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横浜美術館おしごと図鑑――vol.5 エデュケーター 園田泰士

2022年06月30日 10時00分更新

 2023年度のリニューアルオープンに向けた大規模改修工事のため、長期休館中の横浜美術館。美術館のスタッフはお休みのあいだも忙しく働いているようですが、彼らはいったい何をしているの? そもそも美術館のスタッフってどんな人?

 そんな素朴なギモンにお答えするシリーズ第5弾は、美術館内のアトリエなどでワークショップを企画・運営する創作・造形エデュケーターが登場。造形に関する知識や技術を駆使して、子どもたちの自由な創造力をサポートする「ソノダさん」の素顔をお伝えします!

 前回の記事はこちら

波しぶきにこめられた、荒ぶる海のエネルギー。クールベ《海岸の竜巻(エトルタ)》

 記事一覧はこちら:アートで暮らしに彩りを。ヨコハマ・アート・ダイアリー 

自分がイメージした通りにできた時の「やったー!」という気持ち。その瞬間を一緒に喜べるのは、とても素晴らしい体験です。ワークショップは、休館中も拠点を移して開催中です!

――エデュケーターとは、何をする人なのでしょうか?

園田「一般に『教育者』を意味する言葉で、美術館や博物館においては教育普及活動などを行なう専門家を指します。横浜美術館には『造形系』と『鑑賞系』のエデュケーターがいて、私の担当は『造形系』です。造形技法などの専門知識を活かして美術館で行なうワークショップのプログラムを企画したり、実際の指導も行なっています。子どものアトリエ、平面室、立体室、版画室など専門設備の整ったアトリエを持っていることは横浜美術館の特徴のひとつで、その設備を活用したさまざまなワークショップを開催してきました。」

――「鑑賞系」のエデュケーターは何をする人ですか?

園田vol.3で登場した古藤さんたちの担当です。こちらで詳しく話しているので、お読みいただければと思います。いずれも、市民の皆さんと美術作品の繋がりを築くことを目的に活動しています。」

――休館中もワークショップはやっているのですか?

園田「休館中は、活動の拠点を『PLOT 48』に移して創作講座やレクチャーを展開する『やどかりプログラム』などを実施しています。専門的な設備がないので開館中と同じプロブラムはできませんが、美術館とは違う空間を活かしたプログラムも考えています。今後は、おとなと子どもが一緒に参加できるプログラムを企画してみたいですね。コロナ禍の終息が見通せないので難しい面もありますが、対策をとりながら、少しずつ取り組んでみたいと思っています。

 また、横浜市内18区の文化施設を訪れてワークショップやレクチャーをお届けする『横浜[出前]美術館』も実施していますので、ぜひ遊びにきてください。」

子どもたちのイメージを尊重し、実現する方法を考える

――具体的には、どんなプログラムがあるのでしょう?

園田「先日は『やどかりプログラム』で『木の車をつくろう』と題したワークショップを実施しました。車輪のついた板に、いろんな形の木っ端やカラフルなビーズ、モールなどをくっつけたり、色を塗ったりして、カッコイイ車、いわゆる『デコ車』をつくるワークショップです。」

園田「対象は小学校1・2・3年生。目の前にある素材の中から自分で好きなものを選び、配置する場所を考え、ボンドを使ってくっつける。『なんか違った』と思うこともありますが、平面と立体の違いに気づくのも素敵な『発見』です。最後は完成した車を走らせて遊ぶので、エデュケーターである私たちスタッフは車輪が回ることに注意して、あとは子どもたち一人ひとりがイメージする車を自由に作りました。」

――ワークショップの目的とは、何にあるのでしょう?

園田「子どもたちを対象としたプログラムでいえば、造形活動をとおして『行動へのプロセスを養う』ことでしょうか。自分でやることを決め、自分の手で触れ、自分で選び、自分の力でつくることを重視しています。」

園田「おとなは『物理的に無理だろう』と思ってしまうことでも、子どもたちには子どもたちなりのイメージがしっかりあって『こうしたいんだけど』と相談してくることがあります。私たちに求められるのは、その子のイメージに沿ったカタチを実現する方法を一緒に考えることです。例えば『木の車をつくろう』のワークショップで、車輪がうまく回らない部分にパーツをくっつけてしまった子がいましたが、それを『ダメ』とは言いません。レールの上を走らせて遊ぶ時だけ一部のパーツを外す、という方法を提案し、飾るときは元に戻すことにしました。また、パーツの接着には基本的に木工用ボンドを使いますが、それではくっつきにくい素材もあるので、必要に応じてホットボンドという特殊な接着剤を提案する。火傷の危険があるので、スタッフが立ち合いながら使用することが前提ですが、初めて触れる道具を使い、自分がイメージした通りにできた時の『やったー!』という瞬間を一緒に喜べるのは、私にとっても素晴らしい体験です。」

>>今後の「やどかりプログラム」はこちらから!

ワークショップでアートを伝える、という選択

――園田さんがエデュケーターになったきっかけを教えてください。

園田「子どもの頃から絵を描くのが好きで、美大に進んで彫刻を学びました。作家を志して横浜市内の文化施設が主催する公募展に作品を出品したところ、最優秀賞をいただいたんです。副賞として個展とワークショップを開催する機会をいただいたのですが、実は『ワークショップ』という言葉を耳にしたのはそのときが初めてで(笑)。アートの世界を人に伝えるには、自分の作品をみて感じてもらうだけでなく、ワークショップという手段もあることを知って、すごく興味を引かれました。それまでは自分の作品を制作することにしか興味がなかったのですが、これをきっかけに市内の文化施設を運営している(公財)横浜市芸術文化振興財団で仕事をするようになり、現在は横浜美術館のエデュケーターとして活動しています。」

――エデュケーターという仕事の面白さはどこにあるのでしょう?

園田「ワークショップでは、こちらが思いもしないような『発想』や『作品』が生まれるのが面白いし、そのお手伝いができるエデュケーターという仕事は、本当に興味深いです。現在は自分自身の作品制作はお休みしていますが、いつかまた制作に取り組むことがあったら、この経験が間違いなく生きてくると思います。」

――これまででいちばん印象に残っているワークショップを教えてください。

園田「初めて自分で実施したワークショップです。親子で向かい合い、紙粘土を使ってお互いの顔をつくる、というプログラムでした。それまでワークショップという言葉すら知らなかったのに『何かできませんか?』と問われて、パッと思いついた企画です。当時、私は粘土を使った塑像(そぞう)で作品を制作していたのですが、紙粘土なら誰でも一度くらい触ったことがあると思って提案しました。すごく良く知っているつもりの人の顔を、造形活動をとおして改めてまじまじと見てみると、新たな気づきがある。そんな経験が新鮮だったようで、皆さんに楽しんでいただけました人には届かなくても、一人でもこうした要素を感じ取ってくれたらと思い、企画しました。」

アートを伝え、気軽に楽しむ「つながり」をつくっていきたい

――リニューアルオープン後の、園田さんたちの活動予定を教えてください。

園田「教育普及グループとして目指す方向はほぼ固まってきたので、今は、それを具体的なプログラムにどう落とし込むか、みんなでじっくり考えている段階です。アトリエの外で展開するプログラムや、美術館ならではのコレクションを活用したプログラムなど、新しいチャレンジもしたいと思っているので、楽しみにしていてください!」

――園田さんにとって「美術館」とはどんなところですか?

園田「美術館は両親が好きだったこともあり、幼い頃から身近な場所でした。でも実は、あまり好きではない時期もあったんです。ここに飾られている作品は全て素晴らしいもので、全て『良い』と感じなければいけない。問題集を解くように全てに『正解』を出さなければいけない、全部解っていないと美術館へ行ってはいけない、と考えてしまったのかな。もちろん、それは私の勝手な思い込みに過ぎません。気になるもの、心に刺さるものがあったら、それだけを楽しめばいいし、解らないものがあってもいい。そう思えるようになってからは、気軽に美術館を楽しめるようになりました。」

――園田さんにとっての、横浜美術館の魅力を教えてください。

園田「横浜美術館は、立体、平面、版画、写真など幅広い作品を収蔵しているので、ふらっと訪れたら何かしらお気に入りの作品を見つけられると思います。直感的に『好きかも!』と感じる出会いがあるかもしれません。私たちはワークショップなどを通じてアートを伝え、皆さんと美術作品の『つながり』」をつくっていきたいと思っています。」

園田 泰士(そのだ・たいし)

長崎県生まれ。美大卒業後、横浜市芸術文化振興財団が管理する文化施設にてアルバイトとして勤務。その後、職員となり。横浜市内の文化施設、事務局勤務を経て、横浜美術館へ。現在はエデュケーターとして、子どもを対象としたプログラムを中心に企画・運営を行なっている。

<わたしの仕事のおとも>

ワークショップで使用するエプロン。おとなから子どもまで、一目でスタッフだとわかるよう、必ず身につけています。

<わたしの推し!横浜美術館コレクション>

コンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》1926年(1982年鋳造)
横浜美術館蔵

 とにかくフォルムが美しい。飛び立とうとする動きや緊張感もあって、大好きな作品です。展示されているときは、正面に立ってじっと見上げてしまいます。

 発表当時はあまりに革新的な表現だったため、アメリカの税関では芸術作品として認められず、金属製品として課税されたとか。その後の裁判で作家側が勝訴し、芸術作品と認定されました。

※この記事は下記を一部編集のうえ、転載しています。
https://yokohama-art-museum.note.jp/n/ndc092018a786

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