伝統的な知識と先進科学技術の融合により社会課題の解決を試みる「ミライの研究者」の養成と、世代を超えた知のネットワーク形成を目的としたアウトリーチ活動を行なっている「Table Unstable(TU)」は、8月11~13日の3日間、小学生から高校生までを対象とし、メディアアーティストの落合陽一氏による特別カリキュラム「Table Unstable - 落合陽一サマースクール2023(岩手町編)」を開催した(レポートはこちら→落合陽一サマースクールで子どもたちが生成AIを使って動画作成にチャレンジ)。
サマースクールには、日本全国から21人の生徒が岩手町にあつまり、「ChatGPT」をはじめ、AIで動画をつくるサービス「Runway」などを使い、オリジナルの動画を作成するワークショップが実施された。そこで本稿では、落合氏をはじめ、キーパーソン3人に、今回のサマースクールでの狙いを聞いた。
大人から子どもまで創作の幅が広がった
メディアアーティスト 落合陽一氏
落合 僕も同じ条件で作ってみましたけど、1~2時間で映像作品が作れるというのは面白くないですか? 生成AIの何がいいかというと、先人がたくさんアニメーションなどを作ってきてくれたおかげでデータは無限にあるので、プロットを入れれば作れる。一番面白いのは、アニメーション独特の表現をしようと思うと人手が必要なので、監督がああだこうだと指示出ししたり、たとえば人間は300枚の手書きの映像をぱっと出したりはできないですよね。
今までコストをかけて、結構難しいことを一杯やってきたのですが、今回みなさんは全然コストをかけずに作品を作れている。僕が同じ条件でつくった作品も、せいぜい数千円ぶんのGPUを回しただけです。
そう考えると創作の幅というのが、小さい子から大人まで一気に広がってきたと思う。自分の手が動くとか描けるというのは練習が必要ですが、練習しない段階からいいものを作れるし、いいものもを見られる。面白くていいものを見て育っていれば、いいものを選び取れる。この選び取れるというのがAIには重要なので、ぜひいいものを、よりいい体験をいっぱいして、素敵なものに囲まれて過ごしていただきたいなと思います。
子どもたちの作った作品をみて、何も知らない子どもでも面白い作品が作れるのはいいなと思いました。生成AIを今回テーマにしたのは、せっかくAIがこれだけ流行っているというか黎明期なので。AIの完成度が今は低いので、そのタイミングでやったほうがいいかなと。
できあがった作品をみて思ったのは、小さい子でも大きい子でもクオリティーがあまり変わらない。それは、モノを考えるほうにもAIが入っているし、モノを作るほうにもAIが入っているからで、その合わせ技がいいですよね。
外れた部分を大事にしていきたい
Table Unstableプロデューサー(株式会社電通グループ) 鈴木淳一氏
鈴木 TUでは「作りたい」という生徒の気持ちを大切にします。そして生徒に「作ってみたいな」という気持ちになってもらえるよう工夫されたカリキュラムと専門知識を有するTA陣によるサポート体制を用意して臨んでいます。
今回のカリキュラムですが、これは非常に高度な内容でした。間違いなく。いつも目標値を相当高いところに置いていますが、今回は格段に難しかった。振り返ると、初開催となった2016年のサマースクールでも今回と同様に、非常に高いゴール設定としていました。
当時はIoTとAIをテーマに、半田ゴテを使い基盤を完成させLEDを点灯させた後、機会学習を取り入れて腕輪型のIoTデバイス制作に挑戦するというものでした。腕を上下に振るなどして、特定の動作が検知されると腕輪のディスプレーに文字列が表示されたりIoT家電が動いたり。当時からレベルは高かった。TU卒業生の多くは後に、大学や企業で学者や研究職というキャリアを選び国内外で活躍しています。
鈴木 今年の生成AIを用いたカリキュラムですが、過去最高難度とされた2016年のカリキュラム内容を上回るものでした。しかし、生徒たちは初日の座学によるインプットと2日目のハンズオンによって作品を見事完成させ、最終日には全員で成果発表することができた。これは本当に素晴らしいことだと思います。
スクールの主な対象年齢を小中学生に設定したこともあり、今年は人類の偉大なる外れ値として生徒の成長を目の当たりにすることができた。極めて例外的な成果と言えるでしょう。参加した生徒たちが学校に戻って、同じようなレベルの会話ができるクラスメイトを探しても恐らく見つからないだろうと思います。生徒には、自らの特異性つまり突出した部分を大切に生きていってもらいたいと願っています。
鈴木 なお、こういった特異性というのは、大人になるにつれてどんどん丸まっていってしまう。ここは悩ましいところがあって、チームで作業することの難点といいますか、相手を説得するプロセスが作品の質に影響したりするわけです。いわゆる対人マナーが求められたり、ちょっと譲らなきゃといった政治性が求められたり。
しかし今回、生徒の相手はAIだったので自分の思いをストレートに、修辞に頼らず伝えることができた。自分で作りたかったものを完成させるためには一定程度わがままで良いのだという実体験を通じた気付きは、後の人生でチームワークを求められた際にも役立つはずです。
さらに完成した映像データは、「Infinite Objects」に転送しNFTアートにしています。杞憂かもしれませんが、夏休みの宿題として生徒がInfinite Objectsを周りの大人に見せた際、生成AIによるクリエイションなんて危険だという反応もあるかもしれません。ですがAIというのは技術であり手段であって、それを使う側の考え方が反映されているということです。
鈴木 かつて「Winny」というファイル交換ソフトがひたすら怒られたことがありました。けれどもWinnyの技術自体には悪いことは何もなかった。素晴らしい技術をどう使うかだけの話です。今回の生成AIに関しても子どもたちには考え方、哲学をどんどん磨いてもらって、私たち人類の知の拡張に貢献してほしいと願っています。なお2016年の開講以来、AIに関するカリキュラムの場合は必ず一時間目に情報哲学の講義を設定しています。
人間が作り出せるものそうでないもののコラボに驚いた
岩手町長 佐々木光司氏
佐々木 実際に成果発表で子どもたちの作品も見させてもらいましたが、非常にクオリティーの高い作品ばかりで驚いています。今回のイベント開催のお話しを聞いて、私たちの町で実現できるのだろうかと、最初は信じられない感じでした。
町としても、ここまでしっかりとしたコンセプトに基づいたイベントというのないのですが、キャンプや川で水生生物の調査をしたり、カヤックやイカダで遊んだりといったことは、年に1回のペースで何年も続けています。
デジタルなことは人間が考えたことですが、山とか川は人間が作り出せないもの。今回のサマースクールのように、人間が考えたことと人間が作り出せないものとのコラボレーションで、子どもたちが新しいものを作り出したり、本質的なもに触れることで将来に活かせることを期待しています。
【まとめ】子どもたちにはAIに対するハードルがない
取材をとおして子どもたちの反応をみていると、AIを特別なものとはみておらず、ひとつのツールとして心的なハードルなくすぐに使いこなしていた。AIに関しては技術的というよりも、社会的な問題がいろいろと指摘されているが、ほかのツールと同様に若いうちから正しい使いかたを学ぶことで、子どもたちの成長と共に新しい時代を切り開いていけるのではないか、そんな印象を強く受けたサマースクールだった。
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