週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

テクノロジーの奇跡感じた音源分離技術、The Beatlesの新アルバムなど〜麻倉怜士推薦音源

2024年02月03日 15時00分更新

 評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!

『The Beatles 1962 - 1966[2023 Edition]』
The Beatles

特選

 2023年のビートルズイヤーの掉尾を飾ったベスト盤、「赤盤」と「青盤」のリミックス・リマスターだ。「赤盤」には12曲、「青盤」には9曲が新規に収録された。ポイントは音源分離技術。初期の左右完全分離のミックスから、個個の音源をひとつづつ抽出し、音場に再配置することが可能になった。これまで2017年の「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のスーパーデラックス盤を皮切りに、「ザ・ビートルズ」(2018年)、「アビイ・ロード」(2019年)、「レット・イット・ビー」(2021年)、「リボルバー」(2022年)とリミックスが進んだが、初期のアルバムはまだ手つかずだった。そこに、音源分離とリミックスのメスが入れられたことが、画期的だ。

 そのことはよく言われることだが、私が着目したのは、「間違い」をそのままリミックスしていることだ。リマスターやリミックスでは、当時は不可能だったことが実現できるわけで、これまでの例では訂正されたことは、数多い。ところが、今回はステレオ盤の間違いはそのまま、なのだ。

 「Please Please Me」での間違いを述べると、曲の後半で、ポールのI know you never even try, girlに、ジョンのWhy do I always have to say, love?が混ざる。ジョージのギターのイントロ、リフが1、2回目は「ドシラソラソミ」だが、3回目の「ドシソララソミ」となる。モノラルバージョンでは、これらの間違いは、ない。

 しかし、ステレオの本リミックス・リマスターでは、間違いはそのままだ。これは間違いも含めて、オリジナル性を尊重したということだろう。なんでもできてしまうリマスターやリミックスでは抑制的な、立派な姿勢だ。ミックスについては、従来(2009年のリマスター)に比較してみると、初期作品の左右がインストルメンタルとヴォーカルで泣き分かれしていたが、今回センター位置にヴォーカルを配置する曲が増えた。低音が豊かになり、声がグロッシーに ハーモニーが明確になった。

FLAC:96kHz/24bit
UMC (Universal Music Catalogue)、e-onkyo music

『Now And Then』
The Beatles

特選

 第二位もビートルズ。"新曲"の「Now & Then」だ。音源分離技術の進歩が、本作の誕生を支えた。オリジナルのB部分が最終版で外されたという指摘もあるが、楽曲としてもたいへん適切にプロデュースされていると、私は思う。音質的にも、40年以上昔のカセットテープ録音が出発点とは思えない。ハイクオリティだ。センターの鮮鋭でくっきりとし、艶々した質感のジョンの声が立つ。ポールのベースの動きがリッチで、「ビコーズ」(アビーロード)から借用したハーモニーも美しい。左右のコーラスを背後にしたギターと、それに絡むストリングスが豊潤で、美的。音の重層感もたいへんクリヤー。40年以上前の名曲がハイレゾで甦るとは、まさにテクノロジーの奇跡と言うほかない。

FLAC:96kHz/24bit
UMC (Universal Music Catalogue)、e-onkyo music

『Bach, Bologne, Previn, Vivaldi, Williams』
Anne-Sophie Mutter, Mutter's Virtuosi

特選

 もう60歳なのである、アンナ・ゾフィー・ムター。60歳の誕生日を祝して、2023年初夏(6月)にウィーンのムジークフェライン・ザールで行われたコンサートのライヴ録音。ムターと彼女のプライベートバンド、アンサンブル、ムター・ヴィルトゥオージによる演奏だ。ヴィヴァルディ、バッハ、アンドレ・プレヴィン、ボローニュなどの室内楽のレパートリーとアンコールでのジョン・ウィリアムズの2作品を収録。ライブ的なソノリティと、ステージ感が横溢したヴィヴットなサウンドが、溌剌と進行する。

 ブランデンブルク協奏曲第3番のなんと速いこと。目にも止まらぬハイスピードで快速に進行。

 ヴィヴァルディ「四季」の夏も、もの凄い嵐が吹き上げ、あたりをすべて破壊しつくす。それは嵐と言うより、竜巻だ。元夫のアンドレ・プレビンの「Nonet」は、現代とメロディアスな混合。ジョン・ウイリアムスの「シンドラーのリスト」は、しっとりと歌い上げる。

FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music

『The Complete Budokan 1978 (Live)』
Bob Dylan

推薦

 1978年のボブ・ディラン初来日公演を完全収録。録音されたのは2月28日と3月1日の2日間だが、2007年になってマスターテープが発見され、当時録音したエンジニアが76センチ/秒、24トラックの2インチテープをマスターとしてDSD11.2MHzに変換して、2023年にリミックスXとマスタリングを行った。アートワークも当時と同じデザイナーが手掛け、日本主導の日本独自企画として商品化された。

 実に新鮮な音だ。ヴォーカル、コーラス、ギター、ドラムスの音像が大きく、音調がまるで最近の録音のようにフレッシュ。各楽器の立ちがシャーブで、解像感も高い。武道館ライブとは思えない、ハイファイさだ。「時代は変るThe Times They Are A-Changin'」(58トラック)はピアノ、ドラムス、サックスの間奏が闊達で、強烈なメッセージを武道館に発している。

 ボブ・デュランは同じ曲でも毎回、違う演奏を行うことでも知られるが、その例を聴いてみよう。2月28日「風に吹かれてBlowin' in the Wind」(16トラック)は、4ビートのロック的にビートを強調し、エレクトリックギターの間奏が実に堂々。ヴォーカルは、とても艶々し、伸びがよい。コーラスのコードワークも美しい。3月1日の「風に吹かれてBlowin' in the Wind」(45トラック)はピアノとギターを伴奏にした、しっとりとした曲想から始まり、違うビートの強調感にて、語り口がより説得調になる。1978年2月28日、3月1日、日本武道館でライブ録音。

DSF:2.8MHz/1bit
Columbia/Legacy、e-onkyo music

『The Lost Tapes Beethoven: Piano Sonatas Nos. 21 & 23]』
Rudolf Serkin

推薦

 ドイツ・グラモフォンの125周年を記念する、“お宝発掘”の新シリーズ「The Lost Tapes」。R.ゼルキンの「ワルトシュタイン」と「熱情」の発掘アルバムだ。1989年6月のアメリカはヴァーモント州で「熱情」の録音後、制作は進行し、ジャケットもデザインされたが、ゼルキンの健康状態が悪化したためテープの最終確認は不可能であった。今回のリリースはルドルフの娘、ジュディス・ゼルキンが承認。ジュディス氏はこうコメントしている。「父はリリースを確認する前に亡くなりました。それは“完璧”ではありません。それでも私はそれを共有する価値があると考えています。それはベートーヴェンの、そして父自身の人間であることの意味するものへの深い理解を驚くほど反映しているからです。この演奏が80代の一人の男から生まれていることを知れば、その能力と威力はますます恐るべきものでしょう」。

 巨匠の最後のベートーヴェン録音、「ワルトシュタイン」は境地に達したスケールの大きさと、細部への繊細な目配り。「熱情」はダイナミックレンジの広大さ。低音の弾み、中域のこってりさ、高域の伸び……。とてもアナログ的な端正な質感で、実に落ち着いた大人の味わいだ。アナログの極致がハイレゾで甦る。1986年3月、6月、アメリカ、パーチェス、ヴァーモント州で録音。

FLAC:48kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music

『Sunday At The Village Vanguard[Live At The Village Vanguard / 1961]』
Bill Evans Trio

推薦

 ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガード (Village Vanguard) で録音された世界遺産的名作「ワルツ・フォー・デビイ」の当日別テイク。ベーシスト、スコット・ラファロは本ライヴの11日後に亡くなっている。右のピアノ、センターから左のドラムスとベースの音像が明瞭。鍵盤の上を、滑らかにビル・エバンスの指が運ぶ。音調は高域のディテールまで立ちがシャープで、さすがはハイレゾでのリマスタリングだ。音が躍動し、響きが宙を舞う。客の拍手、喋り声、食器が当たる音が実に生々しい。

FLAC:192kHz/24bit
Craft Recordings、e-onkyo music

『ウェイブス〜フランス作品集』
ブルース・リウ

推薦

 2021年ショパン国際コンクール優勝者ブルース・リウの初のスタジオ・アルバム。彼はパリで生まれ、モントリオールのフランスカルチャーの中で育った。今回はラモー、ラヴェル、アルカンなど、200年にわたるフランスの鍵盤音楽を選曲。渋い。デジタルの力を最大限に発揮したハイクオリティな録音だ。タッチの優しさ、美しさがまさに、そのままの質感で、美しく録音されている。「1. Rameau: ガヴォットと6つのドゥーブ」は端正で、典雅。「10. Ravel: 組曲《鏡》M.43 - 第1曲: 蛾」は、印象派的な煌めきと、光の勁さがまさに印象的だ。「25. Rameau: めんどり 」のコケティッシュさ、伸びのクリヤーさ。タッチの明晰さもチャーム。

FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music

『The Complete Full House Recordings[Live At Tsubo / 1962]』
Wes Montgomery

推薦

 ウェス・モンゴメリーの生誕100周年を記念して「The Complete Full House Recordings」がリリースされた。彼の最初のレーベルのリヴァーサイドに残した唯一の"ライヴ"アルバムだ。カリフォルニアのバークリーのライブハウスで録音。ウィントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミー・コブのトリオと、加えてテナー・サックスの名手ジョニー・グリフィンとの協演。軽快で軽妙なリズムワーク、弾みがアグレッシブで、印象的な進行力の強い旋律。ウェス・モンゴメリーの明瞭で、キレがシャープで、同時にねっりとしたギターワークと、ジョニー・グリフィンのテナー・サックス技が聴き物だ。

FLAC:192kHz/24bit
Craft Recordings、e-onkyo music

『Mozart: Piano Quartets』
Renaud Capucon, Paul Zientara, Stephanie Huang, Guillaume Bellom

推薦

 ドイツ・グラモフォンに移籍したルノー・カプソンの前作はモーツァルトのコンチェルトアルバム。音楽監督を務めるローザンヌ室内管弦楽団との共演にて、弾き振りによる爽やかで、心地好いモーツァルトだった。今作はピアノ四重奏曲ト短調K 478と変ホ長調K 493。ヴィオリストのポール・ジエンタラ、チェリストのステファニー・ホアン、ピアニストのギヨーム・ベロムという3人の若いアーチストとの協演だ。これも清涼で、爽快なモーツァルトだ。調整はト短調と変ホ長調だか、ト短調でも深刻すぎず、軽快に、情感豊かに奏する。録音も素晴らしい。音色がカラフルで、キラキラしている。くっきりと鮮明に立つピアノの明晰さと、優しく、麗しい弦との対比が鮮やかだ。ホールのアンビエントも美しい。

FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music

『武満徹:ギター作品集』
荒井一穂

推薦

 ギター界のホープ、荒井一穂の第3弾アルバム。武満徹の最初のギターの作品「フォリオス」に始まり、世界各地の名曲の編曲「ギターのための12の歌」、生前最後の作品となった「森の中で」と、武満のギター作品をすべて収録している。豊かな響きを伴ったギターが大きな音像で、ステージングされている。暖かな音色が、麗しい。「13.ギターのための12の歌: ロンドンデリーの歌」は誰もが知っている名曲を、そのコンセプトを生かしつつ、タケミツワールドに誘ってくれる。「24.ギターのための12の歌: インターナショナル」は、あの勇壮で、力強い革命歌がロマンティックで優雅な曲に変身。気品とヒューマンな味わいに感動。武満らしいコード進行も聴ける。2023年6月20-21日 神奈川県立相模湖交流センターにて収録。

FLAC:192kHz/24bit
EXTON、e-onkyo music

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事