TIS主催「第1回リバースピッチ」レポート
大企業が新事業開発のために新たな力を求める、TIS「リバースピッチ」が初開催!
いまだにデフレの後遺症に苦しむ日本経済にとって、新たな産業を産み出そうとする若いスタートアップ企業の成長は必要不可欠と言ってよい。そのためにスタートアップが求めているのが物心両面でのサポートであり、知見や資本力を持つ大企業や投資家と起業家をつなぐピッチイベントが日本各地で開催されるようになってきた。
求めているのはスタートアップの側だけではない。新たな技術、新たな知恵、次元の異なるスピード感、大企業はそういった自分にないものを求める側でもある。大企業が何を持ち、何を求めているのかをスタートアップにプレゼンする、通常のピッチと逆方向のイベント(リバースピッチ)をTIS株式会社が開催した。2021年9月29日に開催されたその第1回リバースピッチの模様を紹介する。
大企業だって求めるものがある:初めての試み「リバースピッチ」
初めての試みとなるTISのリバースピッチに登壇した企業は下記の5つ。大手百貨店のDX担当や大手企業のグループ会社など、いずれも新規事業開発を推進している部署からの出席者となっている。
ステレオタイプ的な見方として、大企業に受け身の態度や腰の重さをイメージする方も少なくないと思うが、この日プレゼンを行った登壇者はいずれも自らが新規事業の開発を行っている担当者ばかりだ。それだけに新しいアイデアを生み出す難しさも、それを社会実装する苦労も実体験している。
1)tance株式会社:株式会社ジェーシービー(JCB)のグループ会社で決済サービス加盟店を中心とした店舗に向けて新しいサービスを開拓・提供している
2)株式会社J&J事業創造:JCBとJTBのJVで新規事業開発を行っている
3)東日本高速道路株式会社:ヒト・モノの移動に関する新しい価値を提供するため、アクセラレータプログラムの公募を開始した
4)株式会社大丸松坂屋百貨店:DXの推進とそれに基づく新規事業開発を担当している
5)関西電力送配電株式会社:膨大な社有資産を活用して社会課題の解決を行う新規事業を開発している
「第1回リバースピッチ」では、まさにスタートアップと同じ目線で日々格闘している各社から、自社の強み・弱みやどのような新規事業を開発しているのか、開発したいのかが語られた。協業先を求めているスタートアップには是非注目してお読みいただきたい。
tance株式会社 ~カード決済機能を起点に拡がる新サービスプラットフォーム~
tance株式会社は大手クレジットカード会社JCBのグループ会社で、クレジットカードサービスの加盟店に向けて、プラスアルファの価値提供を行っている。新たなサービスを開発・運営することにより、加盟店の収益改善に貢献し、トータルでの決済サービスの価値向上や次のビジネスへの足掛かりを得ることを目指している。
現在の事業は大きく2つに分かれており、1つは店舗向けの決済サービス周辺に新たな機能・価値を提供することで、例えばポイントシステムやPOSアプリの使い勝手を向上する新サービスの開拓・推進を行っている。さらには店舗のDX化や業務効率化のための支援も担っている。
もう1つは、加盟店向けに様々な商品やサービスを提供したいと考えている事業者向けのサポート事業だ。シンプルなものとしては加盟店につなぐ、道を作る、といったことが挙げられるが、他にも例えばタブレットやスマホなど多様な端末を使っている店舗に対して新たなアプリケーションを提供したいと考えている企業に向けて、決済と連動させるなどして加盟店の利便性向上につながるサービスを開発できるプラットフォームを構築しようとしている。
2021年上半期は加盟店に向けてニーズ調査などのテストマーケティングを実施してきたtanceだが、この9月から、独自の決済端末だけでなくタブレットやPCでも利用可能なサービスプラットフォームのパイロット展開を開始した。そこでは決済端末の基本機能はもちろんのこと、受発注管理やバイトマッチング機能などの店舗の業務改善やDX化、さらには集客や販促支援などのサービスが展開される。
既に10を超えるアプリ・サービスが提供開始となっており、JCBの持つ巨大な加盟店ネットワークを伴う店舗支援サービスプラットフォームが誕生することになる。これはAppleやGoogleのそれとは異なり実店舗と密接に結びついているもので、いままでスタートアップがどれだけ望んでも手に入れることのできなかったプラットフォームと言えるだろう。
tanceはまだ設立から1年の企業であり、このビジョンに向けて協業できる知見や技術を持った企業の参画を求めている。tance株式会社の池田大輔社長(以下、池田氏)は次のように語る。
「(株式会社日本カードネットワーク(JCBの子会社)とTIS株式会社のJVである)tanceはキャッシュレス決済のようなところは知見があるが、その周辺領域の価値をいかに高めていくかというところにはまだまだ足りないところがある。いろんな強みをお持ちの企業様と連携・共創しながら加盟店様向け、サービス企業者様向けの新しい価値、イノベーションを生み出すためにご一緒できたら幸いと考えている。」(池田氏)
実店舗向けのサービスを企画、あるいはすでに展開しているスタートアップは、是非一度tanceにコンタクトを取ってみて欲しい。新たなプラットフォームとともに今までにない速度での成長が得られるかもしれない。
株式会社J&J事業創造 ~5つのテーマに参画する企業を求める~
株式会社J&J事業創造は旅行業界最大手のJTBとJCBが新規事業開発のために設立した。現在は新規トラベルサービスの開発や旅行業界への人材派遣業など、親会社の既存アセットを活用した事業から始めて他業界への横展開による事業領域の拡大に取り組んでいる。今回、来年度からの中期計画作成にあたり、共創パートナーの探索のために本イベントに参画をした。
新たな方針で検討を行った結果、5つの中長期R&Dテーマを設定した。まず最初が「地域交流・地域経済をデジタルの力で活性化するコミュニケーションPF事業」。人口減少社会の課題を解決するため、地域住民同士の交流を支援するプラットフォームを地域通貨とNFTを基盤に構築し、さらにその上での各種サービス展開を企図している。これにはブロックチェーンやXR、マーケティングノウハウなどを持っている企業との共創を求めている。
2つ目は「高齢者の安全でアクティブな消費活動を実現する購買管理・決済App事業」で、アクティブシニアが死蔵する資産を健全な消費へと誘う購買・決済ソリューション群を開発する。これはシニア層のライフスタイルにマッチした安心・安全で楽しい消費活動を将来の備えと両立させつつ行えるBtoBまたはBtoBtoCソリューションで、FPや介護福祉などに知見を持つ方々の力が必要になってくる。
3つ目は「個々の多様性を研きあげ企業・組織をエンパワーメントする人材サービス事業」となっている。多くの企業で新たな価値を生み出すための多様性の重要性が高まってきているものの、内部リソースだけではうまくいっていないのが実情となっている。そこで副業人材やプロボノ人材を外部から組織に派遣するダイバーシティ推進事業を企画したものだ。これにはHRtechや組織Surveyにノウハウを持つ企業の参画を期待している。
4つ目として「あらゆる生活シーンで得時樽にQOLを向上させる対人総合サポート事業」が挙げられている。今後さらに個の価値観が重要視される世の中になるとの想定から、同社の子会社が運営するコンシェルジュデスクをDXによってアップデートし、あらゆる対人サービスをスマートデバイス上で完結させる世界観の実現を目指している。これにはAIやチャットボットなどのコンタクトセンターのDX化に係る技術を持つ企業や、ナレッジの汎用化に役立つソリューションを持つ企業などとの共同開発を求めている。
最後が「Society5.0の進展に対応する決済データ連動型消費レコメンドエンジン事業」で、消費者が情報の波に飲まれないように守るレコメンドエンジンを開発する。ここで特徴的なのは欲しいモノ/コト(Will)、必要なモノ/コト(Must)だけでなく、決済データに基づいて買えるモノ/コト(Can)を含めて情報の取捨選択を行うところだ。これにはAIやビッグデータの知見を持つ企業と連携して開発を進めたいとしている。
これら5つのテーマのうち、2~3個程度は来年2月から先行着手していく予定になっている。その前に2か月程度フィジビリティスタディを行うとしている。
「One on Oneでもいいんですが、できればテーマごとに複数のプレーヤーが集まって出入り自由のワークショップみたいなのはどうかというアイデアも出ている。まだ練りあがってない部分も多々あるのでイメージがわかない部分もあると思いますが、もしご関心持っていただければフランクな意見交換からでもぜひ始めさせていただきたい。ぜひ皆様とのクリエイションを実現していきたい。」(株式会社J&J事業創造 取締役 西濱 洋介氏)
東日本高速道路株式会社 ~リアルな実験フィールドを自由に使えるアクセラレータプログラムを開始~
東日本高速道路株式会社は、北海道から東北、関東、上信越を管轄として地域と地域をつなぐ高速道路の建設・維持・管理・運営を行っている。これまでもヒトとモノの移動を支える「安全・安心・快適・便利」を追求してきたが、昨今の環境変化、例えば災害の激甚化や自動運転技術やAIの発展などに伴い、ユーザーの求めるニーズや価値提供を充足できているか再検討を行ってきた。
そこで同社新事業推進部内に設立されたのがドラぷらイノベーションラボだ。同社のすべての資産を実験の場に使ってヒトとモノの移動に関わる新しい価値を創造し、次世代の安全・安心・快適・便利を産み出して地域の豊かな暮らしに貢献することを目的としている。
そのドラぷらイノベーションラボが「E-NEXCO OPEN INNOVATION PROGRAM」と題するアクセラレータプログラムを主催し、応募受付を開始した。応募テーマは3つあり、テーマ1は「ヒトとモノの移動のアップデート」となっている。これは「次世代の安全・安心・快適・便利」を追求するドラぷらイノベーションラボのコンセプトそのものというべきもので、最新技術による「安全・安心」の提供やレベルアップした「快適・便利」による新たな価値提供を目指している。
テーマ2は「SA・PAを「休む場」から「地域経済を支える場」へ」となっている。従来は高速道路を走る人のために運営されてきたSA・PAを地域経済活性化の拠点として活用しようというもの。地域住民によるC2Cサービスや観光資源との連携が考えられるほか、災害対策の拠点としての活用もターゲットに入っている。
さらに広いテーマとなっているのが3つ目の「サスティナビリティある事業運営の実現」だ。これからの日本社会は脱炭素社会や循環型社会に向かうことが確実と言われている。そのような中、高速道路というクルマのためのインフラの在り方が問われている。例えば道路の建設や補修に関わる環境負荷の軽減やCO2の削減に資する道路設備がこのテーマに入ってくる。
このアクセラレータプログラムには全長3950kmに及ぶ高速道路をその実験フィールドとして活用できることや、NEXCO東日本の保有する路線データや渋滞情報などの基礎データ活用の可能性(目的により要相談。データ販売は不可)ことなど、他のプログラムにはない特徴がある。
株式会社大丸松坂屋百貨店 ~「人」と「場(店舗)」をキーワードにリアルをデジタルへつなぐ~
大丸松坂屋百貨店からはDX推進部からデジタル事業開発担当の渡邉 将氏が登壇した。同社のDX推進部はDXを用いて今の事業をさらに進化させるだけでなく、新たな事業の創出を目指している。特に百貨店は人を中心にしたビジネスを展開してきたので、今後も百貨店の強みである人を介したメディアとコンテンツを発展させ、顧客に新たな価値・体験を提供することを目指して新規事業開発を行っていきたいと渡邊氏は語る。
同社が新たな価値創造を行いたいと注目している事業領域は2つある。1つはオンラインとオフラインの接続で、大丸松坂屋の顧客がオンラインとオフライン両面でシームレスに利用できるサービスを探している。2つ目は全国に15ある店舗の価値をさらに高めるため、デジタルを活用してどのようなことができるかを検討している。
まずオンラインとオフラインの接続については、オフライン(店舗)を軸にしながら人を介してオンラインサービスとつなぐものを検討している。例えばインフルエンサーが商品情報を実店舗とオンラインの両方で発信できるとか、高級商品やアート商品などバイヤーに直接話を聞きたいものの商談を店舗でもオンラインでも同様にできるといったものが挙げられる。いずれも単純にオンラインとオフラインを接続することも可能だろうが、百貨店の強みである人を介したところに独自性がある。
デジタルを用いた店舗の価値拡張では、空間の制約がある現実の店舗が来店客に提示している情報量をデジタル技術により拡張する。例えばARやMR、あるいはプロジェクションマッピングなどを用いて仮想空間に情報を展開すれば、それぞれの顧客が自分に最適化された情報を得ることができるようになる。店内の道案内やお薦め商品の提示などは典型的な例となるだろう。顧客の興味を惹き、より良い体験を得ていただくようなサービスの実現を目指している。
「大丸松坂屋の強みは「人」とリアルな「場」としての実店舗の2つがキーワードになる。人を通じて価値創造する場として新たな価値を提供することにより、他社様との差別化を図りたい。そのためにはリアルな「場」である店舗を基準としてデジタルと融合させる考え方で新たな顧客体験を創造することが重要になってくると考えている。この考えを面白いと考えてくださる会社様や、それ以外にもお客様に新たな価値を提供できるサービスをお持ちの会社様と一緒に次の百年を一緒に築いていきたいと考えている。」(渡邊氏)
関西電力送配電株式会社 ~膨大な保有資産・リソースを徹底活用~
関西電力送配電株式会社は、関西電力からその送配電事業を承継して分社化した関西電力の100%子会社であり、鉄塔や電柱、電線などの維持管理、および電気をユーザーに安全・安定的に届けるサービスを運営している。それ以外にも、電力技術やノウハウを活用したり、送配電資産や電力データを用いて安心・快適・便利な社会の実現に貢献することを目指している。
同社は新規事業として8つの重点事業、例えば社有資産活用事業や物流事業、防災事業などの開発を進めている。今回のリバースピッチでは、その中から同社が保有する鉄塔や電柱、および保有用地を活用した新規事業開発への参画企業を募集している。
募集テーマ1は「関西270万本の電柱を活用した新サービス」で、既に防犯灯や防犯カメラなどの設置が行われており、さらにはIoT技術を用いた子供の見守りサービスなども展開している。これらに加えて、電柱に設置可能な小型機器を活用した公共性の高い新サービスを募集しており、これに採択されると関西全域270万本をフィールドに一気にサービスを普及させることが可能になる。機器の設置は関西電力送配電が担当してくれることも大きな魅力だ。
募集テーマ2は「関西一円に保有する用地を活用した新サービス」となっており、同社が持っている設備用地や事業所などの資産を活用したサービスの開発を求めている。例えば撤去した鉄塔の跡地を活用したシェアサイクル事業や、事業所壁面を用いた広告事業などがアイデアとして挙げられている。
3つ目のテーマは「10事業所、約650名の交渉要員を活用した新サービス」で、同社グループが持つノウハウや機能を活用した新サービスを募集している。例えば電力設備設置の際に培った不動産の取得・管理能力を使ってインフラ事業者の土地取得交渉をサポートするサービスや、関連法令に対する各種申請の支援サービスが考えられる。これら以外にも同社が持つ資産や人的リソースを活用したものであれば幅広く募集しているとのことだ。
ここで挙げられた3つのテーマは、いずれも関西電力グループの送配電網を一手に保有する同社ならではの「持つ者の悩み」の発露ということができる。それだけにあらゆるリソースに不足を抱えるスタートアップとはうまくかみ合えば爆発的に成長するサービスが生まれる可能性がある。新たな公共性の高いサービスが社会の安心・快適・便利を高めてくれることを期待したい。
スマホの写真に声がつく:Tomoryで思い出作りを楽しく
最後に、今回のリバースピッチを主催するTISから新サービスTomoryの紹介とそれへのスポンサー募集が行われた。Tomoryは写真と音声を活用して楽しく親子の思い出づくりを行えるようにするサービスとなっている。
スマホのカメラの高性能化に伴い、子供の写真を大量に撮るようになってきているが、その整理が負担になることも少なくない。そこで写真を撮る、それを整理するといったプロセスに音声を取り入れることによって、その時の様子・思い出をより多く残すことができたり、低月齢の子供でも思い出作りに参加できるようになる。
撮影した写真に音声でコメントを残すことができると、撮影されている子供がその時の気持ちを残すことができると同時に、親子での対話のきっかけにもなる。「手間」や「苦労」を親子のコミュニケーションという楽しみに変えるツールと言える。
12月から来年1月にかけて実証実験を予定しており、その際に使用するアプリに組み込むアートフィルター(背景画像)を提供してくれるスポンサーを募集している。新たなサービスでユーザーとの接点を作りたいと思う企業は支援を検討してみてはいかがだろうか。
今回登壇した企業はいずれも名だたる企業またはそのグループ会社であるが、そのようなリソースも能力もある企業でさえも独力で新事業を開発・成長させようというのは現実的ではない。そのくらい現在の経済活動はスピードが速く、求められる技術に際限がなくなってしまっている。それぞれのプレゼンには、その悩みがよく表れていた。
各社が生み出したいと言う新サービスの具体的なテーマや事業ジャンルがハッキリしていたのも、厳しい生存競争を勝ち抜きたいと真剣に悩みぬいているからこそだろう。その点で、今回登壇した企業もスタートアップも変わるところはない。両社が同じ目線で連携し、新たなサービスを生み出し、より良い社会へと導いてくれることを願っている。なお、このリバースピッチは今後も引き続き開催する予定となっている。
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