kintone hive osaka 2022の3番手として登壇したのは、NPO法人滋賀県社会就労事業振興センターのIT担当の松下佑太氏と事務センターの事務長の藤岡弘樹氏だ。「現場とITの正解は違う」という気づきを得た2人が進んだ道は二人三脚でのアプリ作成。なぜ現場でアプリを作るのか? IT部門の役割とは? 2人のハートフルなやりとりの中に、大事なことがいっぱい詰まったセッションだった。
せっかくのkintoneが使われない IT担当大臣が思い当たったこと
NPO法人滋賀県社会就労事業振興センターは、「これからの仕事の当たり前を作っていく」を掲げ、障がい者などの就労支援や働く場所の開拓、整備などの活動を展開している。今回登壇した2人のうち公益事業部長/センター長である松下佑太氏は元プログラマーのIT担当、藤岡氏は事務センターの事務長、グループホーム「ルマルマ」のサービス管理責任者というIT経験のない事務方。IT担当の松下氏がkintone導入をやったがうまくいかず、現場担当の藤岡氏といっしょに課題解決したというのが登壇の趣旨だという。
松下氏がkintone導入に踏み切った理由は、紙の多さ。「あの資料どこにやったっけ?と言っても、あの資料はあのキャビネのどこかにあるといった状況でした」と松下氏。そして、なぜ選んだかもシンプルで「現場でアプリが作れるから」。「業務知識を有しているのも現場。どの資料がどのファイルにあるのかを知っているのも現場です。現場でアプリが作れるなんて最高じゃないかという思いでkintoneを導入しました」と松下氏は振り返る。
「IT担当大臣」を自負する松下氏はさっそく「アプリ化要望アプリ」や「問い合わせ管理アプリ」を作った。しかし、公開してはみたものの、ほとんど使われていない。そこで、IT担当として意識を変える必要があると考えた。「当初、私は便利なツールを導入したんだからみんなが使うはずだと思っていましたが、これはみんなが使っていくうちに便利さを感じるのではないか?と考えるようになりました」と松下氏。
そこでみんなに関係するところからアプリ化することにした。そこで作ったのが「有給申請アプリ」だ。フォームに申請すると、管理職に通知が飛び、これを承認すると、事務センターに申請が出力されるというシンプルなものだ。この有給申請アプリが松下氏と現場を結びつけることになる。
IT担当大臣が作ったアプリに「これは使えない」という反応
一方、障がい者の生活の場であるグループホーム「ルマルマ」でも課題があった。振興センターは事務所から約2km離れたマンションを借りて、グループホームを運営している。しかし、グループホームの世話人が記述する利用者日誌が手書きだった。そのため、藤岡氏が利用者の状況を知るためには、ルマルマまで自転車でとりに行かなければならなかった。「これがしんどいんです」と藤岡さんはコメントする。
そこでネット接続とExcelで日誌を電子化することにした。入力する世話人の方のために藤岡氏は毎月ひな形を用意するのだが、なぜかファイルが壊れる。そして結局、手書きに戻り、自転車での往復が始まることになる。「限界でした」と藤岡さんはコメントする。
そんなある日、思い当たったのがkintoneの活用だ。「松下の作った有休申請アプリはとても使いやすかった。簡単だったんです」(藤岡氏)。興味を持った藤岡氏が自ら調べてみると、kintoneなら誰でも簡単にアプリが作れると書いてある。「ひょっとしたら、自分でも作れるんちゃうんかな。そう思い、松下に告げてアプリを作ることにしました」(藤岡氏)。
IT担当大臣の松下氏としては、「ついにこのときが来た」という思いだった。「任せろ。オレが作ってやる」ということで、事業所日誌アプリを作った。利用者記録アプリから利用者マスタをルックアップし、その利用者記録から関連レコードを表示し、事業所日誌へ……と自身のkintone力を駆使して作ったアプリ。ドヤッとばかりに披露したが、藤岡氏からは「これは使えない」という反応が戻ってきたという。「僕の思いは今まで使っていた手書きの様式、それをkintoneのアプリで再現したいということでした」(藤岡氏)
「現場での正解とITの正解は違う」。これが松下氏の学びだ。「現場は紙の様式をそのままアプリにしたい。そうしないと現場の人に使ってもらえないから。一方で私は再利用可能なデータ構造にしたい。あとで、分析することを考えると、どうしても手間暇をかけてします。でもどうやらこれは違うなと」(松下氏)。
思っていたより簡単にできた「日報アプリ」 もう自転車をこがないで済む
違ってままでは前に進まない。二人で話し合った結果出てきたのが、二人三脚でやろうという方向性だ。藤岡氏には「自分で作る」ことに責任を持ってもらい、松下氏は「作ってあげます」ではなく、「調べ方を教える」というサポートに回ることにしたという。具体的には公式のヘルプ・ドキュメントを教えたり、サンプルアプリを使うことで、機能について説明したという。
そして、藤岡氏はいよいよ日報アプリを作成したが、思っていたよりも簡単にできたという。「初めて作ったアプリ。感動しました。それは僕が希望していた、紙の様式をそのままkintoneで再現することができたんです」と藤岡氏はコメント。業務改善にもつながるし、もう自転車をこがなくてよくなった。
日報アプリは献立の内容、利用者4名の様子、職員への連絡事項を入力するというもの。これを1日1レコードずつ記録するのだ。こだわりポイントは利用者一人ひとりの様子を抽出できるようにしたことだ。
藤岡氏のアプリを見たIT担当の松下氏は「やはりこうなってしまったか」と不満を募らせたが、現場の意見は「手書きの時と同じだから簡単」「スマホで様子を確認できるのが便利」「コメントでコミュニケーションができるようになった」と好評。スムーズに現場に根付き、人件費や日誌のシステム代、労働時間も削減できたという。
藤岡氏はこの経験を経て、この導入例を同業他社のグループホームにも伝えていきたいと考えている。普段交流している滋賀県内のグループホーム15事業所はすべて日誌を手書きしているという。「kintoneのことを話したら、みなさん興味を持ってくれたので、ぜひ拡げていきたい」と藤岡氏は野望を語る。
現場がアプリを作ると、現場が動くことを確認できた
アプリを現場で作る重要性とは? 藤岡氏は「業務フローや現場の状況は現場が一番わかっているから。現場でアプリを作ると、現場が動くことが確認できました」と語る。
そして、今回課題解決をできたのは、そばにIT担当大臣である松下氏がいたからだったという。「1人でできることは大切。でも、『できる人を知っている』『できる人に頼れる・お願いできる・相談できる』ことの方がもっと大切」だと藤岡氏は語る。
それを受けて松下氏は、「自分たちの強みを活かせたのが、業務改善につながったポイント」と振り返る。現場知識が豊富な藤岡氏とITに強い松下氏。「現場担当とIT担当というとよくぶつかって、対立するような構造で語られますが、私たちの場合は本当に二人三脚で進められたことが今回の業務改善としてよかったのかなと思います。みなさんの職場でもこうした二人三脚の取り組みが1つでも多く生まれていくことを願っています」と松下氏はまとめた。
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