MacPeopleにて好評連載中のコラム「我が妻との闘争」。Macを愛し、毎夜ホームページ作成に挑むサラリーマン、呉エイジさん。新製品やOSを買いたい気持ちはやまやまですが、小遣いは月2万、加えてとにかく無駄使いを嫌う奥さまに「Macを卒業しろ」「金食い虫」「ダメ夫」と嫌みを言われる毎日。本作は鬼嫁の迫害に耐えながらMacを愛し続ける男の悲しい記録です!
すでに紙版で発売されている1〜4巻と、2009年1月号から2011年6月号までの全30話を収録した第5巻が9月26日に電子書籍で発売されました。ここでは、「第3巻 極限亭主の末路編」から、「甘えられた日」を丸ごと掲載しちゃいます。
甘えられた日
子供が寝静まったあと、嫁がイキナリ背後から抱きついてきた。
「アナタァ~。お話があるの」
駆け抜ける悪寒!
一体何がどうしたというのだ。常日ごろから私を怒鳴り散らし、Macの新機種購入を華麗に蹴散らし、夫婦という関係を超越した「支配者」とでも言うべき嫁が一体全体どういうことか。この甘ったれた猫なで声は。
「な、なんやねん。なんでイキナリそんなに優しい声やねん」
こんな優しい声で話しかけられたのは、新婚旅行でハワイの沈みゆく夕陽を眺めながら2人の明るい未来を語り合った日以来である。
「なによ。優しい声やったらアカンのん。アンタはガミガミ言う奥さんが好みなん?」
「そ、そんなことはないけど、態度が昨日までと違うやないか……っていうか今朝と比べても全然違うやないか。オカシイって思うのは当然やろう」
嫁は両目を寝かせた三日月のようにして微笑みながら、訳のわからぬパンフレットを広げて「アンタはまた冗談ばっかり」などの言いながら寄り添ってくるのであった。
「チョット見てほしいもんがあるんや。ジャジャーン」
嫁が音程の狂った口ファンファーレとともに見せたものは、男でも知っている某化粧品会社のカタログであった。
「私はアンタにガミガミ言いつつも、結構アンタに必要なモンを家計から出してきたよなぁ。でも反対に私には何もなかったよなぁ。実はな、最近顔のシミが気になりだしてきてな。まだウッスラなんやけど今ならまだ間に合うんや」
「で、この高そうな化粧品セットかいな。今までの化粧品でエエンと違うんか?」
「違うんや。全然違うんや。この前に試供品を使ってみたんやけど、今までの中で1番私に合ってるんや」
嫁はかなり熱を込めての話しぶりだ。使ってみて、その違いに相当驚いたのだろう。
「で、一体何をそろえたいねん」
「言うで。よう聞いてや。下地、化粧水、乳液、ファンデーション、パック、洗顔料、化粧落としのセットなんや」
嫁は目をヒン剝きながら一気にまくしたてた。
女にとってはどれも外すことのできない大事なものなのだろうが、男の私にとっては、どれもピンとこないものばかりである。それだけのものが本当に必要なのか?
まず下地ってなんやねん。家でいうところの基礎工事みたいなものか? 顔のデコボコをとりあえず平らにしてくれるパテみたいなものだろうか。
化粧水。これもどういった効果があるのか全然わからない。
水道水ではダメなのか?
乳液。これはビジュアルはイメージが湧くのだが、どういった効能があるのかサッパリコッキリである。アルプスの高原で新鮮な草をたくさん食べた牛の乳だけを厳選し、お肌をスベスベにしてくれるようなモノなのだろうか。
ファンデーション。これは知っている。お袋もコンパクトを開けてパタパタやっていた。これは必要な部類だろう。
パック。嫁の顔をさらにおぞましくする「犬神家の一族」のスケキヨみたいなアレだ。しかしあそこまで眉間にシワが寄っているのをいまさら修復できるのであろうか。
洗顔料。これはウチでは贅沢品だろう。わざわざ顔を洗うだけのために専用の高価なものを買う気なのか? 私がシャンプーが切れて困っているときに「石けんで洗っとけ」と怒鳴ったのはどこの誰だ。どの口が言うとるんじゃ!
そして最後に化粧落とし。
これだけ金をかけといて結局、全部落とすんかい!
「それプラスな、ついでに口紅とマスカラもそろえたいんや。そしてシミを直すのは体の内側からって書いてあったんや。ビタミンの錠剤セットも絶対にいると思うんや」
嫁は「いましかない」というような目で私に訴えていた。「Macの買い時はいましかない」は私の専売特許ではないか。
「それでな、来月はホレ、アンタが一生懸命働いてきてくれたアレが……」
「おボーナスが出るやんか」
何が「おボーナス」やねん。なんでそこだけ変な丁寧語やねん! 心の中のツッコミは留まることを知らなかった。
しかし、だ。フト気が付けば、これは普段の私をそのまま見ているのも同じではないか。Mac本体は当然のこと、快適に作業するには絶対にたくさんのメモリーがいるんや。
バックアップには外付けDVDドライブが欠かせへんのや。大容量の外付けハードディスクは効率よく作業できるんや。機械オンチの嫁に力説しても嫁には理解できないものばかりである。
他人の目からは「本当に必要なのか?」と思ってしまう数々の品物も、使っている当人にとってはどれも外せない大事なものばかりなのであろう。いまこそ夫婦の相互理解を深めるときなのかもしれない。
それに結婚以来、ボーナスは貯金に回していた嫁が、初めて自らボーナスを切り崩す。これは交渉次第によっては「おこぼれ」にありつけるかもしれない。ここは寛大な態度で接したほうが後々プラスになるハズだ。
「わかった。オマエがそこまで言うのなら許そう。珍しくもらってすぐのボーナスを使うって言うくらいだから絶対に必要なモンなんだな。ボーナスは夫婦で有効に使ってこそ価値があるもんなぁ」
どうせ切り崩すボーナスなのだから、この際お互いに必要な物を買いまくって円満に事を進めようとひそかに目論んだ。
最高機種のMacとは言わない。もう入門用の低価格マシンでも全然不満はない。そう決心して、私が「最近調子が悪いから新しいMacを……」と言おうとしたそのときである。
「ありがとう。じゃあ協力してな。この化粧品フルセット15万するねん」
「残りはマイホームのために締めていくで」
い、いまの聞きましたか? 皆さん。そうです。どうせ私は「ムシり取られ人生」なのです。給料もボーナスもブラックホールのごとく暗黒の彼方へ吸い上げられていくのです。夫とはそういう生き物なのです。
我が家ではギブ・アンド・テイクなどあり得ません。
ギブ・アンド・ギブオンリーなのです。
この冬も新しいMacは論外の年となってしまいました。もうギブアップです。
これを読んでいる独身者諸君……心して耳を傾けてほしい。
ダンナにとっておボーナスは無縁です
と、ひと言いっておきたい。
このほか第3巻では、念願のPower Mac G4をゲットした代わりに内緒にしていた本連載の存在が母親にバレてしまい……そんなエピソードが収録されています。ぜひ全編お読みください!
「我が妻との闘争」1〜5巻は、「BOOK☆WALKER」で9月26日から発売開始。1〜4巻は300円、5巻は800円。iBookstoreやAmazonをはじめ、各電子書籍ストアでの発売は10月10日以降。配信が決まり次第、お知らせいたします。
●関連サイト
・BOOK☆WALKER
・Kure's Homepage
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