GeForce RTX 4060搭載ビデオカードが6月29日の22時に販売解禁となり、パソコン工房 秋葉原本店で深夜販売(*)が行なわれました。この深夜販売には、1人が購入に訪れました。わずか1人の購入希望者のために、深夜にお店を開けて販売する店舗の姿勢は評価しますが、これはいったいなんのために実施しているのでしょうか?
購入希望者が多いなら、お店としても営業時間を延長しスタッフに残業代を支払ってでも販売する価値はあると思いますが、数人しか購入しなかったら、むしろ電気代や人件費のほうがかかって下手したらお店は赤字になるはずです。週末ならともかく、なぜお客さんが少ない平日の夜にわざわざ深夜販売を実施するのでしょうか?
(*) 22時なので正確には深夜ではなく夜間なのですが、比較的店舗の閉店が早い秋葉原において22時は深夜に近いので、本稿では便宜上“深夜”販売と表記します。
早く使いたいパソコンユーザーの要望を叶えるために
始まった深夜販売
そもそも秋葉原での深夜販売は、1995年に発売されたWindows 95が発端です。Windows 95は視覚的にわかりやすいインターフェースを採用したことで、それまでマニアだけが使っていたパソコン(とインターネット)を一気に一般層にまで普及させました。
Windows 95/98のときは、パソコンユーザーが秋葉原に集結し、大変なお祭り騒ぎになったことを今でも鮮明に覚えています。この当時は「1分1秒でも早く製品を購入して使いたい!」というユーザー側の心理が大きく影響しました。また、自分と同じ趣味を持った仲間がたくさん集まるという側面もあり、見ず知らずの人間と興奮を共有できるという楽しさがありました。製品を買うつもりはないけど同士が集まるから深夜販売に駆けつけるという人も多かったです。まだSNSがない時代ですから、深夜販売=オフ会のような意味もありました。
その後も、WindowsはXPや7など新しい製品が発売されるたびに深夜販売が行なわれました。購買に直結するユーザー層が確実に集まるわけですから、メーカーやショップ側も深夜販売に力を入れはじめます。著名人をゲストとして招いたり、発売記念セールを開催したり、購入特典を用意したりと、深夜販売でのお祭り騒ぎは次第にエスカレートしていきました。
あまりに多くの人が深夜に集まって騒ぐわけですから、次第に近隣住人から苦情が寄せられるようになります。そこでショップはマイクの音量を絞る、販売解禁を祝うクラッカーを無音のものに替えるなどの試行錯誤を繰り返し深夜販売を続けていきます。このときの努力があってこそ、今でも深夜販売が秋葉原で許されていると言っても過言ではありません。そんなある日とんでもない事件が発生しました。秋葉原通り魔事件です。
■関連記事
この事件をきっかけに、秋葉原の歩行者天国が中止され、路上ライブや扇情的なパフォーマンスは一切禁止となりました。街のどこかに人が集まるとすぐに警官が駆けつけて人を散らしていきます。これは深夜販売も例外ではありません。店頭に人が集まっているとどこからともなく警官が現れ注意されるのです。こうなるとせっかくのお祭り気分も台無しです。
もちろん治安や風紀の問題、騒音などを考えると警官の行動も理解はできます。ですが、当時はやや警官も敏感になりすぎていたように感じます。深夜販売の最中に数人の警官が割って入ってきて、販売イベントを中断させることもありました。このようなことから深夜販売自体も、次第に警官の顔色をうかがうような、過度な盛り上がりを自制する内容に変化していきました。
2016年ごろには、深夜販売はすっかりお祭り騒ぎではなくなり、ただ淡々と販売するのが普通(事前会計で解禁時間には商品を手渡すだけ)になっていきます。マニア同士が親睦を深めるオフ会のような様相もなくなり、深夜販売に対する魅力は完全に失われました。そのうえネット通販が普及したことで、わざわざ夜遅くに秋葉原に出向く人も減りました。下手したら送料より秋葉原往復の交通費のほうが高かったりしますし。
「深夜販売が楽しくなくなった」と思うパソコンマニアが増えていく一方で、実は深夜販売の年間実施回数は2016年から急激に増加しています。これはOSに続きCPU、そしてビデオカードまで深夜販売するようになったからです。しかもハイエンド製品だけでなくミドルクラスやローエンド製品まで深夜販売することも。
これは少しでも売上が増えることをショップ側が期待するからです。深夜販売を実施すればそれが注目の製品であるかのように見せられますし、深夜販売を実施しない店舗やネット通販より早く製品を手渡せるので、購入希望者を囲い込めます。
こうして秋葉原の深夜販売は、年に1回あるかないかのレアなお祭りイベントから、数ヵ月に1回はある普通の行事になってしまったのです。最初は少しでも早く入手したいマニアのために始めた深夜販売が、今ではメーカーとショップが売りたい製品を売る手段になっているわけです(ショップは深夜販売する気がなかったけど、メーカー側の強い要望でやむなく深夜販売を実施したという事例もあります)。
これが冒頭で示した「深夜販売はいったいなんのために実施しているのか?」という問いかけにつながってきます。もちろんこれは「深夜販売をやっても意味がない」と言っているのではありません。深夜販売は関係各社が業界を活性化させるために実施しているわけですから、業界の未来を考えると重要です。ですが「誰のためにやっているのか?」を今一度考える必要があるのではないでしょうか。
マニアが深夜でも買いに来たくなる製品かどうか、あるいは買わなくても「深夜販売に来てよかった」と思えるような有意義な時間を過ごせるか、のほうが重要な気がしてなりません。深夜販売で思い出に残る体験ができれば、次の深夜販売の告知を見たときに「楽しそう、また行こうかな?」となりますが、現状では「あぁ、またやるのか……」くらいにしか思えないあたりに、業界の闇を感じています。
一部のショップスタッフからは、「疲労や寝不足などから翌日の仕事にも影響が出るので、深夜販売はできればやりたくない」「数時間で数百個売れるなら残業してでも売るけど、わずか数個売るために深夜販売をするのはちょっと……」「昔は忙しかったけど楽しかった。今の深夜販売はただ営業時間が延びてるだけだね」という声を聞きます。
もはやマニアもショップも深夜販売にほとんど魅力を感じていないのが事実です。マンネリ化から脱却するためにも、しばらく秋葉原で深夜販売はやらないという英断を下す必要があるかもしれません。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります