チュニジアの中央、アルジェリアとの国境に近い西側の街、トズルの近くに位置したサハラ砂漠に、『スター・ウォーズ』ファンの聖地がある。主人公アナキン・スカイウォーカーの故郷、惑星タトゥイーンにあるモス・エスパの街のセットだ(『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』(1990年公開))。
撮影のために造られたというこの“宇宙港都市”が、あと数年後かに、砂丘に飲み込まれようとしている。
進行しつつある砂丘の移動を研究しているのは、アメリカ惑星協会所属の研究者でジョンズ・ホプキンス大学のラルフ・ローレンツ博士。土星探査機『カッシーニ』に搭載された着陸機、『ホイヘンス』の観測機器開発者で、惑星地質学の専門家だ。
(C)Ralph Lorenz |
↑2009年、チュニジアのモス・エスパ撮影地を訪れたラルフ・ローレンツ博士(中央)。
地球、火星、土星の衛星タイタンなど砂丘をもつ惑星の環境を研究しているローレンツ博士は、2009年に学会のためチュニジアを訪問し、モス・エスパのセットを見学した。そのとき、高さ6.5メートルもある砂丘はモス・エスパのセットのすぐ東側に迫っていたという。しかしそれは、ほんの数年前までそこにはなかったものなのだ。
砂丘とは、風によって運ばれた砂が堆積してできた丘状の地形のこと。モス・エスパの砂丘は、“バルハン砂丘”と呼ばれる円弧状のタイプで、一方向からの風が吹き続けることによって形成される。バルハンは移動速度が速く、地球上では平均で1年間に6メートルほど移動するという。
(C)Merikanto |
↑バルハン砂丘とその移動についての図。なだらかな面の方向から風が吹き、スリップフェイス(滑落面)と呼ばれる崖の方向へ、波のように移動していく。(Wikipediaより)
観測にはGoogle Earthが利用された。Google Earthの画像は、米デジタルグローブの地球観測衛星“ジオアイ”によって、1~3年の頻度で更新されるため、衛星写真を年代順に比較し、砂丘の移動速度を観測できるからだ。
↑2008年9月に打ち上げられた『GeoEye-1』。世界最高分解能41cmの商用観測衛星で、Google Earthでも利用されている。高度は681km。さらに高精細となる後継機『GeoEye-2』(分解能34cm)は今年の運用を予定している。
幸い、モス・エスパの撮影セットは目印として最適なものであったし、バルハンの大きさを推計するには、Google Earthのグリッド表示も役立ったという。
↑2004年7月11日に撮影された、Google Earthの写真。モス・エスパの撮影セットと、その付近にある砂丘。この段階では離れた位置にある。
↑2008年1月21日撮影に撮影されたもの。約3年半で、砂丘が静かに迫ってきているのがわかる。
↑翌2009年9月25日に撮影されたもの。
↑2012年7月1日に撮影されたもの。街の端が今にも砂丘にとりこまれそう。
研究チームが観測したモス・エスパ撮影地付近での移動速度は、年に15メートル。地球では、風の速度が砂丘の移動の速さを決める最も大きな要因となるが、2008年~2010年にかけては、この地域で雨が多かったために砂丘の砂が締まり、砂丘の移動速度がやや遅れたと考察されている。
ちなみに地球以外の惑星では、大気密度や重力が移動に影響するようだ。火星では何例か砂丘の移動が観測されていて、年に数メートル程度と地球より移動速度は遅い。土星の衛星タイタンは、地球よりも巨大な砂丘が存在するが、現在わかっている限りではほとんど移動は見られないという。金星は秒速100メートルにも達するという猛烈な風が吹き荒れているが、惑星の表面に砂が少ないため、砂丘はほとんど形成されていない。
(C) All photos taken by the Mars Reconnaissance Orbiter/LPL/NASA |
↑マーズ・リコネッサンス・オービターが撮影した火星のバルハン砂丘。
今後、モス・エスパの街に向かって砂丘が平均的なスピードで移動した場合、最大80年間、セットが砂に埋もれる可能性があるという。ローレンツ博士は、衛星写真と地上で撮影された現地の写真を手掛かりに、今後の推移を見守ろうと呼びかけている。
米惑星協会のサイトからダウンロードできるKMLファイルをGoogle Earthに読みこめば、博士が観測したものと同じ衛星写真は誰でも見られる。ぜひ一度、ダース・ヴェイダーの故郷に迫る危機を目撃してみよう。
■関連サイト
Google Earth
アメリカ惑星協会 ラルフ・ローレンツ博士のブログ記事
モス・エスパ付近をGoogle Earthで表示するKMLファイル
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