アニメスタジオ社長に聞く
緊急事態宣言下の制作現場
まつもと 今回は、「コロナ禍でアニメの現場はどうなった? グラフィニカ平澤社長に聞いてみた」と題して、詳しくお話を伺っていきたいと思います。
さて、平澤さんにはASCII.jpの取材などで何度かご対応いたいているのですが、お会いするたびに立場や肩書きが変わるので……なんというか“人気が集まるにつれ、だんだん遠くに行ってしまうアイドルを眺めてるファン”みたいな気分で見てるところもあるんですけれども(笑)
平澤 いやいや、とんでもないです(笑)
まつもと 平澤さんはおよそ20年間、アニメ業界の変化の最前線にいらっしゃいます。まずは、初めて平澤さんを知った方のために、簡単な自己紹介をお願いできればと。
平澤 2001年にバンダイビジュアルさん(現・バンダイナムコアーツ)でキャリアをスタートさせて以来、約20年間アニメ業界にどっぷりです。プロダクション I.Gさんとウルトラスーパーピクチャーズさんにてプロデュースと企画立ち上げを経験させていただいた後、ARCH(アーチ)という企画開発プロデュース会社を設立しました。現在はデジタルに強いアニメスタジオ「グラフィニカ」の社長を2020年4月から務めております。
まつもと バンダイビジュアルでは法務のお仕事をされていたと聞きました。
平澤 いわゆる海外へのライセンス販売を入社1年目にやらせてもらって、2年目3年目が法務という感じでした。大学時代は著作権法を専攻していたこともあり、結構得しましたね。
まつもと まさに英語と著作権の世界ですね。アニメ業界志望の学生には敬遠されそうな分野ですが、平澤さんはそこをきちんと勉強されてきたと。
そして平澤さんはマイルストーン的な『ここでちょっとアニメの空気が変わったよね』という作品を手がけている印象があります。たとえば『モンスターストライク』(2015年)は、YouTubeで短いエピソードを連続公開していくアニメの嚆矢とも言える作品です。
当時、市場調査をすると「子どもはテレビじゃなくてYouTubeを、それもゲーム機で見ている」という結果が出ていましたが、誰も本気で取り組んではいませんでした。そこにモンストという当時のキラータイトルをYouTube限定アニメとして公開した結果、業界の潮目が変わりました。現在、動画配信の存在感は大きくなっています。
平澤社長の初仕事は新入社員への自宅待機要請!?
まつもと 平澤さんには配信周りの動きも聞きたいのですが、まずはコロナ禍での業界動向について伺いたいと思います。ちょうどグラフィニカの社長に就任されたタイミングと被っていますよね。
平澤 仰る通りです。
まつもと 現場での集団作業を断念せざるを得ないような状況で制作会社、それも締切をしっかり守れることが長所のCG制作を生業とする会社の経営を任されたわけです。相当大変だったのでは?
平澤 ひょんなことから2019年4月に「取締役をやってくれないか」と言われまして、そこから1年経って社長に任命されたという次第なのですが、ちょうど去年の今頃は『なんかこれ、ヤバイんじゃないの……?』と。
まつもと コロナ禍以前はCG制作会社らしく「すべての工程が目の前で展開されていく」という環境だったわけですよね?
平澤 そうですね。基本的には多くのアニメスタジオと同じように、リモート前提ではなく、できるだけ床面積の大きなところに集まってスタッフがなるべく見えるようにしながらお仕事をさせてもらっていました。手描きでもデジタルベースでも、どちらにせよ多くの人が集まってワイワイガヤガヤ意見交換しながら作るのがアニメのよいところなので。
3月に『この感染症はマズいのでは』という空気になったところに4月の緊急事態宣言ですから、社長としての初めての仕事は、新卒の方々に「ようこそグラフィニカへ! ……ところで、ちょっと明日から自宅待機でいいですか」と大変罪深いメッセージを伝える、というものでした。
『CGを使っていれば、すぐリモートに切り替えられる』と思われるかもしれませんが、ハイスペックな機材はそんな簡単に持って帰れませんし、たとえ持って帰れても自宅の回線が細くて仕事にならないなど、CGなりに難しいところはあります。当然クライアントさんによっては秘密保持の観点から「ご家族に画面を見られちゃいけませんよ」と。
やっぱり一筋縄でいかない難しさ、特にさまざまな会社と連携してアニメを作っていることをあらためて感じましたね。
まつもと あの頃、たとえば渋谷のIT企業が会社のパソコンを家に持って帰って次の日から自宅で仕事しています、みたいなニュースがよく流れてました。しかし、アニメ制作の現場ではそういうわけにはいかない。
端折って言うと、まず課題が3つありましたよね。パソコンのスペック、セキュリティー、それから回線の太さ。どれか1つ欠けてもアニメ制作の在宅勤務は実現しないわけです。グラフィニカさんではどんな施策を?
平澤 ここから先はだんだんと秘密事項が増えてくるのですが……他社同様、作業用パソコンを揃えつつ、クライアントさんに「在宅で進めてもいいですか?」と交渉、そして各部門のマネージャーさんたちに出社必須な人員を割り出してもらいつつ、同時入室できる人数との兼ね合いで調整してもらうなどしました。
あと、まつもとさんが仰った3つに加えてコミュニケーション、特に指導と育成が大事です。クリエイターさんにも、一人で作業するのが向いてる人と、先輩や同僚に確認しながら進めるのが好きな人とがいらっしゃいますから。
まつもと アニメ業界はすでに割とリモート/在宅勤務な部分がある一方、CGはゲーム制作の流れも汲んでいるので、むしろ一ヵ所に集まって……という指向はあったのでしょうね。
平澤 デジタルはインハウスのニーズが高いのです。会社オリジナルのツールを扱ったり、もちろんセキュリティーの問題もあったりして、「オペレーターさんはなるべく会社内で作業をしてください」というのが原則としてあります。そういう意味でも手描きと比べると集まって作業することが多いのですね。
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