懐かしい顔付きと現代的な音──JBL 「4312MⅡ」で聴く「Shiro SAGISU Music from_SHIN EVANGELION」
オーソドックスな顔付きとはそぐわない現代のJBLの音
これだけ往年のスタジオモニターの顔をしていると、音も往年のJBLのそれを期待しがちだが、豪快な鳴りっぷりや荒々しさもある高音域のエネルギーなどを予想していると肩透かしを食らう。
現代のスタジオモニターとして磨き上げた現代的なJBLの音だ。明るいサウンドで勢いのある溌剌とした音になるのは、JBLらしさを感じる部分だが、前に迫ってくるような音像型の鳴り方ではなく、ステレオ空間の広がりや奥行き感もしっかりと描く、その意味では、洗練されたというか少し上品になったと感じる人もいるだろう。
ボーカル曲などを聴くと、声はクリアーでスケール感も小型スピーカーとしては大きめ。ボーカルの爽快感のあるのびのびとした歌い方も小型スピーカーらしからぬおおらかさがある。それでいて細かなディテールがおざなりになるような荒っぽさもない。顔付きとはまったく逆と言っていいほど、現代のJBLの音だ。
逆に低音のローエンドの伸びは不足気味に感じる。決して低音不足というわけではないのだが、やや軽い感触になりがちで、スケールの大きな音場からすると、もう少し低音が欲しくなる。このあたりは比較的手頃な価格の制約もあるかもしれない。ただし、低音の反応の良さ、リズム感の良さは大きな魅力だ。
おおらかで堂々とした鳴りっぷりと、溌剌とした反応の良さ
楽曲別のインプレッション:
1-01 Paris
この曲はメランコリックなギターとラテン系を思わせるパーカッションの素早いリズムの曲で、徐々に編成を増しながら緊張感たっぷりに展開していく。手に汗を握るシークエンスで使われる曲ゆえのテンションの高さを4312MⅡはしっかりと伝えてくれる。明るく溌剌とした陽性の音ではあるが、こうした物悲しい情感もしっかりと伝えてくれる。音像の立つ鳴り方も音のリアリティーがあり、小型らしからぬスケールの大きさが劇場の大スクリーンを思わせる。
B&W 607は対照的に緻密な再現だ。音場の広がりや深さは4312MⅡよりも優れるが、それにも関わらず緻密でギュッと詰まった感じの再現になる。テンションの高さというよりも緊迫感、物哀しいというよりも内省的な鳴り方で、実に対照的なサウンドだ。
1-13 m & r_piano
ピアノ独奏による癒やし系の曲。ピアノの音色は粒立ちよく、細かな余韻まできちんと再現され、音の響きも美しい。優しいタッチの音も心地良く鳴るし、素早いパッセージも弾むようになる。
B&W 607はまとまりのよい再現で、ピアノの低音パートの音が低音の深い響きまでしっかりと出るので、癒やし系の曲ながらも内に潜む内省的なムードがよく伝わる。ややクールな演奏にも感じる。
1-18 激突! 轟天対大魔艦
特撮作品からの音楽で、オリジナルは「惑星大戦争」で使われた曲。壮大な船出を感じさせる導入から、ポップな曲調に転じ軽快なメロディーが展開する。こうした明るいムードの曲は4312MⅡとの相性がよく、反応のよい鳴り方と合わせてリズム感豊かな再現になる。この曲だけを聴いたら、王道の少年アニメのような胸が熱くなるような内容を想像してしまうほど。
B&W 607はまとまりの良い再現で、音数も多いし、テンポの良さも正確な再現だ。ただし、どこか優等生的で4312MⅡの後だと元気のない感じになってしまう。熱気がやや足りない感じだ。
2-13 EM20 =wunder operation=
お約束のEM20だ。導入こそはオリジナルを彷彿とさせるが、パーカッションによるリズムがどこか陽気で、いつもの緊張感に満ちたかっこよさだけでなく、勇ましい気持ちとともに出撃する感じがある。4312MⅡではそのパーカッションが軽快で、リズムはなかなかに重厚。低音はやや不足もあるが、軽快によく弾むこと、中低域がしっかりとしていて十分な厚みや力感が伝わるので案外物足りなさはない。おそらくは小型スピーカーということで低音はいさぎよく諦め、そのぶん、中低音域の厚みと反応の良さを狙ったものと思われる。なかなか充実感のある演奏だ。
B&W 607では、ドラムの音がよりパワフルで迫力のある鳴り方になる。軽快なパーカッションとの対比もいい。精密感のある鳴り方は緊迫感と勇ましさのバランスも良好だ。この曲はどちらがよいかの判断に迷う。リズム感がよく、テンポ感の良さが際立つ4312MⅡは今までにない威勢の良さがあるし、607はこれまでたくさん聴いてきてEM20のイメージがよく出ていて、まさに集大成という感じを味わえる。
2-16 citation from joy to the world
誰もが一度は聴いたであろう「もろびとこぞりて」だ。歌詞も日本語。庵野秀明監督の選曲の巧みさにうならされる曲。子供の頃に誰でも歌う曲だが、2番の歌詞ではずばり神と悪魔の戦いを歌っていて、不穏当な曲のようにも感じてしまった(西洋の賛美歌としてはよくあること)。賛美歌らしい荘厳で広々としたステージがよくわかる。この開放的な感じは4312MⅡの長所だ。そして、天使の歌声のような子供達の合唱は一人一人の音像がよく立ち、ボーイソプラノによるソロがぐっと前に出る。B&W 607と比べると、往年のJBLらしさというか、少し古い時代の鳴り方に感じるところもあるが、ボーカルが前に出てくる再現はやはり気持ちがいい。
607は、より整然とした鳴り方。音場は広く、天井の高さまでも感じる。そして合唱隊は並んでいる様子までわかるような写実的な再現で、コーラスのハーモニーとひとりひとりの声の粒立ちの良さは見事なもの。伴奏のオーケストラの演奏もきめ細かい再現で、特に弦の艶やかな音色がいい。緻密さを感じる演奏だ。
2-18 ave verum corpus
モーツァルトの「ave verum corpus ニ長調、K,618」。生体賛美歌と呼ばれるもので、静謐なメロディーが心に染みる曲。ネタバレは避けるが使いどころも絶妙だ。4312MⅡの明るい音調もあって、天井から光が差し込むような清々しい気持ちになる音だ。その場の広々とした感じはやや足りないが、コーラスの声の美しい響きや演奏の音の余韻はきれいに鳴る。
B&W 607では、より静かで荘厳な感じになる。音場というか、録音場所の空間の広さは見事なもので、教会で録音したと言われたら信じてしまうほど。人々のために自ら犠牲となった救世主を称える感謝に満ちた優しい音色と、包まれるような豊かな音の広がりが素晴らしい。こうした表現で607の出来の良さがよくわかる。
宇多田ヒカル/One Last Kiss
これで締めくくりである。宇多田ヒカル本人もエヴァファンを公言していたと思うし、作詞や作曲にあたっては庵野秀明監督との話し合いもしているに違いないが、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」としての主題歌がラブソングというのは見事なマッチングだ。4312MⅡのボーカルは音像がしっかり立つことや声の明瞭さもあって、実にニュアンスの豊かな再現になる。陽気さだけでなく、ありのままの心情を吐露するような歌い方の妙もよく伝わる。味わい深い再現だ。
B&W 607は細かな音の再現性や音場の奥行きの豊かさ、リズムを刻む低音の伸びなど、実力の高さがよくわかる再現だ。強いていえば、完成度の高い演奏と歌ではあるが、歌に込めた熱では4312MⅡの方がやや優れる印象。
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