評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
「コンサートをスタジオ録音と同等の音質で録音したい」という、レコーディング・エンジニア、阿部哲也氏の長年の思いから生まれた「ヘッドフォンコンサート」のライブ収録だ。2021年2月18日、19日横浜市サンハートホールにて、4公演各40名を招待して行われた。通常のPAを使わず、スタジオ用のレコーディング機材で録音。リスナーにはヘッドホンで、2ミックス(モニター用の2チャンネル音声)を届ける。スタジオ録音の完成度と、ライブのエモーションのどちらも狙う、スペシャルなレコーディングだ。参加したアコーディオン奏者の宇戸俊秀氏は、e-onkyo musicの特設ページでこう述べている。
「僕も途中経過を聴かせてもらって、スタジオで録ったような音だと感じました。アンビエンスの部分には“ライブ”の感じもあるんだけど、全体的なクオリティはスタジオの音になっているので、これはすごいなと思いました。聴いていて心地よくて、楽器同士のバランスや恵美ちゃんの歌とのバランスとかも含めて、すごくいいなぁと思いました」
「1.パレード」は実に生々しく、ヴォーカルが立つ、コーラスとの合唱感もいい。音像的にはヴォーカルだけでなく、バックのピアノ、トロンボーン、ドラムス、ベースも明瞭に収録されているが、特にヴォーカル音調の緻密さ、粒子の細かさ、カラフルさは刮目だ。TELEFUNKEN U47 Tubeのビンテージマイクの味もいい。オリジナルの「13.ひだまりの詩」も、新鮮に聴けた。新しい制作手法は藤田恵美の新境地を拓いた。
FLAC:192kHz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:5.6MHz/1bit
HD Impression、e-onkyo music
オーボエの巨匠ハインツ・ホリガーとバーゼル室内管による「シューベルト:交響曲全集」の完結編。 バーゼル室内管弦楽団の演奏だが音楽的には、これはもはや「室内」という範疇のものではなく、ひじょうにスケールが大きく、歌いのダイナミックレンジも大きい。「未完成」という人口に膾炙し、クラシック入門的なピースから、これまで聴いたことのないような峻厳さ、精神性の高さが聴けるのは、まさに「ハインツ・ホリガー体験」」というより他に言葉はない。
ホリガーは、シューベルトの交響曲の特質について「マーラーと同じで、可愛らしい響きや、ウィーンの酒場でワインを飲み明かすような世俗性が、一瞬にして恐ろしい死の淵をのぞかせる音楽。明るい色彩感は常に暗闇や深淵と隣り合っている」と指摘し、本演奏の方向性を述べている。。第1楽章の7分からの展開部はテンポの遅さ、抑揚の大きさ、ティンパニの豪打、トランペットの咆吼……はまさにデモニッシュとも形容できる。実に厳しい「未完成」だ。
音質も素晴らしい。オーケストラのすみずみまで、音楽的なカクテル光線が照射され、音の立ちが新鮮で、各プルト、楽器の解像度が格段に高い2020年8月21~28日、スイス、バーゼル、ドン・ボスコ教会で録音。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
ラテン、アルゼンチンタンゴ、ジャズ、ポップスのピアニストとして活躍する作曲家の三枝伸太郎氏と、ヴァイオリンの吉田篤貴氏、チェロの島津由美氏のトリオの演奏。選曲はタンゴが中心だ。録音を担当した名古屋芸術大学芸術学部芸術学科准教授長江和哉氏から、2020年10月に横浜市港南区民文化センター ひまわりの郷ホールで行われたセッションの様子を教えてもらった。
「まずピアノ、ヴァイオリン、チェロの三つの楽器が"一体となったサウンド"をどのようにしたら、スピーカーやヘッドホンから表現できるかを考えました。そこでピアノをステレオイメージの核としながら、時に、メロディ、オブリガート、ベースと役割が変化するヴァイオリンとチェロがほんの少し、左右に分かれるように定位すると、アレンジが明確になりながら"一体となったサウンド"となると判断しました。楽器配置は、そのサウンドを実現しながら、お互いの音をよく聴きあえ、音楽が活性化するように向かい合うようにし、ピアノと弦楽器の間にメインマイクDPA 4006を配置しました。このようにすることで、メインマイクから各楽器の距離が揃い、各楽器が同じような直接音と間接音のバランスをもった音色で収録できます。さらに、各楽器にステレオのスポットマイクを配置し、HA ADC、RME MicstasyとRME Octamic XTCと、DAW Magix Sequoiaを用い、192kHz 24bitで録音しました。ミックスでは、メインマイクに対して、各スポットマイクをタイムアライメントしながら用い、さらに、三つの楽器がより"一体となったサウンド"になるように、トータルコンプとして、Manley Stereo Variable Muを用いました」
この世のものとも思えないほどの美しく、クリヤーな音調だ。三枝伸太郎のピアノの叙情的で美的な音、深く拡がる島津由美のチェロ、吉田篤貴のヴァイオリンの切ない歌い……。「5.Boatman's song」の透明な音場感、ピアノの高域の美しさ、バイオリンの高域のエネルギッシュで伸びやかな歌も感動的だ。
FLAC:192kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit
Esperanza Music、e-onkyo music
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30,31,32番
小山実稚恵
日本を代表するピアニスト、小山実稚恵のベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ集、第30,31,32番だ。昨年の初のソナタ・アルバム「ハンマークラヴィーア」に続く第2弾。大賀ホールでセッション収録された。2019年から行われている後期の傑作を軸にした演奏会シリーズ「ベートーヴェン、そして…」とリンクしたプロダクションだ。軽妙で剛毅、そして深い精神性を感ずるピアノだ。
ピアノ録音では、ホールのソノリティとピアノの直接音のバランスがポイントとなる。大賀ホールで室内楽を聴くと、アンビエント成分の多さに驚かされるが、本録音は直接音と間接音のバランスがとてもよく、一階の真ん中当たりで聴いているような空気中の音の伝搬が感じられる。DSDならではの臨場感と華麗なピアニズムが聴ける。2021年2月16-19日、軽井沢大賀ホールで録音。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Labels、e-onkyo music
On A Friday Evening[Live]
Bill Evans Trio
ビル・エヴァンスの完全未発表ライヴ音源。海賊盤でも過去に流通なしという。バンクーバーにあった伝説のクラブ、オイル・キャン・ハリーズでの1975年6月20日のライヴ音源だ。発掘ものにはドラマがある。本音源は当時、カナダのCHQMでラジオ番組のホストをしていたゲイリー・バークレイのために録音され、彼の人気ジャズ番組CHQMで放送されたものだ。その後、バークレイがテープを自宅に持ち帰った。バークレイの後、所有者が2回代わった末に今回、陽の目を見たという経緯だ。
発掘音源としてはひじょうに高音質だ。レンジ的にはそれほど広くはないが、ピアノの輝き、伸び、クリヤーさが、しっかりと捕捉されている。立ち上がりの輪郭が鋭く、まさに眼前演奏を彷彿させ、リッチな臨場感が体感できる。ピアノが大きな音像にてスムーズに進行し、その右側にはドラムスがしゃっきっと弾け、中央にてピアノの後方に陣取るアコースティックベースはリッチな音の塊をリズミカルに奏でる。演奏はまさに3人の火花散るという表現が妥当な、ひじょうにダイナミックなもの。リリカルで、ハイエナジーのジャズ・ピアノの詩人の名パフォーマンスが体験できる名録音といえよう。
FLAC:192kHz/24bit
MQA:192kHz/24bit
Craft Recordings、e-onkyo music
Hope Amid Tears - Beethoven: Cello Sonatas
Yo-Yo Ma、Emanuel Ax
2度目のヨーヨー・マとエマニュエル・アックスのデュエットによるベートーヴェン:チェロ・ソナタ全曲録音。1981年から85年にかけての録音が第1弾で、その40年後の再録音だ。フレーズのひとつひとつから、いかに二人がベートーヴェンのソナタに深い敬愛を抱いているかが、明瞭に聴き取れる。昨年2020年8月のコロナ禍における録音だが、困難な時代を生きる私たちに、ベートーヴェンの精神をチェロとピアノで体現することで、生き抜く勇気を与えてくれているかのように聴ける。
録音も素晴らしい。チェロもピアノのセンターに大きな音像で定位し、どちらも等価な音量だ。ホールトーンは過剰でなく、直接音との間に適切なバランスを形成している。弦とピアノとのデュオ作品では、響きの与え方を楽器によって変える例もあるが、本作はまったく等しいソノリティが与えられている。2020年8月、ボストンのセイジ・オザワ・ホールで録音。
FLAC:192kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
上白石萌音の昭和・平成のJ-POPカバーアルバム。目が覚めるような鮮明で、ハイパワーな音調だ。でも、これらのオリジナルバージョンのような70年代の歌謡曲的なミックスではなく、現代的な---というよりハイレゾ的な、過剰にいじりすぎないバランスが聴ける。「1.年下の男の子」は、センターのヴォーカル音像が大きく、イメージが立体的だ。バック楽団の各楽器もひじょうに明瞭で、輪郭も明確だ。ヴォーカルからバックまで、個個の隈取りがしっかりとしているが、でも全体としては、まとまりがよい音場になっている。ヴォーカルは基本的に弾けているが、「6.グッドバイマイラブ」の粘性系のアン・ルイスとは違う若い叙情性もいい。
FLAC:96kHz/24bit
MQA:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
Brahms: Piano Concertos
András Schiff、Orchestra Of The Age Of Enlightenment
アンドラーシュ・シフがエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団を弾き振りした、ブラームスのピアノ協奏曲2曲。ピアノはブリュートナー社(スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインと並び称される世界4大メーカーの一つ。ドイツ・ライプチヒ)が、ブラームスがピアノ協奏曲第1番を初演した1859年に制作したものだ。オーケストラも古楽器であり、作品が生まれた当時のサウンドを追求するコンセプトであると分かる。
セッション録音にてオーケストラのマッシブな響きが堪能できる名アルバムだ。各パートをこと細かにフューチャーするという方向と異なり、総体としてのスケールを押し出す。ピアノがもちろん主体だが、この録音では、オーケストラの一員として存在するような音像感であり、「ピアノ付きの交響曲」的な音響が堪能できる。第2番協奏曲冒頭、奥に位置するホルンとピアノの対話が美しい。録音も実体感が充実し、透明度か高い。特に低音の力は刮目だ。2019年12月19-21日、アビー・ロード・スタジオで録音。
FLAC:96kHz/24bit
MQA:96kHz/24bit
ECM New Series、e-onkyo music
Highlights from Simple is best
手嶌葵
デビュー15周年記念アルバム『Simple is best』からビクター移籍以降の音源と初配信となるライブ音源4曲を収録した配信用のオリジナルパッケージだ。艶やかなかすれ声が特徴の手嶌葵の3つの音調が楽しめるアルバムだ。「4.さよならの夏~コクリコ坂から~」はライブ収録。ライブものとしては明瞭だが、響きの豊潤さも含めて、ステージでの演奏感をたっぷりと感じることができる「6.風の谷のナウシカは(2021 Remastering)」。ヴォーカル音像がセンターにひじょうに大きく定位。細部までの音の立ちがクリヤーでカラフルな音調はリマスタリングの恩恵だろう。「13.The Rose (15th Anniversary Version)」はひじょうにリバーブが多く、ため息な歌い方が響きでもの凄くファンタジックだ。
FLAC:96kHz/24bit
WAV:96kHz/24bit
VICTOR STUDIO HD-Sound.、e-onkyo music
角田健一ビッグバンド結成30周年無観客ライブ at 紀尾井ホール
角田健一ビッグバンド
有名なステジオ技術者集団、ミキサーズラボの「Studio Master Sound」レーベルの最新作品。本レーベルは、エンジニアがミキシングやマスタリングで携わった作品の中から、音楽的、録音的に優れた作品のみをリリース。記念すべき第10作目は、コロナ禍の中2020年12月5日紀尾井ホールで開催した無観客ライブを収録した。本来ならば年4回の30周年公演を予定していたが、この公演以外は全て中止されている。
いつものスタジオ録音の圧倒的なハイファイさとは違い、無観客ならではの、ひじょうにリッチなホールらしい響きも取り込み、スタジオ録音の峻厳さとは違う、臨場感を楽しめるアルバムだ。角田健一ビッグバンドなのだから、テクニックと音楽性は万全だが、響きが彼らの演奏のキレ味を甘くしているところもある。もっとストレートにマッシブに突進してくる音の勢いも聴きたいところだ。とはいえ、アンコールの「10.Moonlight Serenade (Encor)」は実にまったりとしたいい雰囲気だ。
FLAC:96kHz/24bit
WAV:96kHz/24bit
Studio Master Sound、e-onkyo music
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