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日本にもジャズブームをもたらした幻の名演、ピンク・フロイド、薬師丸ひろ子のリマスターなど~麻倉怜士ハイレゾ推薦盤

2021年12月21日 21時00分更新

 評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!

この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!

 高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。

収録風景

『ファースト・フライト・トゥ・トーキョー
~ザ・ロスト1961レコーディングス』

アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ

特選

 第一級の音源が発掘された。アート・ブレイキーとザ・ジャズ・メッセンジャーズが1961年、初来日した時のステージの模様を収録したテープだ。来日ツアーを記録したドキュメンタリー映画『黒いさくれつ』用に記録されたもの。権利の問題で映画がお蔵入りになり、フィルムは破棄され、マスターテープの所在も長らく不明だった。2017年、映画スタッフの遺品からそのテープが発見され、Blue Note Recordsの手によって、リマスター&ハイレゾ化された。

 この1961年1月の日比谷公会堂でのライブは日本にジャズブームを巻き起こした歴史的公演だった。当時、蕎麦屋の出前持ちが「モーニン」を口笛で吹きながら自転車を漕いでいたという、仰天エピソードが語られている。

 ボビー・ティモンズ(p) のピアノから入り、リー・モーガン(tp) ウェイン・ショーター(ts) の合奏とソロが続く「2.モーニン」は、もの凄い迫力。音がぶっとい。 計り知れないエネルギーを持ち、文字通り、炸裂(爆裂か)する。レコード、CD、ハイレゾで長く馴染み、NHK教育テレビ「美の壺」のテーマとしても有名な曲だが、ライブは、整ったスタジオ収録とはまるで違う、野性的、原色的、そしてハイコントラストだ。発掘音源には、ライブはこんなに凄い演奏、録音だったのだと、初めて堪能する楽しみがある。

 ボビー・ティモンズのピアノソロは一音一音の造形が明瞭で、その内実も音の粒子がぎっしりと詰まっている緻密なタッチだ。ジミー・メリット(b)もスケールの大きな、ど迫力の低音だ。 日比谷公会堂の聴衆も名演奏に大喜びの様子が、拍手と歓声でリアルに伝わってくる。会場のドライなソノリティも、音源の明瞭度に貢献している。1961年1月14日、東京・日比谷公会堂で録音。

FLAC:192kHz/24bit、MQA:192kHz/24bit
Blue Note Records、e-onkyo music

『Bruckner: Symphony No. 7』
Sergiu Celibidache、Münchner Philharmoniker

特選

 セルジュ・チェリビダッケとその手兵、ミュンヘン・フィルによる巨大なブルックナー。はじめて東京で演奏したのが86年、以降93年までに4度の来日。本作はその90年の2度目の来日ツアーの際に、東京・サントリーホールで行われた演奏会のライヴ録音である。

 冒頭のヴァイオリンのトレモロ、次のチェロの悠然たるホ長調の上昇旋律を一聴するだけで、チェリビダッケ/ミュンヘンフィルの世界遺産的演奏の凄さがすぐに識れる。かつて追われたベルリン・フィルを94年に再度、指揮したブルックナー7番の映像を観たが、このトレモロだけで長時間、繰り返して練習するので、楽団員がげんなりしていた。チェリビダッケの理想を体現したミュンヘンフィルだから、この雄暉なブルックナーが実現した。トレモロ演奏に関して、その本質を活写したのが、「評伝 チェリビダッケ」。クラウス ヴァイラー著、相沢啓一翻訳)」だ。引用させてもらおう。

 「ブルックナーの第7番という作品は、ホ長調という調性にも関わらず、暗影な音の集積に貫かれており、ブルックナーは静かに、とても厳かに、またとてもゆっくりと音楽しつくすよう指示しているが、この指示をチェリビダッケのように真摯に守った指揮者はこれまで他にはいない。そして、そのような音楽的耐久試練は、チェリビダッケの天国的長さに一糸乱れず、つき従うミュンヘンフィルだけがなし得るものであり、それは決して曲の構成を解体することなく、まさに肉体的に経験し得る音楽的緊張をこそ生み出すのである」。そうなのである。悠々たるテンポこそ、チェリビダッケの本質であり、このテンポにして、この内実の緻密さ、偉容さこそ、感動の源だ。

 演奏ばかりか、音も実に素晴らしい。とても40年前のライブ録音とは思えない、高音質。ホールトーンは少なく、オーケストラの音がダイレクトに収録され、各楽器パートの質感がとてもよい。金管の鋭い音の新鮮さにも驚く。奥行きも深い。ソノリティ表現に優れるDSDでリマスターされたのも、本公演のライブ感をさらに昂揚させている要因だろう。1990年10月18日、サントリーホールで録音。

DSF:2.8MHz/1bit
Sony Classical、e-onkyo music

『The Lady In The Balcony: Lockdown Sessions[Live]』
Eric Clapton

特選

 パンデミックにより、2021年5月のロイヤル・アルバート・ホールでのコンサートがキャンセルになり、代わりに開催されたイギリスのウェスト・サセックスでのミニコンサートで収録された。「いとしのレイラ」、「ティアーズ・イン・ヘヴン」……などのアンプラグド演奏は、未だハイレゾ化されておらず、その意味では、本アルバムでやっと実現したといえよう。「13.Layla[Live]」はセンターのクラプトンのアコースティックギターでの前奏から始まり、右チャンネルにエレクトリックベースが加わる。渋いヴォーカルが、大きな音像で音場に轟く。リバーブも深いが、ヴォーカルの直接音はオンマイクでクリヤーに収録されている。オルガンは左チャンネルでソロを展開。クラプトンのギターソロはセンターに位置する。

 「14.Tears In Heaven[Live]」は実に味わい深いヴォーカルだ。左のオルガン、右のスティーブ・ガットのドラムスまでバンドはステレオ効果が明瞭だ。音調は最新録音らしく、たいへんクリヤーだ。

FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Mercury Studio、e-onkyo music

『飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラコンサート2021』
飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ

推薦

 飛騨に縁のある演奏家が2005年に結成した飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラ。毎年、フル編成で定期的に演奏会を開催していたが、2021年はコロナ禍により、弦楽と管楽のアンサンブル形式にて開催した。毎回、ライブ収録を担当している名古屋芸術大学の長江和哉氏に、コメントを寄せていただいた。

 「私はクラシック音楽を録音する際、可能な限り楽器の音色が"音楽的な音色"となることを目指しています。"音楽的な音色"というのは、その音楽にとってふさわしい音色という意味です。飛騨芸術堂の音響は素晴しく、低域は深い響きがあり、コントラバスやチェロを大きくサポートしてくれます。また、高域は明るい反響があり、メロディが輝いた印象となります。各楽器はホールの響きで"一体となり"オーディエンスを包み込む素晴らしい空間です。この場所でのコンサートの醍醐味を多くの人に伝えるために、メインマイクにDPA 4006を用いホールトーンとともにアンサンブルを捉えさらに各楽器にスポットマイクを配置し、それらを時間軸補正しつつ、ミックスすることで、"音楽的な音色かつ、一体となったサウンド"を目指しました。HA ADC、RME MicstasyとRME Octamic XTCと、DAW Magix Sequoiaを用い、192kHz 24bitで録音しました。ぜひお楽しみください」。

 ひじょうにクリヤーだが、同時にしっとりと濡れた質感も色濃く感じられる名録音だ。「2.ピアソラ: ブエノスアイレスの冬&春」ではソロヴァイオリンがセンターに大きな音像で捉えられ、オーケストラも横に縦に高密度に拡がっている。「4.パヴェル・ハース: 木管五重奏」は横に拡がった木管楽器の定位が確実で、空気感が美しい。2021年3月19日、岐阜県高山市の飛騨・世界生活文化センター「飛騨芸術堂」で録音。

FLAC:192kHz/24bit、WAV:192kHz/24bit
Hida-Takayama Virtuoso Orchestra、e-onkyo music

『Another Answer』
井筒香奈江

推薦

 井筒香奈江の2020年の話題のダイレクトカット盤『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio』から2曲の別テイク+新録4曲というニューアルバムだ。エンジニアを務めた高田英男氏は、e-onkyo musicサイトでのインタビューでこう語っている。「ダイレクト・カッティング盤を作る際は、バックアップ用にラッカー盤を3枚用意する必要があります。だから、どの曲もOKテイクを3つ出さなければならない。井筒さんの言うように、『Direct Cutting~』に採用されなかったテイクもそれぞれに魅力的だったので、今回はそれらを生かすことにしました」。

 「4.Love Theme from Spartacus(スパルタカス 愛のテーマ)~ Superstar」、「5.カナリア~500マイル」が、ダイレクトカット盤の別テイク。「1.Sing Sing Sing」、「2.輝く街 (Guitar, Violin ver.)」「3.竹田の子守唄」「6.輝く街 (Piano, Guitar ver.)」が、今回の新録だ。

 井筒香奈江はたいへん感情が濃い。人がマイクにどれほどの感情を文字通り吹き込めるかの実験のような叙唱だ。語りかけるような丁寧な歌い方、声質の鮮やかさ、子音を自然に聴かせるナチュラルさも美質だ。クリヤーで力強い音調であり、ボーカルもギターもリバーブの深さがとても幻想的。「1.Sing Sing Sing」では、ヴォーカルの低音の膨らみが優しさ、抱擁力を象徴している。

FLAC:192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit、5.6MHz/1bit、2.8MHz/1bit
JellyfishLB、e-onkyo music

『Voyage』
ABBA

推薦

 お帰り!ABBA。1981年にリリースされた最後のアルバム『ザ・ヴィジターズ』から、実に40年ぶりとなるニュー・アルバムだ。楽曲の雰囲気は、昔とまったく変わっていないのにびっくり。ベニー・アンダーソン、フリーダことアンニ=フリッド・リングスタッドのハーモニーは相変わらずエモーショナルで美しいし、POPでキャッチーな旋律、シンプルなコード進行、クリヤーなエコー処理……と、昔と同じ魅力が満載だ。音調のキラキラさも、昔と同じ。二人のヴォーカルはセンターに安定的に位置し、コーラスになると、奥に行く。

 「4.Don't Shut Me Down」は静かなヴォーカルから、急にリズムとコーラスが元気よく入り、まるでダンシング・クウィーンを彷彿させる。快適なノリとリズムのはっきりとした刻み、メジャーコードとマイナーコードの交錯もダンシング・クウィーン的。ベニーとフリーダのハーモニーもヴィヴットで美しい。

FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Polar Music International AB、e-onkyo music

『Mozart: Requiem, K. 626』
Nikolaus Harnoncourt、Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor、Concentus Musicus Wien、Wolfgang Amadeus Mozart

推薦

 ニコラウス・アーノンクールの代表盤のひとつ、81年録音の「モツレク」が、初ハイレゾ化。当時のアルノンクールは衝撃だった。ムジークフェライン・ザールの分厚い響きを通しても、本演奏のキレ味、テンションの高さ、追い込み感が明瞭に伝わってくるのだから、当時、これを生で聴いた人の驚きはいかがばかりか。合唱はザールに広く拡散し、交差し、乱反射を繰り返し、豊かな響きに結実する。響きはひじょうに多いが、その響きこそ、この楽曲の一部なのだ。実に清涼で、伸びの気持ち良い録音だ。1981年10-11月、ウィーン楽友協会でセッション録音。オリジナル・マスターテープから、パリのArt & Son Studioにて24bit/192kHzリマスター。

FLAC:192kHz/24bit、MQA Studio:192kHz/24bit
Warner Classics、e-onkyo music

『The Dark Side of the Moon EXPLICIT』
Pink Floyd

推薦

 現代社会の緊張と抑圧、人間の心のなかに潜む狂気をテーマにした73年のコンセプト・アルバム『The Dark Side of the Moon』の初ハイレゾ。全米チャート1位を獲得し、その後も741週に亘ってランク・インし続け、全世界で5,000万枚以上を売り上げたロック史に残る名盤だ。e-onkyo musicで発売された10月の第三週は、他作品と共にベストテンを独占していた。

 名作がハイレゾ化によって新たな命を獲得した。コーラスがタイトな音調で、ハーモニーの剛性感が強い。「6. Money」では冒頭の左右チャンネルのキャッシュレジスターのSEにのって、2つのスピーカーに挟まれた音場でヴォーカルが咆吼する。右チャンネルのレジスターSEと同じ位置にあるギターがクレッシェンドし、リニアに音量が盛りあがる様子が、ハイレゾではひじょうな迫力を持って聴ける。複数のギターリフが陶酔的なカラフルな響きを醸し出す。

FLAC:96kHz/24bit、48kHz/24bit
Pink Floyd Records、e-onkyo music

SOUVENIR~ドビュッシー&フランク作品集』
佐藤晴真

推薦

 難関の「ミュンヘン国際音楽コンクールチェロ部門」で日本人として初めて優勝した佐藤晴真(さとうはるま)はまずブラームス集でデビュー、第2弾はフランスものだ。佐藤晴真は、こう言う。「前回のブラームス曲集とは打って変わり、フランスで活躍したドビュッシーとフランクにフォーカスしたアルバムです。ドビュッシーの自然との共鳴、フランクの神との対話を是非お聴きください。ピアニスト髙木竜馬さん、そしてハーピスト吉野直子さんとの特別なアンサンブルで、皆様に少しでも非日常をお届けできれば幸いです」。

 センターに位置するチェロの音色は、豊潤。倍音がたっぷり放出されている。「4.Debussy: 美しき夕暮れ(チェロとハープ編)の、まろやかな音色、典雅なハープの繊細な色感とうまくマッチしている。「6.Debussy: ベルガマスク組曲~第3曲 - 月の光(チェロとハープ編)」はピアノの右手がチェロ、左手がハープという分担で、ピアノ独奏のキラキラ感とは違った素朴で自然な景色感が伝わってくる。「11.Franck: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調 FWV8 - 第4楽章: Allegretto poco mosso(チェロとピアノ編)」は有名なフランクのヴァイオリンソナタのチェロ編曲。音程が低いだけで、これほど雰囲気が落ち着き、大人っぽさが醸し出されるとは。

 大賀ホールのセッション録音は響きが多く、難しい部分もあるが、本作は楽器の直接音とホールトーンを上手くバランスさせている。2021年9月6日~9日、13日、軽井沢の大賀ホールで録音。

FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music

古今集』
薬師丸ひろ子

推薦

 薬師丸ひろ子は2021年11月に歌手歌手活動40周年を迎えた。それを記念し、東芝EMI所属時代にリリースした6枚のアルバムがオリジナルテープからリマスターされ、ハイレゾでリリースされた。「古今集」の発売日は1984年2月14日。若き日の薬師丸ひろ子の新鮮でヴィヴットな名唱だ。かつてはリバーブがたっぷりで、コンブレッションが聴いた七色に輝くアーティフィシャルな音だったと、歴史を感じることも愉しい。柔らかくグロッシーな高音がリバーブにより、音場にキラキラと飛び交い、消えゆくのが、いとおかし。

FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music

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