週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Xアイコン
  • RSSフィード

〈後編〉アニメの門DUO 数土直志氏×まつもとあつし対談

巷のアニメ業界話は5年遅い!?

2021年02月12日 18時00分更新

前編に引き続き、激動した2020年アニメ業界のトピックと2021年の展望についてジャーナリストの数土直志氏と語る

前編はこちら

『鬼滅の刃』大ヒットの要因は「ヒットしたから」!?

まつもと 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットを、我々はどう捉えればよいのか、そして今後どのような影響をアニメ界に及ぼしていくのか? とりあえず数字だけ挙げていくと、2020年12月28日時点で興行収入324億7889万5850円、観客動員2404万9907人。すでに日本人の5人に1人は観ている計算です。

 他作品の公開延期が相次ぐ状況で、東宝というチェーンの力があれば空いているスクリーンを埋めて思い切ったプロモーションができることは確かです。ただ予想外だったのは、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、よもやこれだけの人が劇場に足を運ぶとは思いもしませんでした。

 劇場によっては満席にするけど飲食は提供しないとか、飲食を提供するけど1席ずつ空けるとか、対応に苦慮していたと思います。しかし数字を見ると、そういう制限なんておかまいなしに、お客さんが「とにかく見なきゃ!」とばかりに劇場に押し寄せていきました。これは意外でしたよね。数土さん的にこのヒットって、ズバリ予測されていました?

数土 しないしない。僕も『鬼滅の刃』について事前に「いくらぐらい?」って予想を聞かれたときがあって、「50億じゃない?」とか答えてたぐらいで(笑) しかも胸の中では『すんごい数字を頑張って出した!』とかドキドキしながら思ってたんですよ。ところが、ね。

まつもと この大成功の要因はなんでしょうか?

数土 やはり「ブームはブームを呼ぶ」というところがあると思います。ここまで大きくなると、「ヒットするからヒットする」「ブームになったからさらにブームが大きくなる」という現象となり、じつは100億も300億もそこまで差がなくなってしまうと思うんですよね。

まつもと あともう1つ、「他に見る作品もない」というところも大きかったですよね。実際、上映作品が限られている状況でした。

数土 初速は間違いなくそれが理由の1つですよね。ライバルがほぼゼロ。かと言って、映画を良く観る人たちは、映画館が開いている限りは足を運ぶ。その動きがあると、ほかのみんなも行きますよね。もちろん、話題作でもありますし。

『劇場版ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』が示す
アニメの一般化

まつもと 『鬼滅の刃』大ヒットの影で、我々が見落としてはいけない動きもいくつかあったと思います。数土さんが注目した作品はなんでしょう?

数土 『劇場版ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』ですね。おそらく興行収入20億円を超えてくるはずです。以前は「10億の壁」と言われていたのですが、今は20億が1つの壁になっています。『鬼滅の刃』は別として、深夜アニメ発で過去に20億を超えた作品って、僕が数えた限りでは4つしかありません。『ラブライブ!』『ガールズ&パンツァー』『魔法少女まどか☆マギカ』『ソードアート・オンライン』です。

 この4作品は、明らかに「アニメファン」に強く、それがゲームなどのメディアミックスで大きくなって人気を博した作品です。この20億超えの作品に『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』が加わってくると、別の風景が見えてきます。

※生配信時には3作品と話しましたが、実際はSAOも含めて4作品です。

 なぜ文芸作品のような『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』が20億という大きな壁を越えようとしているのか? 僕は、じつはこの作品が『鬼滅の刃』とつながっているからでは、と考えているんです。つまり、普通の人、普通の映画ファンが普通にアニメを見る時代に本格的に突入しているんだな、ということです。

 文芸作品として『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』を観るため、普通の人が劇場へ足を運ぶ。この現象と同じように、超大作映画として、ハリウッド映画の代わりに『鬼滅の刃』に足を向ける普通の人たちがいる、ということなのではないかと推測します。「アニメの一般化」がすごく進んでいるんだなと感じています。

まつもと なるほど。コロナ禍でハリウッド映画があまり上映されない状況になって、でもやっぱり「映画を観たい」というニーズ自体は下がらないなか、そこにアニメ作品、ここで取り上げた『鬼滅の刃』や『ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン』が、上手くマッチしたと。

 海外でもこの『鬼滅の刃』の日本における大ヒットが報道されましたが、この現象が日本産の劇場アニメの力みたいなものを海外にアピールする一要因になっているのかな、というふうにも見ています。

数土 たぶんハリウッドのスタジオは今すごく戦々恐々としていると思いますよ。意外と語られていませんが、2020年に世界で一番ヒットした映画は『The Eight Hundred(原題:八佰)』という中国映画なんですよ。中国だけですさまじい数字を上げているんです。そして日本は日本で『鬼滅の刃』が大ヒットして、つまりハリウッド映画がなくてもアジア市場が成立するかもしれない、ということがわかってきた。

まつもと 『羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~』のように、中国アニメのクオリティーが上がってきていて、グローバルな価値観にも寄り添うような企画が展開されているのは、今度は日本アニメが危機感を持たないといけないことだと思っています。こと劇場アニメに関しては大きな変化ですよね。

数土 2020年はすごかったですよ。『FUNAN』『Away』、それから『ウルフウォーカー』、ドリームワークスの『トロールズ ミュージックパワー』……と、かなりの数の海外の長編アニメーションが劇場で上映されているんです。世界的にみると、海外アニメーション作品がこれほど公開されている国ってあまりないはずなんですよ。

 こういう環境下で世界各国のアニメーションが見られるということは、日本がアニメーション文化の豊かな国になっていることを示しています。今まで「クールジャパン」と言っていましたが、結局それって「日本の文化を輸出します」という、ある意味で植民地主義的な考え方だったんだと思います。

 でも本当のグローバルってそうではない。行き来する、いろんな文化が互いに入ってくるということです。政府が考えているのと違うところで、アニメーションという世界、小さいサイズではあるけれども、グローバル化が進んで良い感じになっているのかな、と思っています。

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事