮明。Days of Delightでの録音は毎回、その尖鋭さに驚かされるが本作も、まさに眼前の演奏を直接聴いている感覚。ソプラノサックスの先鋭、剛毅、剛直、そしてメローなサウンドが、スピーカーから飛び出す。いやレトリックとしてはふたつのスピーカーの間の空間から忽然と音像が涌き出るというほうが正確だ。Days of Delightレーベルならではの音像描写の鮮やかさ。ベースの低音の支えがしっかりと描かれるのも特徴だ。
FLAC:96kHz/24bit
Days of Delight、e-onkyo music
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります