楽器を知りつくしたメーカーだからできる音
短時間ではあるが、試聴する機会もあったので、音質にも触れておく。ヤマハは楽器メーカーでもあり、オーディオ機器では、音離れがよく、高域がクリア。やや硬質で、リアリティがある音作りをする印象がある。
TW-E3Bは、国内大手メーカーが提供する完全ワイヤレスの中では、かなりリーズナブルなものと言える。しかし、こういったヤマハならではの音作りは健在だし、そのノウハウが反映されている印象を持った。そして、この価格帯でここまでのサウンドを提供している点には、素直に感心した。
iPhone 8との組み合わせで、Spotifyの曲を何曲か聴いてみた。アコースティック楽曲のリアリティの高さだったり、声の表現については低価格機だから妥協する必要がないほどの魅力がある。
繊細なボーカル再生、楽器の描き分けが秀逸
大貫妙子・坂本龍一のアルバム『UTAU』収録の「美貌の青空」は、ピアノ伴奏と女性ボーカルのシンプルな構成の楽曲で、硬質なピアノのタッチと、声の繊細なニュアンスの再現が印象的だった。透明感があって純度の高い高域の再現性は、特に舌を巻くところだ。声の質感はややドライで色づけが少なく、ストレートかつ高解像度。子音の響きが非常に美しく、歌詞のニュアンスがよく伝わってくる。空間の広さよりは、直接音の鳴りを重視している印象だが、残響成分などは微細なところまで再現している。残留ノイズも意識しないほど低く、音のない場所では静寂感を感じる。また、ピアノならではの音色感、タッチの再現性が非常にリアル。ここは楽器メーカーならではの部分と言えそうだ。
多彩な音色の楽器が組み合わさった、ワイドレンジで色彩感のある楽曲ということで、ストラビンスキーの『ペトル―シュカ(1911年版)』から「謝肉祭の日」(指揮ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団)を聴いた。
オーケストラの音は、音調が繊細で細かなHi-Fi的な表現だ。ピッコロのような高い音域を担当する楽器、あるいはシンバルやトライアングルなど金属質の音が、なまらずピンと前に出てくる点がいい。立ち上がりの良さという点では、バイオリンのピチカート演奏やティンパニーの連打なども明瞭に分離。正確なリズム感を刻む点がいい。
編成が大きく、楽器の種類が多い、オーケストラ演奏でも、楽器ごとの音色の違いが明瞭。再現としては、ホールの響きを含めて音楽を聴くというよりは、ステージ上やスタジオなど距離感の近い場所で楽器そのものの音を聴く雰囲気に近い。被写体と自分の間にあるガラスが取り除いた後の映像のように、一皮むけた明瞭感がある。
楽器の音色は、カラレーションがなくストレート。だからこそ、その楽器特有の特徴がよく伝わる。ブラス系なら空気の振動を音に変え、木琴や鉄琴なら叩く、弦なら弾いたり、こすったりするなど、どんな仕組みで音が出ているのかまで明確に認識できる。傾向としては、理知的というか、少し下がって客観的に音楽を視ている感覚がある。かといって分析的になりすぎず、適度なニュアンスを交えている。録音の新旧を問わず、楽器の魅力ある音色を再現できるし、ステージ上で一緒に演奏に加わっているように、パフォーマンスを楽しみ、没頭できる面もある。
例えば、ピアソラの『SUITE PUNTA DEL ESTE』から「Buenos Aires Hora Cero」では冒頭、楽曲が持つ重厚な響きの上に、装飾的に差し込まれる音が浮き立つ。その後もバンドネオン、バイオリン、ピアノなどがそれぞれの役割と個性を示しつつ主張し、調和する様が楽しめた。また、デイブ・ブルーベックの「Take Five」では、サックスの音が印象的。曲の良さだけでなく、演奏そのもののうまさも伝わってくる。ベースなどは控えめに鳴るためジャズの再生にはどうかと思っていたが、抜けがよく、これはこれでよい。ハイハットのトランジェントの良さなどは最高だ。
アーティストとともにステージに立つような臨場感
緊張感のあるライブ盤も楽しかった。『ブエナビスタ・ソシアル・クラブLive』の「Mandinga」は観客の盛り上がりを含めた臨場感があり、ブラスとピアノの対比、打楽器の立ち上がりの速さを感じられた。音数が多くなっても声と伴奏が混濁せず、高い分離感を維持するため、それぞれのパートが前に立ち、すべてが主役のセッションであるという意識で音楽が聴ける。
ポップス系の楽曲のライブ演奏の臨場感もいい。臨場感と書いたが、ベースラインの量感は控えめなので、実際のライブ会場で聴くような、少し混沌としつつも迫力がある表現とは別軸。だいぶきれいな感じの再現にはなるが、声の再現がクリアで、マイクのリバーブ感などもリアルに表現する。
TrySailの『Live at Makuhari Messe 2019.08.04』から「BraveSail」を聴いた。実は録音自体はあまりよくないソースで、システムによっては低域がズンズンとなって全体のバランスが崩れてしまったりするが、TW-E3Bはボーカルの聞こえの良さが際立ち、歓声とボーカルのミックスもちょうどよく、そつなくきれいにまとめていた。拍手、ギターの弦なども立ち上がりがよく、なまらない。結果、パフォーマンスの内容が非常によく伝わってきた。
TW-E3Bはパッケージとしては簡素で、本体もどちらかというと質素かつ武骨な印象だが、つくりが悪いわけではない。このあたりはケースの合わせだったり、表面の梨地処理などを見ると分かる。また、遮音性がなかなか高く、音楽に没頭できるのもメリットだ。小さな余韻なども繊細に表現できる。
低価格完全ワイヤレスというと、モリモリの量感がある低域が重視されがちで、ビート感、ノリの良さを特徴としたものが多い。その中でTW-E3Bは、クールで知性的な印象を与えるサウンドだ。抑え目の低域はヤマハらしいキャラクター付けだが、音が出ていないわけではなく、イヤホンを耳にしっかり装着できれば、かなりローエンドまで出ているのが確認できる。
また、クラシックでもライブでも、ホールの中に立って音に包まれるというよりは、演奏家とともにステージ上に立っているような音の近さがあった。演奏のニュアンスが明晰に伝わるので、演奏家のパフォーマンスをより近くで感じ取りたい人にとっていいと思う。このあたりは、楽器に加え、PA機器も手掛けるメーカーらしい再現と言えるし、音楽を生まれる場所を知り尽くしているからこそと言えるかもしれない。
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