週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Xアイコン
  • RSSフィード

金なし、天才なしでヒット映画が作れる理由 『秘密結社鷹の爪』のビジネスモデル DLE椎木隆太代表

000

 「こんにちは、島根の吉田です!」

 昨年3月にマザーズ上場を果たしたディー・エル・イー(東証3686)が投資家の目を引いている。FlashアニメクリエイターFROGMANを中心に『秘密結社 鷹の爪』『パンパカパンツ』などのヒット作品を連発しているのだ。

 2011年から2014年の3年間、売上高は6億1200万円から17億4200万円へと3倍まで伸ばしてきた。2014年度は経常利益にして2億8300万円と利益率も高い。

 テレビアニメ、映画、キャラクタービジネス。外から見ていると普通のアニメスタジオと変わらないように見えるが、経営者の頭の中を覗いてみると、映画業界の常識を覆すような新しいビジネスモデルが見えてくる。

 代表取締役 椎木隆太社長は断言する。

 「天才の力を借りなくてもヒットは生まれる」

トヨタやサントリーが「吉田くん」を使う

 ディー・エル・イーの経営を帳簿で見ると、売上には「IPクリエイション」「ソーシャルコミュニケーション」という2つの枠がある。前者は通常の映像ビジネス。後者はキャラクタービジネスの一種だが、主なクライアントは企業や自治体だ。

 社名もトヨタ、サントリー、大塚製薬、リクルート、野村證券など大企業が並ぶ。「IoT(すべてのモノにインターネットが入る)というコンセプトがあると思うが、うちの場合は『EoT』、エンターテインメント・オブ・シングスだ」と椎木代表。

 「すべてのコミュニケーションにエンタメが入るべきだという考え方をしている」

 例えば、お役所の話は往々にしてつまらない。つまらないが、重要な情報だ。最初から最後までよく聞いてほしいとお役所が思っても、市民はまったく興味を示さない。なら有名なアニメキャラを使って広報の手伝いをすれば、課題解決型のビジネスになる。

 地方と都会、企業と消費者、人と人、すべてのコミュニケーションにキャラクターマーケティングを挟もうというわけだ。

 だが、今までも出版社や映画会社などのメディアは同じようにIP(知的所有物)ビジネスを展開してきた。既存メディア大手とのいちばんの違いは「短納期で低コスト。コンテンツのPDCAサイクルが早い点」(椎木代表)だという。どういうことか。

映像業界の「ファスト」ビジネス

 従来のメディアは基本的な立脚点がマスプロモデルだ。制作・広告・流通コストが大きく、回収までに時間がかかる。

 「認知を広めるには、テレビを使わなければいけない。そうなると億単位の仕掛けになる。PDCAを回すどころか、一回失敗したら会社が傾く」(椎木代表)

 ディー・エル・イーが手がけるのは、数分単位のショートアニメ。制作人数が少なくコストは安い。流通先も最初はインターネットや地方ローカル放送局、映画館の本編上映前に流れるマナー動画など、視聴数こそ多くてもニッチな流通先ばかりだ。

 「僕たちは数日に1回のペースでPDCAを回している。失敗は多いが、そのぶん数日以内に学びがあり、成功させようという転換や修正ができる」(椎木代表)

 小さな予算から始め、伸びたら映画化でドカンと伸ばす。

 コンテンツの生産と改善をくりかえすことで、打率を上げる。『パズドラ』を生んだガンホーのような、スマートフォンのゲーム開発会社にも共通する仕掛けだ。椎木代表は素早く映像作品を作る同社のやり方を「ファスト・エンタテインメント」と呼んでいる。

 流通経路もできるだけ中間業者を省き、効果を見やすくするように心がけている。例えばヒット作『秘密結社 鷹の爪』もシネコンのTOHOシネマズに上映先・宣伝先を限定し、自ら製作・配給を担うことで利益を最大化した。

 しかし、椎木代表はもともとソニーの海外事業部出身だ。『るろうに剣心』『はれときどきぶた』といった日本映画を海外に売り込んでヒットさせる、いわばプレミアムコンテンツのやり手プロデューサーとして業界で名が知れていた。

 椎木代表がプレミアムコンテンツからファスト・エンタテインメントへと市場を移した背景には、映像ビジネスとして限界を感じた経緯があったのだという。

FROGMANは最初の「サラリーマン映像作家」

 仕事人として脂が乗っているうちに実績を出そうと、椎木代表がソニーから独立したのは34歳。最初の3年間はソニー時代と同じく版権の売り込みをしていたが、やがて事業に限界を感じ始めた。自分たちの上に、著作権者がいる構図は変わらないのではないか。

 「起業してもやってることは下請けじゃないかと、はたと気づいた。むしろ、いちばん川下に行っちゃってるんじゃないのかと」

 権利ビジネスで戦うかぎり、どんなに小さくても権利者にならなければ大きな成功は望めない。小さく始められて、大きく育てられる映像作品はないものか。

 最初に考えたのは漫画だった。アメリカには、DCコミックやマーベルのように会社に属する作家がいる。同じモデルがなぜ日本にないのか。アニメ業界には社員作家の文化があるが、漫画に比べて作品を完成させるのに関わる人数が多すぎて、コストも膨大だ。

 漫画とアニメのちょうど中間に見えてきたのが、Flashアニメだった。

 「Flashアニメは、作家の個性がありながら、業界としては確立されていなかった。『Flashアニメ業界では、作者が社員として帰属する』という常識を作れれば、著作権を手軽に攻められるビジネスモデルが出来るはずだと考えた」

 そうして出会ったのが、FROGMANこと小野亮氏。小野氏は当時、映像作品『管井君と家族石』などを”蛙男商会”というブランド名で売り込んでいたが、1人では成長に限界があると感じていた。「小野氏をパートナーとすることに迷いはなかった」と椎木代表。2人は最初の作品として『秘密結社 鷹の爪』を作り上げた。

 だが、当時のやり方は億単位の金をかけて大手放送局から放送枠を買う”投資型”。「制作費はかからないが、テレビという20世紀型のビジネスに乗って」(椎木代表)いる状態だった。

 経営が変わったきっかけは2008年。あわや会社解散目前まで追い込まれたとき、奇跡的なヒットに救われたのだという。

予算がなくても大ヒットした『パンパカパンツ』

 2007年当時、ディー・エル・イーは順調だった。劇場版『秘密結社 鷹の爪』も大当たり。キー局で人気タレントを使った番組を作り、大金をかけて露出枠を確保していた。翌年には上場を考えていたが、訪れた金融危機がすべての計画を台無しにした。

 「上場どころか大赤字の大失敗、債務超過に近づいた。けっこうな数の社員や役員が離れてしまった」(椎木代表)

 高コスト体質を脱し、低コストのビジネスモデルに転換しなければならない。会社全体が混乱している中で挑戦したのが、パンツをはいた子ブタのキャラクター『パンパカパンツ』だ。

000
パンパカパンツ「パンパカくん」

 パンパカパンツは、静岡放送(SBS)との共同事業として始めた企画。ローカル発のコンテンツを作りたいというSBSの要望を受け、ゴールデンタイムを含め、1分間のショートアニメを毎日何度も放送するという方針を決めた。

 30分間アニメの枠でなくても、繰り返し何度も見ていればかならずキャラクターへの愛着はわくはずだ。あえて業界の定石をはずして挑戦した。タイアップやグッズ化など、放送の外にも地元を中心とした展開も広げていった。

 結果、パンパカパンツは静岡から全国展開。昨年には劇場版も公開し、好評を博した。今春からは新たなテレビシリーズの放送も決まっている。LINEスタンプが世界ランキング1位を記録するなどデジタルコンテンツも絶好調。

 パンパカパンツは秘密結社 鷹の爪に次ぐ、ディー・エル・イー第2の柱となる人気のキャラクターに成長した。

 「天才の力を借りなくてもヒットが生まれた。宮崎駿さんや庵野秀明さんのような天才ではなく、ビジネスモデルでヒットが作れる。お金をかけず、知恵と交渉力で放送局や映画館の枠を利用させていただくモデルにした」(椎木代表)

 小さく生んで、大きく伸ばす。低カロリーのビジネスモデルを確立し、待望の上場を果たしたディー・エル・イーだが、椎木代表はさらに大きな世界に歩を進めようとしている。

欧米とアジアに事業を展開したい

 上場で狙っているのは海外展開だ。

 「日本の『EoT』文化を広めるためのメディアに食指を動かし、若者を熱狂させるネットメディアなどと組みたい」

 低予算で版権(IP)を回す枠組みを海外に輸出していこうというわけだ。アメリカではNetflixやHuluのような動画大手が伸びているが、いずれ関係を持つ可能性があるという。

 「名前は明かせないが、億単位のトラフィックを持っているメディアがファスト・エンタテインメントに興味を持ってくれている」

 欧米でファスト・エンタテインメントモデルを売りこむ一方、アジア市場には「ゆるキャラ」のようなキャラクターマーケティングを持ちこめるのではないかと考えている。

 「日本は、キャラクターを生み出す力だけではなく、キャラクター文化が素晴らしい。コミュニケーションにキャラクターを使うという文化はアジアにマッチする。中国でゆるキャラを作るとか、クールなものの担い手になり、M&Aも含めてやっていきたい」

『天才バカボン』大型ブランドの橋渡し

 ディー・エル・イーが現在手がけているのは、5月23日公開の映画『天才バカヴォン ~蘇るフランダースの犬~』。漫画『天才バカボン』としては初めての長編アニメ映画だ。

 ブランドの橋渡し役として、ある種「勝手に」バカボンをパロディ化することで、若い層にリーチをはかる。椎木代表が述べた「EoT」ビジネスの最新形態だ。

 「これまでのアニメ会社は、漫画家の世界観を可能な限りリスペクトして動かすだけの役割を担い、余計なことをするなという世界観があった。ディー・エル・イーの世界と化学反応を起こすことで若い人に見てもらえる。彼らの世界観と違うところで勝負する。『ディー・エル・イーだから、しょうがないよね』『あれは別のエンタメなんだよ』と言ってくれるところまで持っていければ」

 コストを省き、アイデアとプロデュース力でヒットを生みだす。ディー・エル・イーの事業モデルに、映像業界のみならず、モノづくりの将来が見えたような気がした。

000
ディー・エル・イー 代表取締役 椎木隆太社長

秘密結社 鷹の爪 ©DLE
パンパカパンツ ©MUC

■関連サイト
ディー・エル・イー

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります