シェアサイクルサービス「Charichari(チャリチャリ)」を手がけるneuet(ニュート)にサービスの文字通り鍵となるスマートロックの開発について聞いた。スマホから自転車の鍵を開け、位置情報を確実に捕捉するというサービスの根幹を担うスマートロック開発の苦労とSORACOM採用のメリットとは?
メルチャリからCharichariへ 福岡市ではすでに市民の足に
Charichariは、メルカリの子会社であったソウゾウが2018年2月に福岡市でスタートしたシェアサイクルサービス。もともとは「メルチャリ」の名前で知られていたが、2019年に事業主体がソウゾウから現在のneuet(ニュート)に移ってからはCharichariというサービス名に変更されている。当初から赤い自転車が目印だったが、今もそのアイデンティティは守られている。
スマホアプリから近所のポートの自転車を確認し、1分6円で気軽に利用でき、いろいろなポートで利用終了できるというシンプルなサービス。福岡市に引き続き、昨年は7月に名古屋、9月に東京でもサービスを開始している。大手・新興さまざまなプレイヤーがひしめくシェアサイクル・ライドシェアのサービスだが、Charichariとなった今でもサービスは最速の成長を遂げているという。
特にスタート時点から自治体とタッグを組んで展開してきた福岡市では、天神・博多エリアですでに370カ所以上のポートを確保し、先頃は東区の利用エリア拡大を発表している。自転車の数も2200台にも達し 、ライド数も1日1万2000回、累計で550万回を突破しており、福岡市民の日常の足としてすっかり定着しているようだ。
ニーズの高かった電動アシスト自転車の投入も間近になっており、「ちょい乗り」のみならず、長距離での移動も見込む。また、あまり知られていないが、neuetの親会社であるクララオンラインが自転車関連ビジネスや中国との事業に注力していることもあり、車体の製造から開発までワンストップで担っているのが、かなりユニークだ。
「できて当たり前」を実現するのに試行錯誤
メルチャリ時代からサービス開発に携わってきた蛭田 慎也氏は、シェアサイクル運営のポイントとして「解錠・施錠 がきちんとできること」「自転車の再配置などオペレーションの効率化」「アプリの使いやすさ」の三点を挙げる。こうしたシェアサイクルの鍵となるデバイスが、自転車の乗降場所や時間を正確に把握し、鍵の解施錠 を滞りなく実現するスマートロックである。蛭田氏は、「アプリから自転車のロックを解除でき、自転車に乗れるというのは、お客さまからすればできて当たり前。できないと減点評価につながる」と指摘する。
メルチャリ時代の初代のスマートロックはアプリのリクエストに応じて、サーバー側から鍵を解錠する仕組みとなっていた。そのため、解錠に10秒近くかかるほか、常時サーバーにつなぎっぱなしにするため電池の減りが早いという弱点があった。蛭田氏は、「当初はダイナモに取り付けて走っているうちに充電していたのですが、全然追いつかず。人海戦術でスマートロックの電池をひたすら交換し続けるみたいな運用だった(笑)」と振り返る。そもそも、スマートロックに搭載されたGPSだけで位置情報を正確に把握するのは大変で、地下や軒先だと位置が把握できなかったため、アプリの併用が必要だったという。
こうした裏側の苦労とは別に、サービス自体の可能性は感じられたため、並行して二代目のスマートロック開発に取り組んだ。今までサーバーとの通信が必要だった解錠が、アプリからBluetooth経由で直接行なえるように変更され、レスポンスは数秒に短縮された。また、常時通信しないで済むよう、位置情報を都度送る方式に変えたため、バッテリの消費も大きく抑制できた。カゴに置いたソーラーパネルでも充電することも可能になり、電力消費の問題は大きく前進したという。
SORACOMの採用も、実は二代目のスマートロックからだ。「もともとはカード型のSIMを入れるという仕様でしたが、日本の高温多湿という気候に耐えうるのか不安でした。自転車は振動が大きいため、外れるリスクもあります。できればeSIMを使いたいということで、行き着いたのがSORACOMでした」(蛭田氏)とのことだ。
組み込みからIoTへ進んだエンジニアが見たSORACOM
大きな課題を解消できた二代目のスマートロックだったが、中国で用いられていたハードウェアをカスタマイズしていたため、中身がブラックボックスだったという課題があった。「当時は有りものをカスタマイズするという選択しかとれなかったんですけど、今後の増産も考えると、部品やファームウェアがいじれないのはやはりリスクだと思いました」(蛭田氏)とのことで、スマートロックを自ら開発することを決断。ハードウェアエンジニア募集に応募してきたのが松井耕介氏だ。
松井氏は、家業の印刷会社で10年近く勤務した後、興味のあったマイコン開発を自らの仕事にすべく、組み込み機器業界に飛び込んだ経験を持つ。数社でハードウェア開発の実務を経験した後、neuetに入社してハードウェアエンジニアとしてスマートロックの開発を手がけている。
松井氏は、「組み込み機器って長らくネットとはつながらない、独立した動作をしていました。あくまで閉じた世界の製品だったんです。でも、IoTの時代がやってきて、今までと同じじゃ取り残されると思っていたところに、新しいスマートロックの開発が必要ということでエンジニアを募集していたのです。こんな面白そうなこと、ぜひやってみたいと思って、neuetに入りました」と振り返る。
組み込み機器からIoTにステップアップした松井氏からすると、SORACOMは画期的な存在だった。以前いた医療機器メーカーの試作品では、医療データをネットにアップするのにWiFiモジュールを使っていたが、コストも高いし、通信にもいろいろ不便なところが多かったという。「IoTがユビキタスと呼ばれていた頃からやっていましたが、マイコンをいじっているだけだったのに、いきなりネットにつなげだの、データ上げろだの言われても、なにをどうすればいいのかわからなかったったんです」と松井氏は振り返る。
しかし、SORACOMはマイコンとつなぐだけで、あっという間にネットにつながってしまう。転職以前から個人的に使っていたという松井氏は、「少量のデータをネットに上げ続けるなんて当時は無理でした。開発期間も年単位でかかっていたし、高価な機器が必要でした。でも、SORACOMがあれば、マイコンからクラウドにデータを送ることが、簡単に、安価にできてしまう。やりたいことが一から十までできて、私のような素人でも、ベテランのような顔ができてしまいます(笑)」とコメントする。
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