地上と静止軌道をカーボンナノチューブ製のテザー(ケーブル)で結び、昇降機で安定的に人や物資を運ぶ宇宙輸送システム、宇宙エレベーター。実現すれば宇宙への輸送コストが大きく下がると言われている。また、NASAや米プラネタリー・リソーシズなどが目指す小惑星での資源採掘が実現した場合、採掘したトン単位の資源を安定的に輸送できる宇宙エレベーターのようなシステムが不可欠だ。
現状では、テザーの素材となる強度と長さを備えたカーボンナノチューブテザーがないため、すぐに宇宙エレベーターを建設することは困難だが、宇宙エレベーターを構築するとすれば、何を検討しなくてはならないのかを考える取り組みが、地上で行なわれている。静岡県富士宮市、大沢扇状地で8月7日~8月10日に開催された、日本宇宙エレベーター協会の昇降機実証大会の様子をレポートしよう。
↑富士山の西側、広大な遊砂地が広がっている。人工物のない安全な競技会場だ。
『第5回宇宙エレベーターチャレンジ SPEC 2013』で目指すのは、地上でのひな形となる“バーチカルテザーシステム”で対地高度1200メートルを実現すること。そして、テザー上を移動する自律型ケーブル昇降ロボット“クライマー”が1200メートルまでの昇降を達成することだ。
“バーチカルテザーシステム”とは、テザーをヘリウムガス入りのバルーンで吊った垂直の走路のことを指す。テザー素材は幅35ミリ、テクノーラ素材のベルトと、直径11ミリのロープの2種類。それぞれをヘリウム入りバルーンで吊るす。ケーブル重量は各100キロ超となる。
補足:テクノーラとは、帝人製のパラアラミド繊維で、高強力・耐疲労性・耐熱性に優れた合成繊維。NASAの火星探査機キュリオシティが火星に着陸する際、機体を吊り降ろす作業にも使われているもの。
↑ヘリウムガス入りのバルーンから吊り下げたケーブルを昇降機が移動する。 |
↑クライマーに搭載される“メジャーメントペイロード”は宇宙への輸送を意識した、10センチ立方の超小型衛星キューブサット1Uを模した形状。 |
2012年の競技会では、バーチカルテザー高度1200メートルを目指したものの、テザーを吊るバルーンが安全装置の誤作動で破裂するというトラブルが起き、浮力不足で800メートル程度までしか係留できなかった。ヘリコプターでテザーを吊ったアメリカの大会で記録された、1000メートル越えが関係者の目標だ。
結果、大会最終日に見事、高度1200メートルを達成。直径6.75メートル、大サイズのバルーン3基、4.5メートルの小バルーン3基と、用意した資材すべてを結集して浮力を向上させ、宇宙エレベーターの名にふさわしい垂直の立ち上がりとなった。
■低高度200メートルでのクライマー昇降競技予選は大混戦に
今年のクライマー競技では、まず低高度200メートルのテザーで予選を実施。制御・機能・エネルギー効率・安全設計の4つ基準で評価し、安定して昇降できたチームのみが高高度に挑戦できる。
競技には大学の研究室や高等専門学校、社会人など13団体17チームが参加。大会側が用意した計測用の“メジャーメントペイロード”を搭載することで、加速度や温度、気圧、GPS測位、電流電圧などの数値が公式に記録される仕組みだ。
予選は200メートルのバルーンで行なわれたが、経験を積んだチームが多いにも関わらず、結果は大混戦。優勝経験のある神奈川大学江上研究室チームは4機のクライマーがエントリーしたものの、20分という時間内に昇降まで至らなかったり、プロポと呼ばれるラジコン用コントローラーを使ったテスト昇降(手動制御)にとどまるクライマーが続出。第1回競技会から参加している社会人チーム、チーム奥澤の機体は上空200mでベルトテザーのよじれを噛みこんでスタック。昨年から参加した慶応・東工大チームにおいては、ロープテザーが脱輪して昇降できず、必死で機体を修正した後にプログラムのトラブルが発生するなど苦戦が続いた。
↑フライホイールによる姿勢制御を試みた、経験もある神奈川大学機械工学科 江上研究室チーム。
↑同じく神奈川大学機械工学科 江上研究室チームからベルトテザー対応の機体も参加。
↑昨年から参加している慶応・東工大有志チームは、ロープテザーの脱輪というトラブルと、設定した高度まで上昇しないというプログラムトラブルに見舞われた。
↑社会人チームのThe 4th Laboratory。
The 4th Laboratoryは、高高度上昇よりも重量級のペイロード搭載を目的としているため、競技でも65キログラムのペイロード(砂)をぶら下げての昇降を成功させた。
テザーに止まっていた蛾が入ってしまうというトラブルに見舞われたのは、昨年から軽量高速の機体で参加した明星大学 山崎研究室チーム。異物混入は危険と判断され、あえなく終了となってしまった。
競技会中に2回もクライマーが火を吹くトラブルが起きたのがチームアクエリアスだ。第3回大会にひとりで初参加し、時速60キロの高速クライマーで優勝をさらっていったこともあり、注目度は非常に高かったが、予選で10メートルのテスト昇降を開始したとたん、黒煙と炎が吹きあがった。ただちに消火剤をかけられて鎮火したものの、バッテリーの被膜が溶け、中のセルが覗いている状態に。
発火個所はモーターの回転や方向などを制御するモータードライバーで、クライマーにとっては重要な部品。機体を修復し、モータードライバーを予備に交換して再挑戦したのだが、まったく同じ個所から再び発火。過電流など機体設計上の問題か、部品に問題があったためか、原因は検証中とのこと。
↑日本大学 青木研究室は昨年に引き続き回生ブレーキを搭載、降下時のエネルギーでLEDを点灯させるクライマーで参加。
↑予選参加時のチーム奥澤。テスト昇降をくり返しながら、不具合を修正していく手腕が見事で、テザー取り付けから200メートル昇降×3回をウインドウ20分間の間に実現した。
↑3連結の機体でクライマー破損に対応する“宇宙列車”タイプの日大青木研チーム。
↑日本大学理工学部入江研究室のクライマー。面積の大きな空力ブレーキは速度を出して高高度上昇を行なった後に効いてくる。
↑小型軽量ながら、メジャーメントペイロードも搭載できる明星大学山崎研チーム。
↑チーム アクエリアスが登場すると人が集まってきた。質問しているのは、JAXA宇宙科学研究所 高野忠名誉教授。
↑ハンディカムに取り付けて360度映像が撮影できるカスタム全周魚眼レンズも用意。
↑200メートル低高度バルーンでの予選に臨むチームアクエリアス。競技フィールドを見降ろす崖の上には、注目の高さから人だかりができるほど。
↑モータードライバーが発火し、機体は消火剤まみれに。反対側からは炎がかなり吹きあがっていた。同じトラブルが2回続いてしまい、昇降ならず。無念。
大会3日目、ウインドウ20分以内に200メートルを3往復という条件を確実にクリアーしてきたのはチーム奥澤のみ。時間は多少オーバーしたものの、近い条件でクリアーしたのは日本大学理工学部青木研究室Aチーム、同研究室Bチーム、日本大学理工学部入江研究室チーム、明星大学山崎研究室チームの4組だった。
その後、残り1日で1200メートルに挑戦するか、低高度でもなんとか確実な実証の場を確保するか、どちらを優先するべきか、運営による協議が行なわれ、「時間、バルーンの浮力、人員などリソースはすべて集約して最高の舞台を作ろう」と1200メートルに挑戦することが決まった。
↑最終日前夜のミーティングで挑戦するチームを募ったところ、5チームが立候補。
■大会最終日、1000メートル昇降に初挑戦!
最終日は、快晴で風のない絶好のコンディション。大バルーン×3、小バルーン×3を集約し、1200メートル掲揚に挑戦する条件が整えられた。
↑6つのバルーンを結集して高高度掲揚に挑戦。
↑ロープ繰り出し距離を測る計測器も用意された。
■チーム奥澤の挑戦
最初に挑戦したのは、予選で最も好成績をあげているチーム奥澤のクライマー“momonGa-5。”。上昇設定高度はバンパー激突を避け、またバンパー付近にベルトの“よじれ”がたまって噛みこんでしまうトラブルを避けるため1100メートルとした。
スタート時にわずかにスリップする音が聞こえ、チームも実行委員も手に力が入ったが、すぐに順調に上昇を開始。午前11時すぎ、太陽が天頂に近い中、クライマーはまっすぐに安定して昇っていく。
1000メートル以上ではバルーンのみが薄い雲の中に見えている状態で、クライマーを目視することはできないが、音は聴こえる。3分ほど上昇した後、設定距離の1100mを検知して停止。制御の効いた安定感のある音を響かせ、クライマーが戻ってきた。ブレーキが効いてモーターの回転数が落ちる音を聴くことがうれしいと感じる体験も、この大会ならではのものだろう。
地表付近、200メートルほどでプロポの電波が到達する範囲に入ると、クライマーは自律モードから手動モードに切り替わる。地表付近はテザーが木立にかかっていることなどがあり、上空とは条件が違うため、目視できる範囲では手動で操作して生還率の向上を目指すという設計。5回という大会参加経験と設計思想がしっかり噛み合った、大人のクライマーだと感じた。
↑垂直に立ちあがったベルトテザーにクライマーを取り付け、上昇を開始するチーム奥澤。天頂方向へ昇っていくクライマーを皆で見守る。
↑実際の昇降シーンを搭載カメラで記録した貴重な動画が公開されている。
↑無事帰還したクライマーと喜ぶチーム奥澤のメンバー4名。
<チーム奥澤代表、奥澤翔さんのコメント>
ついに1000メートルの大台に乗ることができました。本当にバルーンが上がるのだろうか? という懸念もありましたが、運営委員会側が死に物狂いで1200メートルのバルーンを上げ、舞台を作ってくれたので、ならば、昇降機開発側も意地でも昇降させてやらなければならない! という気概で挑みました。
整備は“できることはすべてやった。これでダメならしょうがない。”という状態まで、入念に行ないました。クライマーはスタートしてからは、自動で昇降します。1000メートル超えからは駆動音を聞きながら、祈るような気持ちで天を仰いでいましたが、無事に昇降が完了したときには、大きな達成感と無事に動いてよかったぁという、安堵感の2つが同時に押し寄せて来ました。
↑2009年、第1回JSETECに参加した際のチーム奥澤と1号機。クライマー性能も、経験も5年間で各段の進歩を遂げている。
■日本大学理工学部青木研究室Aの挑戦
日本大学理工学部青木研究室Aの“クオレ”は、機体を3つに分け、列車のように連結することでロープテザーのたわみに対応するクライマー。下降時には回生(発電)式でエネルギーをLEDに流すモーターブレーキと、バックアップの機械ブレーキを搭載しており、もし上空でバンパーに激突し、駆動部が片方損傷することがあっても、もう片方で降りられるよう設計されている。昇降時には高度1200メートルへの上昇に成功したが下降時、自由落下に近い状態で下部バンパーに激突し機体下部が押しつぶされるという結果に。
↑1200メートル高度に挑戦する、日大青木研Aチーム。上昇は順調。
↑テレメトリ班がクライマーの状態を計測中。
↑下降時は自由落下に近く、バンパーに当たって機体下部がクラッシュ。
■日本大学理工学部青木研究室Bの挑戦
Aチーム同様、3連結クライマーのベルトテザー型のクライマーで挑戦。昨年の実績を越える設定高度600メートルまで正常に上昇したが、下降時にテザーのよじれを噛みこみ、ゴールまでの距離2~3メートルを残して止まってしまった。
↑600メートルの昇降を目指し、ゴールまであとわずかのところでテザーよじれを噛んでスタックした日大青木研Bチーム。
■日本大学入江研究室の挑戦
日本大学入江研究室からは、昨年大会でクラッシュしたクライマー『サジタリウス』が再挑戦。バンパー設計がうまく働いたことによって機体の8割が無事に残ったのだ。大きな改良点は、下降時に空力ブレーキを利用して減速できるようにした点。これは新幹線高速試験電車『FASTECH 360 S』(通称ネコミミ新幹線)をヒントにしたもの。
1000メートル上昇は到達せず、下降の際に発煙。バッテリー安全回路は正常に動作したものの、バッテリーの過電流防止回路に取り付けられた9ボルト電池から発熱してしまった。
↑写真左下、ヒートシンク状の本体一部に昨年クラッシュした傷跡が残る日大入江研チームのクライマー『サジタリウス』。空力ブレーキにはチーム名が書かれている。
↑取り付け後、上昇スピード最速を目指して上昇(左)。下降時には空力ブレーキが開く(右)。
↑バッテリーの安全回路が焼けてしまった。
■明星大学山崎研究室の挑戦
明星大学山崎研究室は、軽量高速のクライマーで参加。高度500メートル程度まで上昇後、想定外の高速で下降してバンパーに激突した。予選の際に、設計に反して下降速度が遅すぎて不安を残したため、調整が裏目に出たことも考えられる。
■静岡大学SATの挑戦
トライアルで成績を出し、高高度昇降に後から参加した、静岡大学SATTチーム。クライマーをカパッと開けてテザーを挟んで閉じるだけの素早く確実な取り付けは、競技の上では有利だ。残念ながら上空でスタック。クライマーごとテザーを引き下ろし、最終日の競技は終了した。
↑トライアル競技で結果を出し、高高度昇降に挑戦した静岡大学SATTチーム。
↑ロープテザーへ素早く取り付けられる静岡大学SATTチームのクライマー。予選では対応していなかったメジャーメント・ペイロードも取り付けて高高度昇降に臨んだ。
↑スタートからロープテザー上を400メートルほど移動したところでスタックし、テザーごと機体を引き下ろした。
17チームそれぞれ、大きな成果を出したところもあれば、クライマーの実証にとどまったところもある。実績があるチームや、設計思想に優れたチームであっても屋外で実証となると、予想外のことが起きるのが常だ。
来年、高度2000メートルを目指すかどうかはまだわからないが、奥澤翔さんの「今後も、さらなる高みを目指して頑張りたい」という気持ちが、どの参加者の心にもあるのではと感じさせられた取材だった。
↑日没が迫り、4日間に及んだ長い大会も、新たな記録を生み、無事終了した。
■関連サイト
一般社団法人宇宙エレベーター協会
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2,520円
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1,995円
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4,200円
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