週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

素早く実行に移すための事業ビジョンや課題解決プロセスへのこだわりとは

AIにとらわれずデザイン思考ベースで医療現場の課題を解決する「Search Space」

 Search Space株式会社は、2019年8月に設立された医療AIベンチャーだ。心電図判読支援アプリの開発や大腿部骨折の自動検出など、AIやデータサイエンスを活用した医療・ヘルスケア領域での研究開発に取り組んでいる。同社の特徴は、デザイン思考による課題解決へのアプローチと、基礎研究を素早く実装させる独自の開発プロセスだ。同社の共同創設者であるCEOの後藤 良輔氏とディレクターの北村 旭氏に、事業ビジョンや課題解決プロセスへのこだわりについて伺った。

Search Space株式会社

 CEOの後藤氏は、都内IT企業を経て2010年に独立。以降、フリーのエンジニアとして医療・フィンテック系のAI・深層学習アルゴリズムの研究開発に携わり、2016年からはライフサイエンス領域のAIベンチャー、エルピクセル株式会社にジョイン。そこで当時インターンをしていた北村氏と出会う。エルピクセルでは大掛かりなプロジェクトが中心だったため、より利用者の近くで使ってもらえるものを短いサイクルで届けたいという思いから、北村氏と共同でSearch Space株式会社を設立した。

 起業後は、臀部のレントゲン画像から大腿部の骨折を自動検出するAI、心電図アプリのプロトタイプの受託開発を手掛け、現在は、東北大病院との提携で医療現場での業務を支援するAIアプリの自社開発や、乳がんの自動検出研究の支援などに取り組んでいる。

ディープラーニングを活用した大腿部骨折の自動検出

 医療AIは競合の多い分野ではあるが、同社の強みは、AIエンジニアの後藤氏、北村氏のほかに、データサイエンス、ソフトウェアエンジニアリングが得意なメンバーが揃っていることだ。課題のリサーチから設計、実装までの開発を自社内で手掛けることで、最新の論文で発表されたばかりの研究成果をすぐに実装し、現場にフィットする形で届けられる。

 そしてもうひとつ、同社の重要な特徴がデザイン思考によるアプローチだ。「研究室で話しているだけでは、現場のリアルな課題が見えてこない。私たちは医療従事者にインタビューをしながら、現場のニーズや課題感が見えていたところ。現場に密着したプロダクトとしてリリースしていきたいと考えています」と後藤氏。

Search Space株式会社 CEO/ソフトウェアエンジニア 後藤 良輔氏

 北村氏は、現場の医療従事者にインタビューした際、「目の前の課題を解決してくれるなら、中で動いている技術はどうでもいい」と言われたことがあるそうだ。

 「以前はディープラーニングを使うことを前提に開発をしていましたが、大事なのは、現場の課題を解決することで、AIはそのためのひとつのツールでしかない。特定の技術に捉われず、ユーザーに寄り添った小回りの利くプロダクトをつくることに注力しています」(北村氏)

Search Space株式会社 ディレクター/機械学習エンジニア 北村 旭氏

 同社の事業スタイルは、自分たちが考えた製品が本当に必要とされているのかを市場に問いながら形にしていくこと。技術は大事だが、問題解決にはどう生かすかの部分が効いてくる。デザイン思考に注目しているのはそのためだ。

 「因果推論や画像・言語解析など自分たちしかできない得意とする分野の技術は裏側で蓄積していますが、こうした先端技術を現場に刺さる形で展開できるかどうかは、センスが問われるところ。『すごいのはわかったけれど、役に立たないじゃん』と言われないようにしたいのです」と後藤氏。

 大腿部の骨折を検出するAIにも独自アルゴリズムが用いられてはいるが、AI技術の独自性をあえて強調するつもりはないという。

 北村氏はその理由として、「企業としては独自技術をもっとアピールすべきかもしれませんが、僕らのようなAIの研究者からすると、AI分野は基本的にオープンなもの。特別なアルゴリズムを持っていたとしても、それを強く主張するのは、あまり本質的ではないと思っています」と説明する。

 AI関連の重要なソフトウェアはほとんどオープンソース化されており、特許化されているAI技術であってもその多くは、既存のアルゴリズムの使い方をいくらか変えたものに過ぎない。

 ただし、基礎研究をスピーディーに実装させるためのプロセスは同社が独自に構築したものだという。創業1年未満でありながら、すでに複数の大学や医療機関との共同研究や受託開発を手掛けているのは、このプロセスのおかげだ。

 「最初に提示された情報から、できるだけ早くエビデンスや試作を見せて、我々の能力や技術を知ってもらうようにしています。相手の信頼を得るには、まず自分たちのアイデアをオープンにしてコミュニケーションを円滑にするのが大事だと思っています」(後藤氏)

 後藤氏に話を伺っていると、物事の捉え方や話し方に、いわゆるエンジニアや研究者とは違った視点を感じる。聞くと、後藤氏は大学卒業後、メディアアート制作に没頭していた時期があるそうだ。その経験が顧客やチームへの説明や技術資料の見せ方に役立っているという。北村氏が、後藤氏と事業を一緒に事業を立ち上げたのも、こうした技術を柔らかく伝えらえる表現力に魅かれたからだそう。

 昨今、医療やヘルスケア業界にもバイオデザインや医療デザインといった考え方が広がってきている。この流れの中で、最先端の研究を現場で使える形にデザインすることがSearch Spaceのテーマだ。

 同社の画像・言語解析技術、因果推論を用いたソリューションなどは、医療・創薬に限らず、製造業の現場や気候変動の研究などにも活用できる。今後、医療やライフサイエンス領域以外にも事業を広げていくのか。事業展望について聞いてみた。

 「多くの課題を守備範囲にするよりは、特定の課題解決に軸足を置いていこうと考えています。多くの企業から受注するよりも、ひとつの課題にフォーカスして、その課題に紐づく何十万、何百万のユーザーの方へソリューションを届けていきたい。日本は今、AI人材不足と言われていますが、ひとつの課題を深掘りすることで、興味のある人が日本全国、世界各国から集まってくるなかで、じわじわと企業としても成長できるのではないでしょうか」(後藤氏)

 すでにいくつかの課題について、医療現場とコミュニケーションをとりながら調査研究に取り組んでいるとのこと。まずは医療を中心に事業を進め、将来は、環境分野の課題解決にも挑戦していきたいそうだ。

■関連サイト

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事