2021年1月28日~29日、NTTデータが「NTT DATA Innovation Conference 2021」を開催した。このイベントは2009年に始まり、13回目を迎えるNTTデータ主催のプライベートカンファレンスで、毎年最先端の技術トレンドとそのなかにおけるNTTデータ自身の未来ビジョンを多数の講演、パネルディスカッションと展示によって描き出した。
今回はコロナ禍により、すべての講演と展示をオンラインで行なう代わりに2日間での開催となった。30を超える講演の中から、ここでは主催者であるNTTデータの代表取締役社長 本間 洋氏の基調講演「デジタルでともに創る新しい社会」をご紹介する。コロナ禍によって大きな変化を受けた社会、およびそこで暮らす人々がどのような技術の変化に直面しているか、どのような未来に向かっているのかを感じることができるだろう。
オンラインとリアルのベストミックスが生む社会
2021年のNTT DATA Innovation Conferenceのテーマは「デジタルで創る新しい社会」。スマホや電子マネーなど、すでに我々の生活はITとデジタル技術なくして立ち行かなくなってきている。ITとデジタル技術を活用することにより、我々は非常に便利で安心・安全な社会を享受してきたと思っていたのだが、突如として発生したコロナ禍が、これまで後回しにしてきた社会的課題を浮き彫りにした。
例えば教育や医療の現場におけるオンライン化はまだまだ工夫が必要だし、マスクの急騰に代表される生活必需品の高額転売問題やサプライチェーンの脆弱性の露呈も我が国が潜在的に抱えてきた社会課題だった。そのような環境に戸惑いながらも、企業はオンライン会議の利用を進め、一般市民はUber Eatsやオンラインショッピングを利用するなどして対応してきた、というのが2020年という一年だったと言えるだろう。
オンラインでできること、できるようにしなくてはいけないことが明らかになってくる一方で、「深い議論や知恵出しが必要な時など、同じリアルの空間で仲間とともに取り組んだ方が良い成果が出たり、また同じリアルの空間で同僚や上司とともに仕事をすることが学びや成長の面で大事であるという気付きもありました。」と本間氏は語る。そしてオンラインの良さとリアルの良さを組み合わせた「ベストミックスな社会」を本カンファレンスのテーマ「デジタルで創る新しい社会」への回答に掲げるとともに、その具体例としてリテール、医療、教育の三分野を取り上げた。
まずリテール分野では、購買活動の質の向上のために、一人ひとりの購買者に適したサービスの実現が提示された。購買者にとっては、自分の最適な購買が行なえることは便利さと楽しさを感じることができると同時に、納得感や満足感を得やすくなることでもある。また店舗の従業員は業務負担が軽減されることによって付加価値の高いサービスに集中することができるようになり、その結果働き甲斐を強く感じられるようになる。店舗と企業は売り上げが向上し、新規商品やサービスを開発する余力を得られる。
その事例として、東急ハンズのAIを活用したアバター接客による店舗のデジタル化が取り上げられた。これは専門知識を持つスタッフをリモートに配置し、各店舗に設置したディスプレー/カメラを通じて接客することにより、リソースに限りのある専門スタッフによる複数ロケーションでの接客を実現するものだ。また、AIを使った顔認識エンジンにより、カメラからお客様の性別、年代、感情を推定し、マーケティングや店舗戦略のデータとして活用できる。
NTTデータのAIやデータ活用に関する技術と、東急ハンズが持っている豊富な商品知識によるおもてなしを組み合わせて、新たな質の高い接客サービスを生み出した。デジタル技術を活用してオンラインをリアルの一部に融合させることにより、リアルな世界で暮らすお客様は満足度の高い買い物ができ、従業員はやりがい創出や配置の効率化によるメリットを享受できる。ベストミックスな社会の具体的事例と言えるだろう。
医療分野では、患者一人ひとりの容態や環境に合わせた医療サービスの提供が挙げられた。いわゆるオーダーメイド医療もこの方向性にあると言えるだろう。患者は治療の副作用を低く抑えることができるなど安心感が増すだろうし、健康の維持と増進を得やすくなるというメリットがある。また医師は業務負担が軽減し、患者の治療やケアといった本来業務に集中することができるようになる。そして病院は病床の回転率が向上するなど収支の改善が期待できる。
この具体的事例としてAIによる画像診断ソリューションが挙げられた。近年、CTやMRIなどの画像診断装置の性能向上により、放射線科医の診断する画像データの量が飛躍的に増えている。この負担を軽減するとともに、異常検出の精度を上げるためにAI技術を適用したソリューションだ。既存のワークフローにそのまま統合することができ、医師が従来のやり方を大きく変える必要はない。
これはNTTデータが持つAI技術と医療画像アーカイブ、そしてパートナー企業が持つ医療画像に診断情報を付与する専門技術の3つを掛け合わせて実現している。さらに、宮崎大学医学部付属病院などの医師と組んで実際の医療現場の課題を把握し、それを解決するために必要なアーキテクチャーと創り方を検討して開発を行なった。このソリューションは医師の業務負担の軽減や診療のスピードアップ、見落としのリスク低減につながると同時に、病院全体での医師の配置効率化につながり、最終的に患者の医療の質の向上に効果があった。
これまでリアルな対面授業がほとんどだった教育にITとデジタル技術をミックスすれば、生徒一人ひとりの学習ペースに合った教育サービスを実現することができる。教師は事務作業の軽減はもちろん、それぞれの生徒と向き合った教育が実施できるようになり、同時に保護者はその学習進度に応じて家庭で適切なフォローを行なえるようになる。
NTTデータは、ヨーロッパにおいて新しい教育サービスを開発するプロジェクトを進めている。コロナの状況に鑑み、小学校から大学までのすべての公教育のデジタル化を進めており、たとえばデジタル教科書やリモート授業、Eラーニング、コラボレーション活動など、様々な教育コンテンツが含まれている。
このプロジェクトのポイントは、直接的に関係する教師だけでなく生徒や親を中心にサービスが設計されているというところにある。その第一弾として、現在は小学校向けサービスの開発を進めている。
「人を中心とした素敵なデザイン」が新たな社会を創造する
コロナ禍によって様々な社会課題が浮き彫りになってきたなか、行政や民間企業が課題の解決に向けたデジタル化を加速している。2020年9月にはデジタル庁準備室がつくられ、2021年の9月にはデジタル庁が開庁する予定となっている。行政や社会のデジタル化が加速し、行政サービス、金融サービス、企業サービスの連携が進んでいく。一方で社会全体を俯瞰すると、多くの業種・業態、そして様々なステークホルダーが存在する。人々を中心に考えつつ行政サービスなどを含めた社会全体のデジタル化を推進するにはどのようにすれば良いのか。本間氏はそのカギが「デザイン」にあるとした。
技術が進化し、高度化するのと並行して、社会のあらゆるものがつながり、プロダクトやサービス、ビジネスの境界が曖昧になってきている。この複雑化してきている社会を温かみのある社会にする、そのために「テクノロジー」、「人」、「社会」を調和させること、それが本間氏の言う「デザイン」だ。
それは様々なステークホルダの視点に立ち、アーキテクチャーに裏付けられた横断的、総合的に整合した新しい社会の仕組みを創るということに他ならない。本間氏は、15世紀のイタリアミラノにおけるレオナルド・ダヴィンチの「デザイン」を例に挙げた。当時のミラノではペストが猛威を振るい、住民の3分の1近くが犠牲になるなど大きな被害を受けていた。その原因が市街地の狭い通りや人口の密集による不衛生な水や空気の淀みにあると考えたレオナルドは、街を拡張し、道を拡げ、上下水道の整備を進めた。感染対策というより人々の暮らしを街の作り方から再構築したのだ。まさに「デザイン」を実践したと言える。
「スーツ・ギーク人材」×「デザイン」が生む未来
従来、NTTデータは(顧客の)ITを推進する人材として、スーツ/ギークの2種類を定義していた。スーツとはビジネスのプロフェッショナルである人材で、顧客のビジネス部門がこれに当たる。ギークは技術のプロフェッショナルで、顧客のITシステム部門またはITベンダーとなる。
これらの人材は、ITがこれまで目指していた既存業務の合理化・効率化から、新たなサービスや商品の創造および既存業務の自動化などへとその役割を移すにつれて、自らの業務範囲を拡げる必要に迫られている。たとえばスーツ人材は全員がIT・デジタルツールを徹底的に使いこなして担当する業務における自分の価値を高めなくてはいけない。技術のプロフェッショナルは自分が得意とする分野の技術レベルを高め続けるだけでなく、新しい技術の習得や、複数の技術を応用する力も必要とされるようになった。
さらに、ITを活かしてビジネスを成功させるためには、ビジネスと技術の双方がわかる「スーツ・ギーク人材」の必要性を提言し、顧客に対してビジネスと技術の双方をカバーした研修プログラムも提供している。
さらに、「ベストミックスな社会」を創るためには、スーツおよびギークと連携するだけでなく、人を中心に新しい価値を考え、全体を俯瞰して多様なステークホルダーの視点に立ち、そして実現性のあるアーキテクチャを創造する、そんな人材が必要となる。本間氏は、ビジネスと技術の双方に通じ、デザインに関するスキル、ケイパビリティーを持っているそのような人材を「アーキテクト」と呼んだ。ビジネスに軸足を置くアーキテクトは顧客側に、技術に軸足を置くアーキテクトはITベンダー側に必要となる。それぞれがお互いのことまで踏み込んだ横断的な視点を持ち、そして連携をすることで不足するケイパビリティーを補完すれば、新たな価値を創造することが可能となる。
NTTデータでは、アーキテクトを含めたデジタル人材タイプを3つに分類するとともに、グループ全体で2025年までにデジタル人材100%化を目指している。
「ベストミックスな社会」の目的は旧来のITが謳っていたような単なる合理化・効率化や労働負荷の削減ではない。
「生活の質の向上、社会活動の質の向上を実現するベストミックスな社会とは、豊かさを享受すべき「人々」が中心にいる社会です。人々を中心に考え、あらゆるステークホルダーにとって、よりよい社会を実現することが大事になります。」(本間氏)
現在我々はコロナ禍によってあらゆる面で負担を感じる一方で、豊かさを感じることが難しくなっている。ITとデジタル技術を活かすことによって生活を再デザインすることができれば、そのまま生活の質や社会活動の質の向上に直結する。我々がコロナを克服するとは、それ以前の生活に戻ることなのではなく、以前より質の高い新しい生活を獲得することなのかもしれない。
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