2000年から毎年開催されている日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス『CEDEC(Computer Entertainment Developers Conference)』が、今年もパシフィコ横浜で8月21~23日に開催された。
ここでは、2日目に行われた、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社の代表取締役兼プロデューサー・森下一喜氏の基調講演の模様をお届けしよう。
総ダウンロード数が1800万を超え、未だに勢いが衰えない『パズドラ』を抱える同社。森下氏が明かしたのは、そのヒットにあぐらをかかない、開発者としての実直な考え方の数々だった。
↑森下氏は『パズドラ』のモンスターが金色で描かれたハデなシャツを着て登場。ガンホーのスタッフはこれを着て浅草のサンバカーニバルに参加するそうだ。 |
●ヒットを生み出す方程式は「やっぱ、ない」
今や国民的なゲームとなった『パズドラ』。これだけの人気アプリを生み出しても、森下氏はヒット作品を作るための方程式は「やっぱ、ない」と断言し、「そんな方程式があれば、みんな成功しているんです」と語った。ガンホーの業績向上に大きく貢献したオバケアプリも、実は狙ってヒットさせたものではないというわけだ。
今回の講演のテーマは“開発賛歌”。“ヒットを生む方程式”こそないものの、ゲーム開発は素晴らしいものであるとして、森下氏はガンホーがゲームを開発する際に心がけていることや注意していることを開発者の視点で語った。
↑『パズドラ』ヒットの秘密を知ろうと集まった人は、いきなり肩透かしをくらったかもしれないが、講演で語られたのは「方程式」にも匹敵する実用的な内容だった。 |
●人気ドラマのセリフが次々飛び出す基調講演
森下氏はまず、「最近TVドラマをよく観ているんです」と、開発とは無関係とも思える話題から講演をスタートした。なんでも、気になるドラマを録画しておいて、深夜にまとめて観ることが多いそうで、「面白い番組が多い」と素直に感想を語った。同時に、ゲーム開発もどこかドラマ的であると述べた。ソフトを長年開発していると、開発に失敗して涙を流すことがあったり、会社に来なくなってしまう人がいたりと、さまざまな人間ドラマを味わうことになる。成功も失敗もあるが、それでも1人1人が協力してみんなで物を作れるところが素晴らしいと、ゲーム開発という仕事の良さを強調した。
そんなドラマ漬けの日々を送っているためか、今回の講演は「ドラマチックなゲーム開発」という切り口で、人気ドラマのセリフを引用しながら、“開発”や“運営”などのテーマごとに構成したとのこと。
●「つまらぬものはならぬものです」
第1話は“企画”がテーマ。『八重の桜』の有名なセリフ「ならぬことはならぬものです」をもとに、つまらないゲームの企画はダメと前置いたうえで、『孤独のグルメ』の有名なセリフを用いながら、企画のアイデアを考えるときの心構えを畳み掛けた。
↑「孤独のグルメ」の主人公が、1人で食事をするという行為に対して放った格言。 |
↑引用してアレンジしたセリフ。アイデアを考えるときは天邪鬼であるべし。 |
森下氏は自らも“天邪鬼”だと認めたうえで、企画を考えるには天邪鬼であることが重要と説き、アイデアを考える際に重要な3つのポイントを挙げた。
まずは、遊びの核となる部分には「くどくど説明しなくてもわかってもらえる直感的な面白さ」が必要であると述べた。
次に、「右斜め上の思考」として、すべてがまったく新しいアイデアでなくても良いと語り、アイデア同士をくっつけて新しいものが考え出せればよいとした。これは常識に囚われず、アイデア同士の足し算や掛け算で新しいものを作ろうという提案だ。3つ目はマーケティングの結果や業界の習慣・意見に流されてはダメだという助言。ここでは他人に従わないことも時には必要と“天邪鬼”であることを再び肯定した。
↑分析結果や周囲の意見に流されず、自分の作りたいという信念や感覚を信じるわがままな気持ちも重要とのこと。 |
また、「ガリレオ」のセリフを引用し、「新作を考えるという行為は、開発者に与えられた最大の楽しみだ」として、企画はプランナーだけが考えるものではないと自論を展開。
↑ガリレオの元のセリフがこちら。 |
少数で作るスマホ用アプリだからこそ、デザイナーやプログラマーも企画に参加して一緒に考えて作るべきとした。そのためにも、アイデア出しを含めて、常に考える癖を身につけることの重要性を説いた。特にアイデアはすぐに出てくるものではないからこそ、普段から考えていることが重要なのだという。また、プロデューサーは、自分の作ったゲームを成功させるため、5年後10年後にどうなっていくのかを妄想する能力も必要とのことだ。
↑こちらも『八重の桜』のセリフ。 |
↑こちらが加工後。何かを開発する際に、『パズドラ』の成功体験に縛られそうになることがあるとのことで、実感のこもったセリフかもしれない。 |
また、企画するゲームがネイティブアプリか、ブラウザかということについては、ドラマ『半沢直樹』のセリフを使って
下の写真のように表現。
↑主人公の過激な言動が話題を呼んでいるドラマ『半沢直樹』のセリフ。 |
↑ネイティブアプリかブラウザかは作るゲームの内容で決めるそうだ。 |
『パズドラ』などガンホーの人気アプリがブラウザゲームでないのは、「ゲームの手触り感を重視した場合にネイティブで作るしか方法がなかったから」だそうで、ネイティブアプリが増えてきたからその流れで決めたわけではない点を強調していた。
さらに、ネイティブアプリも含めて、流行の波が来ているから乗るのではなく、流行は自分で起こすことのほうが重要であることも付け加えた。したがって、プラットフォームや開発手法の選び方も、創りたいものによって変えるべきであるとした。
↑「波は乗るのではなく、起こすもの」という考え方は、25歳ぐらいのときに六本木のおかまバーに行った際に教わったのだそうで、名言として森下氏の心にずっと残っているそうだ。 |
企画のなかには当然ボツになるものや、開発段階まで進んでも途中で中止される場合がある。ガンホーでは、それらのゲームのソースコードや企画書をすべて捨てず、保存してあると明かした。その理由は、日の目を見なかった企画でも、将来的に他のアイデアと結びついて活用できる場合などがあるからだそうだ。したがって、ボツ企画が多くても宝の山と考えているとのこと。
●第2話“開発”
次は開発がテーマ。まずは、開発するうえで大切なことを、再び『半沢直樹』のセリフで説明した。このテーマに関しては引用元のセリフにある「人と人との繋がり」についても言及し、ゲーム開発はチームで行うものであるため、互いに尊敬することの重要性についても触れた。ゲームがつまらなくなっている場合は、開発者同士のコミュニケーションがうまくいっていない場合が多いそうだ。
↑こちらは元のセリフだが、業種に関係なくそのまま使えそうな内容。 |
↑開発用に変えたセリフ。コアとなるゲームメカニクスとゲームサイクルのつながりの大切さなど、内容も専門的なものに。 |
変更したセリフの説明においては、まず、プレイヤーに長く遊んでもらうためのエコシステムを創ることの重要性を挙げた。ガンホーでは、ゲームのリソースを一度分解して、それぞれがうまく機能してプレイ上の矛盾などがないかを検証するのだそうだ。これをせずに思いつきで要素を足していくと、ゲームのサイクルにヒビが入り、悪化してしまうとのこと。その確認のためにも、ミクロではなく、マクロの視点からゲームシステム全体を俯瞰して観ることが重要になるという。
次に、修練度と偶発性のバランスを盛り込むことについて触れた。長く遊んでうまくなったと実感できる修練度の要素に偶発的な要素を加えることで飽きずにプレイしてもらえるという。
また、ゲームをプレイしたときのイメージを頭の中でビジュアルとして再生できることも重要であるという。『パズドラ』のプロデューサーである山本大介氏はゲームの完成形が見えていたため、開発中もお互いにやり取りがしやすかったそうだ。
開発を本格的に始める前に創るプロトタイプについては、本開発の承認を得るために創るのではなく、開発チームが最終形を共有するために使うべきであると述べた。
さらに、開発していて気になることがあれば、放置するのではなく意見を言うことが必要で、政治的な理由で妥協してしまったり、誰かがやってくれるだろうと人任せにするのは罪悪だという。
↑これも『ガリレオ』からの引用を変更したものだ。 |
●第三話“運営”
森下氏はまず、『八重の桜』のセリフを借りながら、これからは運営と開発が一体になっていることの重要性を語った。
過去、自身が運営だけを任され、開発したいことがあっても関われなかったという苦い経験をもとに、開発と運営が一緒になって日々の運営を行い、面白いゲームを提供することが大事だと述べた。これはサービスインがゴールではないという言葉にも表れており、アクティブユーザー数が最重要であるという論にもつながっていく。売り上げに関しては、グラフに1回山が描かれるような売れ方ではなく、その山が連なる山脈型になることが大事だと述べていた。
↑面白いゲームを創ることが第一で、運営、開発というようなセクショナリズムに囚われている場合ではないと説く。 |
運営を続けているとどうしてもトラブルが発生してしまうものだ。これについては、トラブルは対応しだいでチャンスに変わるとして、ユーザーにできる限り早く、詳細に状況を伝え、迷ったら正しいと思ったことをすることが大切だと述べた。
●第四話“経験”
開発や運営上で発生する失敗については、「僕たちにもあるんだよ。失敗から学んだ勘というものがね」という引用文にもあるように、数多くの失敗と少しの成功によって勘が磨かれていくと説明した。ゲーム開発は失敗も多いが、そんな時も逃げずに常に前向きでいる姿勢の重要性についても触れた。
ゲーム創りを教えるには、本人にゲームを創って経験を積んでもらう以外には方法がないとも述べていたが、これは至言だろう。
↑謙遜の意味を込めてなのか、こんな文章も(元は『半沢直樹』の”正義はたまに勝つ”)。 |
●第五話“最後に”
最後にまとめとして、森下氏はいくつかのメッセージを伝えた。
↑『八重の桜』のセリフを使ったこのメッセージは、10年後、100年後はこの業界をもっと大きなものにしたいという希望で、そのためには開発者1人1人の志が重要になると述べた。また、意志があれば誰でもヒット作を生み出すチャンスがあり、高い意識を持っていればその機会は巡ってくるはずと開発者を激励した。
↑「これだけが言いたかった(笑)」と森下氏。 |
最後に『半沢直樹』の「やられたらやり返す! 10倍返しだ!」のセリフを「つまらなかったら創り直す! ちゃぶ台返しだ!!」と変え、開発者としてのポリシーを伝えつつ、会場の笑いを取りながら講演は終了となった。
●関連サイト
CEDEC
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