時代の流れに合わせて
メモリースティックに音楽を保存するプレイヤーが登場
ソニーはカセットテープのウォークマンで「音楽を持ち運ぶ」文化を創造し、デジタル化の波に乗って新たなMD(ミニディスク)ウォークマンを世に出して、20世紀末のポータブルオーディオプレイヤーの主導権を掌握しました。
もはやポータブルオーディオ業界に敵なしと言わんばかりのイケイケっぷりでしたが、世の中そんなにうまく行くことなんてありませんよね。
この世紀末には、ほどなくしてシリコンオーディオという、フラッシュメモリーを採用したポータブルオーディオプレーヤー(DAP)が登場しはじめました。最初は容量の少なさだとか音質に対するツッコミもありましたが、それも時間とともにどんどん進化していくのが技術革新の恐ろしいところ。
その新たな時代においてきぼりにされるわけにはいきません。ソニーも新兵器を投入します。
それが、1999年に登場したメモリースティックウォークマン「NW-MS7」(当時の価格4万5000円)です。本体内にフラッシュメモリーを内蔵するMP3プレーヤーのようなスタイルではなく、当時のソニー肝いり記録メディア「メモリースティック」に音楽データを保存するのです。CDなどから取り込んで記録する際には、著作権保護のないMP3ではなく独自の音声圧縮技術「ATRAC3」を採用しました。
ちょっと難しい話ですが、パソコンとのコンテンツのやりとりは著作権保護技術「OpenMG」を採用してミュージシャンなど著作者たちの権利を保護しつつ、これまた著作権保護技術「MagicGate」に保護された専用の「MG(マジックゲート)メモリースティック」を採用するなどして、徹底的に不正コピーを防止する姿勢を示しました。さすがソニー・ミュージックを抱えているだけあって、このあたりは厳格に対応したわけです。
カセットやMDのウォークマンより
小さくて軽くて持ち運びがラクチン
この「NW-MS7」ですが、やはりそのボディーの小ささに驚きます。いくらMDウォークマンが小さいとはいえ、それよりも遥かに小さいのがメモリースティックウォークマンなのです。本体サイズは、幅約37×高さ約96.3×奥行き約19.2mm、本体の重さは約65g。しかも、MDやCDように内部で駆動する機構も一切ないので、音飛びはしません。
胸ポケットにいれても邪魔にならないサイズ感で、走ってもジャンプしてもあんなことやこんなことしても音飛びせず、MD/CD時代にはあんなに敏感だった音飛び問題が存在しないとか、もはや神の領域です。付属の白いメモリースティックこと「MGメモリースティック」には、モードによって約60分、約80分、約120分の音楽を取り込めます。高音質モードでおよそアルバム1枚分が入るくらいです。
バッテリーについてもリチウムイオン充電池を採用して、フル充電で連続再生約4時間程でした。漢字表示できる液晶ディスプレーや、ジョグレバーを備え、見た目もブルーとライトグレーにディスプレーまわりがホログラムで色が変化するあたり未来感たっぷりで、音楽を聴いているときもなんとも言えない高揚感というか優越感のようなものに満たされました。その使い勝手をのぞけば。
音楽を取り込むには、パソコンとメモリースティックウォークマンをUSBケーブルで接続、付属の「OpenMG Jukebox」アプリを使って転送します。CDやMP3など、すべてこのソフトで「ATRAC3」に変換されてパソコンに保存。その中から欲しい音楽をメモリースティックウォークマンに転送、という流れになります。
こうしてみると、今も昔も変わらないんじゃ? と思うけど全然違います。パソコンからメモリースティックウォークマンに転送できる回数は1つのファイルにつき3回までで、逆に戻すとその回数が戻るという仕組みで、3回もあれば大丈夫でしょうという考え方だったのかもしれませんが、パソコンやソニー製シリコンオーディオを買い替えたりするとなると不便極まりなかったのです。
そもそもメモリースティックなんだから、リーダーかなにかにサクッと差し込んで音楽データを書き込めたらいいのに、それができないのも「ATRAC3」という著作権保護技術のトラップでした。「MGメモリースティック」を複数枚持てば良いんじゃないの? と思ったものの、当時の価格は32MB(GBではない)でさえ1万3500円で、64MBにいたっては2万2000円というびっくりするほどの高値。
1枚の「MGメモリースティック」に1枚分のアルバムが入る程度で、妥協して音質を落としてようやく120分というありさまでは、快適な音楽ライフを満喫とはいきません。
それならMDをたくさん持ち歩いたほうがいいじゃない! と考えてしまうのは、まだ時代が追いついていない証拠でした。
ついにメモリー内蔵タイプのDAPが登場した2000年
その翌年の2000年、メモリースティックを採用した後継モデルともいうべき「NW-MS9」と、メモリー内蔵タイプの「NW-E3/NW-E5」が登場。ここでフラッシュメモリーを採用するオーディオプレーヤーの総称として“ネットワークウォークマン”というネーミングが浸透していくことになります。
メモリースティックタイプの「NW-MS9」は、カセットウォークマンやMDウォークマンで採用されていたガム型ニッケル水素充電池とすることでさらに軽量コンパクトに、バッテリーの持ちは飛躍的にのびて連続再生が約10時間に。メモリー内蔵タイプのうち64MBの「NW-E3」はカラバリ展開し、「NW-E5」は96MBとなって、単体で最長約180分の記録ができます。
2001年には、ヘッドホンのカタチをしたネットワークウォークマンが登場します。完全なるハンズフリーで音楽を楽しめる耳かけ式ヘッドホンタイプの「NW-E8P」をはじめ、バリエーション豊富に着実に市民権を得るために様々な展開をしていきます。ですが、肝心の使い勝手は変わらず、著作権保護を貫く「OpenMG」テクノロジーおよび圧縮方式は「ATRAC3」のまま。
確かに「ATRAC3」には著作権保護だけではなくて、「MP3」を上回る音質を備えていたはずなのですが、音源となるCDクオリティーから圧縮しているという事には変わりなく、こだわりがある人をのぞく一般的にはその差異もわずかでしかありませんでした。取り回しのしやすいMP3と比べると、ちょっと面倒な規格という空気が徐々に流れ始めたのです。特にこの2000年前後のソニー黄金期には、ソニー独自規格のオンパレードだったこともあって、より一層その独自性(不便性)が際立ってしまうのでした。
それでも微動だにしない強いソニーだったはずですが、胸にスクロールホイールを持つ白いアイツ(iPod)がポータブルオーディオ群雄割拠時代の救世主として立ちはだかることとなるのでした。ババーン!
筆者紹介───君国泰将
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