オーダーメイドインソール「HOCOH」の製造・販売で得られた知見
現役医師起業家が語る、ソフト・ハード融合領域でスタートアップが成功するコツ
3Dプリンタ製インソール「HOCOH」の製造・販売で得られた知見
3Dプリンタ製オーダーメイドインソール「HOCOH」の開発・販売を行なっているジャパンヘルスケアは、2019年にSIIによって経産省のエコシステム構築事業に採択された。同社は、足を専門とする医師の岡部氏によって2017年に設立されたスタートアップ。当初は足腰の痛みなどの筋骨格系疾患を予防するために歩き方を可視化して指導するという予防医療サービスを運営していた。しかし事業性に乏しいと考え、2019年に着用時に足のバランスを補正し、足から全身の姿勢・体幹を安定させることで、筋骨格系疾患にアプローチするオーダーメイドインソールHOCOHの開発・販売にピボットをした。
現在、75歳以上の高齢者のうち、4人に1人は300メートル歩けていない。その原因の1つは身体の歪みであり、歪みが引き起こす痛みによって歩くことができなくなる人は多い。足腰の痛みなどの筋骨格系疾患は要介護の原因の3分の1を占めていて、健康寿命を最も短くしている。
これまでは寿命の延伸が重視され、命にかかわる生活習慣病に対して予防・早期治療を行なう内科は数も多く病院も見つけやすい。一方で、健康寿命と密接に関係する筋骨格の痛みに対しては、予防や早期治療を行なう整形内科は国際的にも存在しておらず、手術を中心に治療する整形外科が内科機能も担う状況にあり、現場は多忙を極めている。整形内科がない理由は、優先順位の問題だけでなく、身体の歪みのような所見が出てから痛みのような症状が出るまでの時間的ラグや、たとえばひざの故障によってひざの動きをカバーする腰に新たな痛みが生じるなど、全身が連鎖するため診断が難しいなどの理由があった。
それらの理由によって放置されてきた、筋骨格系疾患の原因である歪みに照準をあて健康寿命の延伸を実現するために、HOCOHインソールを開発することにした。
岡部氏は、足部は全身の体重がかかるため歪みが生じやすく、アプローチする価値があると考えたという。また、足からくる歪み・痛みにはインソールという処方箋が存在していることも、足に着目した理由の1つだと語る。
「インソールは、着用すれば重力にあらがって骨格を補正できる唯一のツールです。エビデンスも出てきていて、痛みが改善したりパフォーマンスが上がるというのがわかってきている。また、インソールはすでに靴のなかに入っていて、単に今入っているものと入れ替えるだけで骨格へのアプローチを続けられる。努力が必要なトレーニングや、骨盤ベルト、姿勢矯正のシャツといった『日常に追加すること』は面倒くさくなって取り組まなくなる可能性が高い。
数十万人規模の研究で、健康診断の後に頑張って保健指導を行なった群と頑張らずに指導しなかった群とで、なにも差がなかったという結果が出ている。その人が本当に健康になるソリューションを考えた時、(人の動きに具体的に介入できる)ハードの必要性を感じて、だから私はこのインソールを作っている。」(岡部氏)
しかし実際に患者それぞれに合ったインソールを作るとなると簡単ではない。片足には28個の骨があり、その骨格をよりよい状態に整えるためには、足病医学の知見をもって診断をしてそれに基づいてインソールを設計する必要がある。足の専門医が少なく、硬いインソールを作る義肢装具士も少ない。
HOCOHはオーダーメイドのインソールだが、病院で診察を受ける必要はない。自分で足の写真を何枚か撮影して送付すれば、それをスキャンして足の3Dモデルを生成し、オリジナルのインソールが製作される。整骨院やウェブで購入してからおよそ1ヵ月程度で自分に合ったインソールが手元に届く。実証実験では、100人のテスターのうち、約75%が痛みや疲れの軽減を実感したとのこと。
開発したインソールを販売するにあたり、ジャパンヘルスケアはさまざまな理由から協業できる外部パートナーの必要性を感じていた。たとえば、そもそも足やひざにペインを抱えている人がいても、それがインソールで解決できる可能性があることを知らない・気づかない場合が多い。つまり誰かにそうアドバイスをもらわなくてはインソールにたどり着かない。また、足にペインを持つ高齢者はオンライン販売に不慣れなことが多く、リアル店舗での販売の方が適しているという側面もある。
そういった点から販売チャネルを探していたところ、整骨院との話し合いのなかで逆にオファーを受けることもあって、共感を得た感触があった。整骨院側にも足の評価・施術を苦手にしている人がいるという課題があり、物販や自費診療を増やしたいという希望もあって、Win-Winの関係を築くことができた。
整骨院は全国で5万店舗、それに整体院なども加えると13万店舗もあるので、最終的なユーザーに対してリーチする力が非常に高い。商品価格がやや高価なこともあり、リアル店舗で試用してその良さを体感してもらうことができれば、購入につなげやすくなるといったメリットがある。
また整骨院との協業を通じて、さまざまな知見が得られたという。整骨院の先生方は非常に忙しく、インソールをただの物販と捉えると、販売意欲が削がれ、販売に消極的となるのも無理はない。ジャパンヘルスケアでは、単にインソールを卸販売するのではなく、整骨院という「パートナーが持つ課題を解決するトータルソリューションの提供」という認識で取り組んでいる。
販売は多忙な整骨院の先生のトークに頼るだけでなく、やはりコミュニケーションツールとして販促物も大切で、パンフレットやポスター・パネルを用意している。また、インソールと施術をセットで捉えて販売できるように、施術方法をまとめた販売マニュアルやオンラインセミナーも実施している。販売はパートナー任せにするのではなく、パートナーが販売しやすくなる仕組みも商品と共に提供しなくてはならない。
特にリソースに余裕のないスタートアップにとって、販売拡大戦略の策定も重要になる。100店舗に導入したはいいが、突然サンプルを切り替えなくてはならないとなれば非常に大きなコストがかかってしまう。自社だけでなくパートナーと事業を運営していく場合は、常にプロダクトマーケットフィットを意識し、きちんとステップを踏む必要がある。
それに加えて、販売パートナーに対しては、自社のビジョンを伝えることが非常に重要だと岡部氏は強調する。
「儲かるからではなく、僕らはこういう世界を作っていきたいので一緒にやりませんか、というビジョンを自ら伝えることができれば、共鳴する人はいる。自分の言葉で発信をして、一緒にやろうと言ってくれるパートナーさんと密にやっていくことが大事だ」(岡部氏)
今はインソールの販売が主たる事業となっているが、ハードにこだわらないソリューションの展開を志向している。痛みを抱える人は、困ったらまず整骨院や病院にいく人もいれば、その痛みの見当がつかず足に着目しなかったり、対処策を講じられないこともある。そこで、同社はいまスマホだけでできる足の健康診断を手掛けようとしている。アシックスのスタートアップアクセラレータプログラム「ASICS Accelerator Program」では、この子ども向け「足の健康診断」が最優秀賞を受賞した。
「寿命のための健診がすごく増えてきた中で、“健康”寿命のための健診はあまりなかったと思う。私たちが筋骨格の健康診断を提供し、さまざまな企業と連携してソリューションを提供する。筋骨格系疾患を早期に対応できる世界をつくり、100歳まで歩ける社会をつくりたい」(岡部氏)
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