夏の恒例イベントになりつつある、日本宇宙エレベーター協会の地上実証機実証大会『宇宙エレベーターチャレンジ』が、8月6日~9日の4日間、静岡県富士宮市にあるフィールドで開催された。第6回目の開催となる今年は、100キロの重量上げと2400メートル連続昇降にチャレンジしたチームも登場した。
『宇宙エレベーター』とは、静止衛星から地上に向けて“テザー”と呼ばれるカーボンナノチューブ製のケーブルを伸ばし、テザーに取り付けた昇降機で人や荷物を輸送するシステムのこと。宇宙エレベーターでの輸送コストはロケットの100分の1以下になるとも言われており、実現に向けて、大きく期待されている技術でもある。
これまではケーブル強度の問題で実現不可能と思われていたが、1991年にカーボンナノチューブが発見されたことで、一気に現実味を帯びてきた。現状では研究と社会への認知の一環として、地上での実証実験が行なわれている。
【補足解説:テザー】
大会で使用されているテザーはカーボンナノチューブ製ではなく、帝人のアラミド繊維テクノーラを織り上げたもの。900キロ近いNASAの火星探査機『キュリオシティ』を着陸させる際に、吊り下ろし用のケーブルとして採用されたことでも知られている。
地上実証機は、前回同様、ヘリウムガス入りバルーン(テザードバルーン)でテザーを地上から1200メートルまで吊り上げ、空中の走路を垂直に移動する昇降機“クライマー”の性能を実証する。
↑富士の裾野にバルーンを揚げ、自立型昇降ロボットの実現を目指す、SPace Elevator Challenge (SPEC) 2014。 |
■多彩なクライマーとミッションに挑戦
第6回大会には、大学や社会人、海外勢を含め全19チームが参加。テザードバルーンを低高度200m、高高度1200mまで上昇させ、幅30mmのベルト型、直径11mmのロープ型の2種類から、各チームの設計思想に合わせて対応するテザーを選択してチャレンジする。前回同様、実績を出したチームのみが、続いて200mを超える高高度に挑戦できる形式だ。
今年は昇降距離やスピード以外を目的としたチームが一定の記録を出すと同時に、失敗の傾向が一段と明確になってきた。一体、何が起きたのか。記録を出したユニークなチームごとに紹介していこう。
↑1200メートルのテザーだけでも100キロ以上あるため、直径6メートルのバルーン×3、小型バルーン×1を使って浮力を稼ぐ。合計で300キロ近い浮力だ。 |
■安定した100kgの重量上げにチャレンジ
宇宙エレベーターの目的は、地上から軌道上まで低コストで安定して人員や貨物を運ぶこと。……ならば、ペイロード(貨物)の搭載性能を目指すクライマーがあってもよいのでは? と搭載性能を強化してきたのが、社会人チーム The 4th Laboratory とそのクライマー『呑龍』だ。
↑本体重量が17kgもあり、運ぶのも一苦労な4th Labのクライマー『呑龍』。 |
上昇高度は低いながらも、65kgのペイロード(エレベーターの1人分の標準重量)以上を持ちあげて昇降するという課題に挑み、大会3日目には、高度100mまで運ぶことに成功した。
最終日となる大会4日目は、100kgの200m昇降に挑戦。重たげに123.7mまで上昇したものの、残念ながらそこで停止してしまった。保護回路が機能しているため落下等の危険な挙動は見せなかったが、バルーンとテザーごと引き下ろすこととなった。
呑龍はペイロード搭載の際に高負荷、中負荷、低負荷の3つのモードを持つという。本来は高負荷モードでトライするべきところだが、ギアの設定変更の問題で重量挙げを中負荷モードで試みたのが上空停止の原因のようだ。「トラックが荷物を満載して1速に入れることができず、2速で発進するようなもの」とチームリーダーの半井さんは原因を分析。アルミの部品は削れて粉が飛び散り、ローラーも1ミリは削れていて、負荷の高さをうかがわせたが、その力強さは大きく評価された。
↑重量物を確実に上昇させるため、径の大きなローラーを昇降準備のたびに取り外して付け直す。 |
↑ペイロードは100kg、20kgの砂袋を5袋。地上付近ではずるずる引きずって行くぼどの重量感。 |
↑見事に上昇。 |
↑スタックしたクライマーの前で、悔しさを表現。 |
↑記録は123.7mとなった。 |
■記録的な2400m連続昇降にチャレンジ
昨年、世界で初めて1100mのクライマー昇降に成功したチーム奥澤は、『momonGa-6。』で1200mを2往復する連続昇降距離の記録達成に挑んだ。
↑予選となる低高度の昇降では、上空での停止といったトラブルまったくなく、順調な仕上がりを見せた。 |
momonGa-6。は、前回のmomonGa-5。に続き、電磁ブレーキの一種、うず電流ブレーキを搭載している。チームリーダーの奥澤さんによれば「磁界中を金属体が移動すると制動力を受ける『うず電流効果』を利用したブレーキ」とのことだ。また、ペイロードを兼ねてテザーの張力を測定する装置を本体の後部に接続している。
モモンガ6は安定した昇降を見せ、2往復2400mの連続昇降に無事成功! 1回目は上昇に5分45秒、下降が11分9秒、2回目は上昇6分、下降7分01秒の記録だった。最長の連続昇降距離を達成し、現在、世界第1位の宇宙エレベータークライマー記録を誇っている。
↑全19チーム中、テスト時に唯一トラブルがなかったチーム奥澤のクライマー『momonGa-6。』。(画像提供:鎌田恭彦) |
↑1200mを2往復。2400mチャレンジを達成! |
■ドイツから重量型が参戦
ドイツ・ミュンヘン工科大学からは、ロープ型対応のクライマーを持って、チームWARRが参戦した。機体名『TUMRA-02』、通称“ビスマルク”。2009年、2010年にも参加して、当時としては高速の昇降を見せている。
↑右からチームリーダーのティムさん、通信機器関係を担当のジュリアスさん、ソフトウェア開発担当のヨハネスさん。 |
TUMRA-02は重量15kgと重く(軽量型のチームは最小で10分の1程度)、全長840mm、幅120mm、高さ80mmとサイズも大きめ。今回参加の中では、呑龍に次ぐ重量型クライマーだ。目標高度を達成した後は、自重で降下し、フライホイール・ブレーキシステムでブレーキをかけるという形式を採用している。
↑自重で降下するタイプのクライマーは他の参加チームにも多いのだが、ミュンヘンクライマーの場合は降下速度が秒速5mとやや速め。 |
↑ZigBee規格の通信装置を持ち、地上で走行距離などのテレメトリが取得できる。 |
パワーと重量感あふれるTUMRA-02は、200mバルーンでのテスト昇降3回を経て、最終日に1000m昇降に挑戦したのだが、テザーの張力が下がってたるんでいたため、コンクリート製のテトラポッドに激突。先頭に取り付けられた帰還判断用のプッシュスイッチが折れるというトラブルに見舞われた。しかしチームWARRは「30分で交換可能、機体損傷はない」といい、その頑丈さに「ドイツ車だ」、「ドイツ車だ……!」と周囲から驚きの声が上がっていた。
↑コンクリートに激突して先端のスイッチが折れるも、交換して再度の挑戦を行なった丈夫な機体。低高度テスト時には軽トラック荷台にも激突しているのだが「トラックの方が大丈夫かな」との余裕ぶり。 |
部品を交換して2回目の昇降に挑戦。クライマーは無事に上がって高速で上空へ。スタートから3分40秒ほどで設定の1000mへ達し、その高速性能を見せつけた。
↑テザーへの取り付けを高速化したというTUMRA-02。無事にスタート。 |
しかし1000m地点での停止後、そのままストップ。安全装置として通信切れから6分経つと自動的に下降を開始する設定のはずだが、6分経っても降りてこず、ドイツから来たクライマーも、呑竜同様、バルーンごと引き下ろされる結果に。
↑クライマー搭載のGoPro映像から。停止地点からはるかにフィールドを見下ろしている。 (画像提供:ミュンヘン工科大学 WARR) |
■高高度となる1000m越えにチャレンジ
続いて、1000m以上の高高度昇降に成功したチームを順次紹介したい。
慶應大学&まんてんプロジェクトチームは、3回目の参加にしてロープテザーで1000mの昇降に成功。昨年はテザーのスリップが激しくなかなか昇降できなかったが、今年は機体を長くして臨み、下降速度も毎秒1.5mと安定した動作を見せた。
↑慶應義塾大学チーム、クライマーを取りつけてスタート。 |
↑「上に参りました~!」喜ぶ慶応チームの石田さん(左)、笹木さん(右) |
↑1000m上空はほとんど見えないが、それでもずっと見上げずにはいられない。 |
センサー記録の情報取得にはスマホを使用。ログでは、“Goal”の表記を“Orbit”にしたとのことで、メンバーの石田さんは“Orbit reached”の表示に笑顔を見せた。「軌道エレベーターのゴールは、軌道です」というこだわりをもっているのだとか。
↑軌道に到達した昇降ログ。“Orbit reached”の表示に注目!(画像提供:チーム慶應&まんてんプロジェクト) |
↑無事に帰ってきたところで、機体下部の停止スイッチをポンと押す。 |
続いて、全5チームが参加した神奈川大学からは、江上研究室A、C、Dの3つのクライマーが連続して1000m昇降に成功するという好成績を上げた。
江上研Aチームは、ロープテザーで1200m昇降を達成。スタートから下降まで、16分01秒の記録だ。江上研クライマーの特徴として、下降時には、カチッカチッと連続してブレーキが効く音が聞こえ、しっかりと制御されていることがわかる。
↑高高度ロープテザーでのテストに臨む江上研Aチーム。 |
↑そして本番。1200m昇降に挑戦し、スタートするクライマーを見送る。 |
↑みんなで昇降成功記念にパチリ! |
江上研Cチームは、11.6kgと中程度の重量の機体を安全に制御し、ベルトテザーで1100mの昇降に成功。上昇に4分47秒、下降に19分10秒という記録を残した。
江上研Dチームは、ロープテザーで1150mの昇降を達成した。上昇から下降までかかった時間は12分39秒。チーム奥澤が2回目の昇降で出した記録が1200m13分01秒で、それに並ぶ高速さだ。
↑江上研Dチームのロープクライマー。 |
↑昇降時間が比較的速いにも関わらず、安定して降りてくる。降下時は、比較的高速に下りてゴール前で速度を緩める、一定の安全な速度で降下するなど、チームによって考え方も違うのがおもしろい。 |
↑こちらも見事に昇降成功! |
■“昇れない”、“降りられない”という課題
降下中の停止の原因として、降下の仕方が問題となったのが、慶応チームとミュンヘン工科大学のチームだ。
低高度テスト時にテザーが風の影響で横に寝た状態になってしまい、途中でストップしたのだが、自重式の場合、数メートル滑り落ちる→ブレーキ→滑り落ちる→ブレーキを繰り返して秒速1~5m程度で降りてくる。このとき、テザーが寝ているとテザーへの押しつけが強くなりすぎ、降りてこられない場合があるのだ。
降下方向の動力を用意すればとも考えられるが、加速して降りてくるということは、制御を間違うと自由落下以上の速度で落ちてくることになり、かなり危険だ。降下用のモーターと駆動輪も必要になる可能性もあり、機体重量やバランスに再考を迫られるため、なかなか難しい課題だと思われる。
今回初参加の湘南工科大学+大林組のチームは、2050年までに宇宙エレベーターを建造するプランを発表した大林組の石川さんが参加して注目を集めたが、走行制御のための無線LANの電波が想定の300mまで届かずストップ。事前に理論値と実際の違いを実証する必要が出てきたようだ。
さらに、クライマーにとっては熱トラブルも避けては通れない課題だ。今年は明星大学の軽量クライマーが、低高度バルーンでのテスト時に発煙トラブルに見舞われた。テザーを掴むローラーに巻きつけた表面材が外れ、スリップしてしまったために、上空でアンプが熱をもちすぎたのだ。
↑発煙トラブルを起こしたクライマー。 |
■次なる課題へ
目標を達成できたチーム、できなかったチームとそれぞれ結果は違ったが、全体的には長距離昇降、ペイロード搭載といった課題を消化し、クライマーに要求される性能を着実に上げてきている。来年以降は、目視不可能な2000m以上の高高度での自律制御や安全性への対応などが問われるようになるとだろう。
↑第5回大会で下降時に課題を残した青木研Aチームのクライマーも今年はきちんと達成。 |
また、宇宙エレベーターのテザーとして期待されるカーボンナノチューブは、現在使用しているアラミド繊維よりはるかに摩擦が低く、滑りやすい素材のため、アラミド繊維テザーにテフロン加工を施した摩擦の低いテザーを使用するなど、今後は難易度を上げたチャレンジが検討されている。来年以降、より複雑化、高度化した宇宙エレベーターチャレンジが見られると期待したい!
■関連サイト
JSEA 一般社団法人 宇宙エレベーター協会
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