(C) ANIME FESTIVAL ASIA THAILAND 2015 |
それを唯一の手段とするのではなく、現地で(「日本音楽」ファンではない)一般の音楽ファンが思わず口ずさむような、英語、それもネイティブが聴いても違和感を覚えないレベルでの歌唱とコミュニケーションが行えることがやはり必須になってくるだろう。
原田CPは「現状を車でたとえると、日本の車のよさに海外の愛好者は気づき始めているんです。でも今のところ、ほぼ右ハンドルの日本仕様そのままのものだけを、「SUKIYAKI」の頃からずっと輸出し続けている。より広いユーザーに愛されるには、性能・品質はそのままに、現地の事情にアジャストする必要があるんです。象徴的に言えばハンドルを左に変えること。これを現在進行形で行っているのが、VAMPSであり、ONE OK ROCKなんです」と語る。
定額制音楽配信は音楽の伝播の新しい可能性だが、より重要なのはその中身だ。多様な魅力を内包する「日本音楽」が、現地化に成功できるかが、より多くの世界の音楽ファンが、「日本音楽」とのファーストコンタクトを刻むためのカギとなっていくだろう。
世界に開かれた“窓”としての『J-MELO』
(C) ANIME FESTIVAL ASIA THAILAND 2015 |
第2章で「J-MELOリサーチ」の結果を振り返りながら、原田CPは、はっぴいえんどに始まる“日本語のロック”の進化を語ってくれた。「日本音楽」には「時代を超えた世界の流行音楽が詰まっている。“世界音楽の日本化”つまり音楽の“世界史”と切り離せなかった」と述べる。それと同時に、「切り離せなかった」という過去形である点にも注意してほしいという。
「はっぴいえんどの出現からまもなく半世紀が経とうという今、VAMPSやONE OK ROCKは“日本のロックを英米でローカライズドする”という逆のベクトルにトライしようとしています。僕も、次のステップはここだと考えています。“日本語のうた”の単なる英語化はこれまで何度も失敗してきましたが、これは結構、歴史的な挑戦なんです」
アニメというメディアパッケージの力によるのではなく、「日本音楽」そのものの魅力を現地化することで、より幅広いファンに楽しんでもらう。日本製品はかつて、バッシングの対象となった時代もあったが、その後、高い品質を持つブランドとして現地の日常に浸透していった。日本というエスニックな色彩から解き放たれ、現地の日常に溶け込んでいくようなプロセスが、音楽というコンテンツのもう一段の飛躍、そして定着のためには必要だ。
プロデューサー・放送作家のデーブ・スペクター氏が本書で述べるように、そこでは押しつけがましくない“自然体での発信”が望ましい。しかし私たち日本人は、気負って“クール・ジャパン”と名付けてしまうように、他者に対してそのようなコミュニケーションを図ることが、あまり得意ではないのかもしれない。
インターネットの普及を受けて、マーケティングの世界では、新たな手法を模索する動きが続いている。ユーザーに直接サービスやコンテンツを届けることができ、そこで生まれるコミュニケーションを製品開発や、サービスの向上に活かしていこうという新しい取り組みは“マーケティング3.0”などと呼ばれることもある。このマーケティング3.0の中で注目されている考え方が、コミュニケーション心理学でよく引き合いに出される“ジョハリの窓”だ。
参考:グロービス「グロービスMBA集中講義[実況]マーケティング教室」(PHP研究所) |
従来のマーケティングの世界では、「自分は知っていて他人は知らない、だからプロモーションを積極的に展開しよう」、すなわちIIIの領域に向かって窓の領域を拡げていこうという取り組みが中心だった。いわゆるクール・ジャパンで行われている施策も多くはこのアプローチを取っている。
ところが本書で見てきた「日本音楽」の分野で起こっていることはこれとは全く異なる。ここでいう他人を海外の音楽ファン、自分を「日本音楽」の送り手(プロデューサーやアーティストなど)とすると、現状はIIの部分が大きくなっている状態だ。つまり、意図せずアニメ投稿動画を起点としてネット上で発見され、その徹底して作り込まれた世界観が思わぬ形で共感を生み出し、親しまれているという部分の“窓”が開かれている。まさに盲点だったわけだ。
「ジョハリの窓」ではIVの領域、つまり自分も他人にもまだ知られていない未知の窓への展開を、他者からのフィードバックとコミュニケーションによって目指していくことをゴールとしている。盲点の窓に留まっていては、それ以上の発展はなかなか望めないが、自ら情報を発信していく(秘密の窓の部分を小さくし開放の窓を大きくしていく)ことで、未知の窓に隠された魅力が自己・他者双方によって発見されていく。いまいくつかのアーティストがチャレンジしようとしている「日本音楽」の現地化は、この未知の窓への進出とも言えるだろう。
『J-MELO』は「日本音楽」の隠された魅力(秘密)を、ジャンルを問わず定期的に世界の視聴者に届けている。そして自分たちでは気づきにくい「日本音楽」の魅力を視聴者から直接聞き取り、実直に番組作りに反映してきた。そこでは、視聴者からの声が寄せられるインターネットと、放送波によるテレビとの連携が図られてきた。原田CPはいう。
「テレビは“マスメディア”という名の通り、1つのコンテンツを多くの人々で共有します。生放送では放送中に視聴者からの意見を募ることもありますが、基本的には制作者から視聴者へというベクトルです。これに対しインターネットは、個人の意見や思いを自由に発することが可能です。つまり“マス”と“個人”という関係性において、放送とインターネットは真逆の方向性を有することができます。音楽の基本である“call and response”という連動そのものなのです」(『アイドル♥ヒロインを探せ!』)
そのアプローチは、音楽のみならず他のコンテンツ領域にも大いに参考になるはずだ。盲点が発見されたことを単に事象として消費してしまうのか、そこを起点に可視化されたコアファンとのコミュニケーションを継続、発展させて未知の領域に自らの世界を拡げて行くことができるのか、いま「日本音楽」や同じステージに上がっている日本のコンテンツは岐路に立っているとも言えるだろう。
『J-MELO』という10年間にわたり世界に開かれた“窓”が、「日本音楽」、そして日本のコンテンツ産業にさらなる新しい可能性を広げてくれることに期待しながら筆を置きたい。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。デジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆などを行なっている。DCM修士。法政大学社会学部兼任講師。
主な著書に、堀正岳氏との共著『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』、コグレマサト氏との共著『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』(マイナビ)、『できるネットプラス inbox』(インプレス)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。
Twitterアカウントは@a_matsumoto
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