日本を代表する文化の一つとなったアニメは毎年何百作品も新作が作られ、100本近い作品が映画館で上映される。さらにネット配信の普及により、世界中で日本のアニメを観ることができるようになった。また、世界的にもこれまでにない量の多様なアニメが制作されている。
そうした世界的な盛り上がりの中、来年2023年、長編アニメーションにスポットを当て、コンペティション部門を持つ映画祭として「新潟国際アニメーション映画祭」が開催されることとなった。その開催に際し、主旨や概要を説明する記者会見が東京、新潟、そしてフランスのカンヌ国際映画祭会場をネットでつなぎ、実施された。
東京では有楽町朝日ホールに、KADOKAWA上級顧問でフェスティバル・ディレクターを務める井上伸一郎氏、映画祭の審査委員長を務める映画監督の押井 守氏、ジェンコ代表で東京事務局長を務める真木太郎氏が登壇。新潟はユーロスペース代表で、映画祭実行委員会委員長を務める堀越謙三氏、映画監督で事務局長を務める梨本諦鳴氏、さらにカンヌ国際映画祭会場からはジャーナリストでプログラミング・ディレクターである数土直志氏が登壇し、映画祭の概要やプログラム内容などが語られた。
なぜ新潟なのか?
なぜ国際アニメーション映画祭が必要なのか?
新潟国際アニメーション映画祭は2023年3月17~22日の6日間、新潟市民プラザを中心とした約1.6km圏内の4拠点で開催される。新潟市民プラザのほかは開志専門職大学、T・ジョイ新潟万代、シネウィンドが会場として選ばれている。
この映画祭が新潟で開催される理由としては「新潟では30年で3000人ものアニメーターやマンガのクリエイターが育成されており、大学にもアニメを専門とする学部ができ、技術者だけでなくプロデューサーを含めた人材が育成できており、日本でも指折りの実績がある」と堀越氏は語る。
さらに「日本海に向けた最大の貿易都市であり、300年以上の歴史を持った自由貿易港として市民が作ってきた都市として、創造力といった土壌があるからこそ新潟で映画祭を開催する意味がある」と開催地としての自信を見せた。
映画祭の概要は井上氏から、40分以上の尺を持つ長編商業アニメーションにスポットを当てること、コンペティション部門を持つアジア最大のアニメ映画祭となること、2023年を第1回とし、その後毎年開催していきたいと説明がなされた。
井上氏は「なぜ国際アニメーション映画祭が必要なのか? 日本を代表する文化となったアニメではあるが、未来永劫アニメ文化を維持するために、文化価値の共有や作品への評価、人材やスタジオが存続する基盤を作る必要がある。しかし現在のアニメーション文化は商業とアート、国内と海外、専門家と大衆と、様々な分断があって十分な力が発揮できていない」と分析しており、「その現状を打破するためにアニメの地位や価値の向上に貢献するための中心的な役割を担うのが新潟国際アニメーション映画祭となる」と映画祭の創設目的を語った。
また、本映画祭はただアニメを上映するだけでなく、アニメやコミックの研究論文を発表するプログラムを作ることも発表された。「黒澤明や小津安二郎作品がいまだに観られているのは、海外の日本の映画研究家が研究論文などを海外で発表しているからだが、日本人による研究は海外にはあまりできない。日本のアニメやコミックに関する書籍や研究論文などをこの映画祭から発信し、アニメの地位向上の一助にしたい」と井上氏はそのプログラムについて意欲を語った。
アニメを評価しない、悪しき伝統を打破したい
コンペティション部門を持つ映画祭として審査委員長に選ばれた押井氏は「これまでもアニメのコンテストはたくさんあったが、基本的にはアート系の作品のコンテストだった。今回は長編作品に特化し、エンターテインメント作品にコンペにしているところがこの映画祭のおもしろいところ」と、その特徴についての感想を述べた。
「アニメ業界は人の悪口を言ったり、人の作品を評価しない特殊な世界」と押井氏は見る。「人の仕事に口を出すな、意見するなという悪しき伝統があり、批評もなければ評価もない。この映画祭がそうした慣習などを打ち破る契機になってほしい」とし、「アニメ業界の人が普段観られない人の作品をまとめてみるチャンスでもあるし、普段会うことがない監督やアニメーターが話すなどの交流の場になれば最高。コンペの後に飲み屋で語り明かしたり、一般のアニメファンが集まってくれる楽しいイベントになってほしい」と映画祭への期待を語った。
なお、審査については「自分のポリシーで作品を選びたい。作品規模や興行収入、制作会社の規模などをすべて無視して、本当にクリエイティブで、情熱の感じられる作品を選びたいと思っている」と押井氏自身の審査方針について説明した。
このコンペ部門について真木氏はジャパンプレミアという点にこだわっているとし「海外の作品は集めやすいが、国内は様々なハードルがある。どのようなメリットがあるのかということをこれからきちんと伝えていかなければならない」と語る。
押井氏は「アニメ作品は公開当日まで基本的に露出しないし、シビアな扱いが多く、情報が漏洩することを恐れている。海外にはスニークプレビューという伝統があり、ほとんどの作品がスニークプレビューを実施してアンケートを取ったり市場調査をするのに日本にはそれがない。でもそれはとてもいい制度で、そうしたことの先駆けにもなってほしい。公開でなく、興業ではない、1度きりというプレミア感がありながら、出展する側の大きなメリットになる」と作品制作者に映画祭への出品メリットについてアピールした。
新潟国際アニメーション映画祭で実現すること、伝えたいこと
プログラム・ディレクターの数土氏からは、新潟国際アニメーション映画祭全体のコンセプト、プログラム内容について解説された。21世紀に入り、世界のアニメーション映画は多様化と多角化が顕著になったという数土氏は、その変化が「創造する地域」「テーマ/ジャンル」「作品を伝えるメディア」の3つで見られると語る。
「創造する地域」は、「世界中でこれまでの歴史にない量のアニメーションが制作されており、多様な作品を価値づけし、発見するには、同時に多角的な新たな視点が必要とされている」とし、「世界中で制作されているのに情報や価値を共有する場所はヨーロッパと北米に偏りがち。この新たな変化を捉えるのに日本ほど最適な場所はなく、アジアのアニメーションのクリエイティブネットワークのハブであった日本には多くのクリエイティブや情報が集まっている」と説明した。
また、「クリエイティブの多様化は国単位で起きているわけではない。日本では長い間、東京一極集中となっていが、制作技術の進化やコロナ禍による生活様式の変化もあり、東京以外で制作活動をする人が増え、新しいスタジオも立ち上がっている。新潟はクリエイティブの新しい地域として台頭しつつあり、この映画祭を催すことで、アニメーション世界に起きている変化を伝えたい」とコメントした。
「テーマ/ジャンル」については、ジャンルとして長編アニメーションを重視することと数土氏は語る。「アニメーション映画祭の短編にスポットがあたり、アカデミー賞でも長編アニメーション部門が設けられたのは2001年だった。短編は絵画や彫刻、音楽と同様に作家性がより現れると考えられていたため。一方長編はハリウッド制作のCG、日本の2Dスタイル、さらに多くの地域から独自の文化と歴史を背負った作品が登場している。しかし、これらは同じ視点からの批評がなく、バラバラな世界に存在している。ここに映画と共通の視点を与えることで分断を越えた新しい価値をつける。新潟はアニメーションの新しい見方を提案し、文化の発展に寄与する」と映画祭の1つの目的が示された。
「作品を伝えるメディア」については、観る体験を重視しているという。「テレビやビデオソフト、いまは動画配信などの普及で、手軽にスマホでもアニメを観ることができる。しかし、手軽に観られる時代だからこそ“観る体験”が重要になっている」という数土氏は、「パーソナルな空間での鑑賞と、映画館という他者と時間と空間を共有するなかでの鑑賞は経験が違う。その異なった経験を提供したい。これまでの劇場映画の枠にとらわれず、配信映画やVR、仮想空間で存在する作品に、映画祭と場を与えることで新しい価値が生まれる。そうした鑑賞の共有体験の楽しさを高めたい」という。
数土氏は「年に1度、新潟に来れば世界のアニメーションの新しい価値、トレンドを知ることができる。新潟国際アニメーション映画祭はそんな場所になる」と言い、来年から始まる新しい映画祭のビジョンを伝えた。
新潟国際アニメーション映画祭は2023年3月に第1回が開催されるが、その直後には日本最大級のアニメの祭典であるAnimeJapanもあり、今後、3月は世界からアニメファンが日本に集い、そして、日本から世界へ向けて、アニメ文化の最新情報が発信されていくことが恒例となることを期待したい。
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