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【連載】横浜中華街・ROUROU社長が考える「ニホンマチ」と「山のシタマチ」

2021年11月08日 19時30分更新

 前回の記事はこちら。
【連載】「たらいの水」と町のお手伝い

※過去の連載記事はこちら:横浜中華街流行通信~地元発のディープな街歩き~

 みなさん、横浜にある”日本町”ってどこにあるかご存じですか?

 横浜中華街の古い人たちから、たまに聞く単語のひとつです。

 今から21年前、店を始めるために実家のある茅ヶ崎から夫婦で横浜中華街に引っ越してきました。その時に持っていたお金はすべて開業資金として余すことなく使ってしまったので、お恥ずかしい話ですが当時はアパートを借りるお金もなく、実家から店まで毎日通うつもりでいました。

 ところが実際に実家から通ったのは数えるくらい。あとは店の2階に寝泊まりしていました。昼は店番、夜は工場への発注を勉強していました。勉強というとなんだか意識高そうですが、アパレルのあらゆることをネットや本で調べまくっていました。というわけで、実家に帰宅している時間などありませんでした。

 今考えると、素人っていうのは怖いですね。アパレルの「ア」の字も知らずに、わかったようなつもりになって商売をはじめてしまったわけです。やってみるとできないことや知らないことばかり。すべてが予定外でした。1軒1軒、取引先を探したり、物作りについて学んで行きました。

 「ROUROU」は、元は中華料理の店だったところを改装してはじめました。エビワンタンが評判の店だったそうですよ。

ROUROUの前にあった中華料理店「鴻源閣」

 現在は2回の改装を経てこんな感じです。面影あります。

現在の「ROUROU」の外観

 元の店は、2階にキッチンと座敷があったんですね。キッチンから厨房器具を取り払い、事務所にして、座敷は倉庫として利用していました。中華街のはずれには「恵びす温泉」という銭湯があるのですが、毎日そこに通い、座敷にあるダンボールを避けて布団を引き寝泊まりしていました。12月に開業して翌年の8月までは、そんな生活が続きました。

 当時は店の2階に住んでいる人もちらほらいて、行きつけの店などで顔を合わせたり、銭湯で顔を合わせたりしてしました。24時間を中華街で過ごすことにより、少しずつ知人も増えて行きました。なんせこの街の中で、なんでもそろってしまうんです。肉も野菜も買えるし、薬局もある。レストランも病院もあるから、500m四方のこの街から出ることなく、便利に生活できちゃうんですよね。

 ありがたいことに、いろいろと助けてくださる方たちが増えてきた時に、ある言葉を聞くようになりました。特に、年配の方たちの会話に時々出てくる「ニホンマチ」という言葉。

「ニホンマチの古い友たちに会って来た」

「ニホンマチの病院に行って来た」

「私はニホンマチの学校をでた」

 などなど。

 たびたびその単語を耳にしました。当時の僕は横浜の土地に詳しくなかったので、近くにある「日本大通り」みたいに中華街の近くのどこかに「日本町」という町があるもんだと思って聞いていました。ぼんやりと、17世紀くらいの東南アジアのどこかにある日本人街なんかをイメージしていました。

 でも、実際には“日本町”はどこにも存在していません。

 その単語の示す場所が、中華街の外の街のことを総称して指しているのだと気がつくのには数年かかったと思います。年配の人の中には、ほとんどこの街から出ることなく育ち学び、働き、暮らして来た人も多かったんですよね。そんな方達からすると、この街の外はこの街とは違う街に見えるんですね。

 実際に中華街の中で生活していると、僕自身もそんな感覚にとてもしっくりきました。沖縄の方が使う「ウチナーンチュ」に対しての「ヤマトンチュ」の使い方に近いかもしれませんね。「日本町」がどこを指しているのかをわかったときに初めて自分たちがいつの間にかこの街に受け入れられ、この街の中の一員になれたような気がしました。

 またこの街は「山の下の町」と書くくらいですから、本当に下町なんです。

 子供なんかもみんなで育てるという雰囲気です。長男が小さいころに友達とキックボードで遊んでいると知らないおばさんが長男の名前を呼び、「コラ! お前たち危ないだろ! 車にひかれたらどうするんだ!!」って大きな声で叱りつけ、後から来た車の運転手に向かって息子たちの代わりに「すみません」って頭を下げているんですね。

 また、長男が小さい時には、僕も仕事しながら彼を見ていることも多く、そんな時、長男はお腹が減るといつの間にかいなくなっていて、どこかの店でランチを「ツケ」で食べてきます。チャーハンはこの店、ラーメンはここ、この店のチャーシューが一番おいしいとかよく知っているので、その日の気分で店を決めます。息子がご飯を食べている間も、街の人たちはそれぞれの仕事をしながら気にかけてくれます。これには本当に助かりました。

 春節前後にご飯を食べに行くと春節料理のまかないを出してくれたり、端午節や中秋節の時には、やはりその時期にだけ作るちまきや月餅などを持ってきてくださる方たちがいます。お祝いの時をたくさん作った時には、おすそ分けが出てくることもしばしばあります。これらが実にどれもおいしいんです。

 誰かが「この街は、みんなで大きな家族みたいなものよ」っていっていました。

 この街独特の熱量や温かさは、もしかしたらこの街に住んだり仕事をしている人たち人々の体温によって醸し出されているのかもしれませんね。

 さてさてお待ちかね、今回の「#ボス飯」です。

今日は老舗の名店「華正樓(かせいろう)」の什錦炒麺(スーチンチャオメン/五目焼きそば)1980円(別途サービス料10%)をご紹介します。華正樓さんは華北地方をルーツとする北京料理のお店。旨味と香りが醤油ベースの上品な味です。

 高級家庭料理店ではありますが、こちら意外とリーズナブルなんですよ。

 ランチで食べたものをTwitterに投稿しているので、よかったら見てください「#boss飯」で検索を。

 ではまた!

◆店舗DATA
店名:華正樓 横浜中華街 新館
住所:横浜市中区山下町164
電話:050₋5597₋5226
営業時間:11時30分~22時(LO21時15分)
※新型コロナウイルスの影響のため現在は~20時(LO19時30分)
休み:なし

文/石河 陽一郎

いしかわ よういちろう。1972年生まれ。株式会社ロウロウ・ジャパン代表取締役・総合プロデューサー。横浜中華街発展会協同組合専務理事。茅ヶ崎出身、横浜市在住。幼少期をシンガポールで過ごす。趣味はシステマ、焚き火。

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