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Amazon創業者は自分の満足のためにワシントン・ポストを買ったんだと思う:遠藤諭寄稿

 人が買い物をするのを見るのは、自分に関係していなくても楽しいものだ。もちろん、本人はもっとワクワクだろう。動物でも同じ所有権獲得の一端なのだから当たり前なのかもしれない。それくらい基本的な本能によるものなのだが、なぜか買い物をテーマにした映画やハリウッドドラマというのは見当たらない。恋愛ドラマ、冒険活劇、ときに食欲の映画もあるが、買い物は脇役にしかならない。それは、買い物は直感的なものだからだ。

 アマゾンのベゾスCEOが『ワシントン・ポスト』(Washington Post)を買収するとして話題となった。米国では、新聞が休刊に追い込まれたり、新聞社自体の経営破たんが続いている。ちょっとググってみると、2009年にすでに上半期だけで100紙以上が消えたそうで、そんな状況下でのワシントン・ポスト買収には、多くのメディア関係者を驚かせた。

ベゾスは、やっぱり自分の満足のために新聞を買ったんだと思う:遠藤諭寄稿
↑アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏によるワシントン・ポスト買収を伝える記事。

 たぶんベゾスが、創業130年の有力紙を救うために買ったのだとしても、それは理由の数%くらいだと思う。アマゾンのために、世の中のすばらしい書店がつぶれても、ベゾスは気にしない。ネットの成功者は、基本的に破壊者だからだ。世のため人のためというのなら、同じ資産の1%をジミー・ウェールズに寄付してやってほしい(Kindle Fireの一部の機種では、同社の買い物ページとWikipediaだけは通信費がかからないとかやっているわけだから)。

 ワシントン・ポストの買収額は、2億5000万ドルだそうで、私の周りには、これは1877年創刊の老舗有力紙のお値段としては「安い」という人が多い(メディア関係者が多いからだろうか?)。さまざまなメディアで、いろんな買収金額と比較されているが(楽天のkobo買収より安いとか)、私が比較したいのは、2011年9月に、グーグルがレストランガイドの『ザガット』(Zagat)を買収したときの1億5000万ドルである。

 もっとも、グーグルのほうは、すでにザガットのデータを使って『Field Trip』というアプリを提供している。ユーザーの位置情報をもとにレストランや観光情報などを表示、イヤホンで案内も聞けるという旅行ガイド本にとって変わるサービスと言える。子会社となったザガット自身も、7月に、『Zagat』のアプリをリリースしたばかりだ。

 ザガットは、グーグルの検索や地図という同社の主力商品との相性がバツグンで即効性のあるコンテンツというわけだ。

 一方、アマゾン自身による買収案件としては、2009年の靴通販『ザッポス』(Zappos)の8億8790万ドルが有名。今回は、その3分の1以下の買収金額だが。ザッポスは、365日まで返品可、スタッフは客が望むことはなんでもする“マニュアルなし”サポートが有名(アマゾンは、日本でも『Javari』という靴とカバンの通販を展開しているが少し雰囲気が違うように思う。電話サポートで自社に在庫がないので他店を紹介したというエピソードがある=『ザッポス伝説』など参照)。

 つまり、ザッポスは、アマゾンの巨大ネット自動販売機たる“1-Click設定”とは対極にある会社で、ECの次の10年を考えるなら布石としておさえておく価値は十分にあった。

 ところが、今回のワシントン・ポスト買収には、いまのところこれといったシナリオは見えない。ただ、ベゾス自身は新聞は変わるべきだという意見があることをほのめかしているらしいし、ワシントン・ポストの社員のそれを期待している声もニュース記事で伝えられていた。はたして、ベゾスのワシントン・ポスト買収の真意はどこにあるのか? さまざまなメディアで分析されていて、たとえば、『マガジン航』で大原ケイさんの解説などがわかりやすかった。

 そういう中で、私は、ベゾスは自分の満足のための“買い物”としてワシントン・ポストを買収したのだと思う。

 どういう満足かというと、ベゾスは長距離ランナーなのだ。創業間もない時期の株主向けレポートで、「すべては長期的な視点に立っている」として、3年で戦うには敵は多いが、7年という時間軸ならその一部で戦うだけでよいと言った。その点で目の前のトレンドばかりを追いがちな多くのネット企業とはまるで別の人種なのだと言える。それも、筋金入りで、2000年に低価格宇宙旅行を実現する会社“Blue Origin”を設立、最近では、2012年末に、カナダの量子コンピューターの研究・製造会社“D-Wave”に投資している(どちらも、きちんと商売のためのものだろう)。

 ベゾスの満足がランナーズ・ハイなのか、最後の大逆転ドラマのアドレナリン大爆発なのか? とはいえ、これから新聞というよりもメディア全体が、どんなものに変容していくのかは、世界15位の大富豪にとっても、わざわざ手をだして商売として形を組み立ててみたいテーマだということだ。それは、世界中のコンピューティングを“クラウド”というパラダイムに引きずりこんだときのような、大胆にして説得力のあるものになると妄想したくなる。

 しかも、これはゲームのように先が見えないところに魅力があって、ベゾスの中にも答えはないというのが本当だと思う。

 世界を動かしてきた“ニュース(=情報)”の形をかえるということは、たぶん、ジョブズが“iPhone”を作って電話を再発明したとか、“iPad”が紙を代替するものになるといったこととは、別のチャレンジしがいのある仕事なのだと思う。実は、そんな時代の変化を目の前にしていることを踏まえ、角川アスキー総合研究所で、メディアの今後を考えるセミナーをやることになった。以下、そのお知らせをさせていただきたい。

 講師は、メディア関係者の間でとくに話題となっている『5年後、メディアは稼げるか? ——Monetize or Die』(東洋経済新報社刊)の著者の佐々木紀彦氏。同氏は、『週刊東洋経済』の編集者を経験後、『東洋経済オンライン』の編集長をつとめられており、紙から電子メディアへの大変化の真っ只中、その嵐の中に船を浮かべて目下コギコギしている当事者である。日本のネット業界では、毎日100万回くらい語られている「マネタイズ」という大変に悩ましく手の届きにくい言葉に対して、真正面から挑んでいる。

ベゾスは、やっぱり自分の満足のために新聞を買ったんだと思う:遠藤諭寄稿
↑米国のメディア事情にも目配りしつつ東洋経済オンラインの取り組みが赤裸々に書かれた話題の一冊。
ベゾスは、やっぱり自分の満足のために新聞を買ったんだと思う:遠藤諭寄稿
↑講師の東洋経済オンラインのPVをどんどん伸ばしているという佐々木紀彦氏。

 セミナーでは、『5年後、メディアは稼げるか?』の内容をおさらいしながら、新聞・ニュースから、もう少しコンテンツ的な視点もまじえ、長期的視点でのメディアの可能性についての妄想を、参加者の質疑応答なども期待してやれたらいいと思う。メディアの明日に興味のある人は、ぜひ参加していただきたい。

遠藤 諭(角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員)

{セミナー概要}
『5年後、メディアは稼げるか?』
〜激変するメディア業界の最新動向と生き残り方〜

講師:佐々木紀彦氏
   東洋経済新報社『東洋経済オンライン』編集長
司会:遠藤諭
   角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員
日時:2013年9月10日(火)
受付開始:16:30/開演 17:00/終了予定 18:00
会場:角川第一本社ビル2階ホール
参加費:3,000円
主催:株式会社角川アスキー総合研究所
http://lab-kadokawa1309s.peatix.com/

【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
■関連サイト
・Twitter:@hortense667
・Facebook:遠藤諭

(2013年8月16日23時51分追記)『ザッポス』の買収金額に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

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