■日本再生に必要な破壊的イノベーションとは?
2013年4月16日、ホテルニューオータニにて、新経済連盟(新経連)による“新経済サミット2013(NES)”が開催された。海外展開を加速するLINEや、新経連を主催する三木谷浩史氏の楽天をはじめとする国内有力IT企業に加え、TwitterやSkypeの創業者、Androidの生みの親がそろって来日、登壇するとあって多くの関係者が足を運んだ。その皮切りとなる第一セッションの模様をお伝えしよう。
■成長戦略にはイノベーションが欠かせない
冒頭、三木谷氏より本サミットの趣旨が説明された。国内外のIT起業家、専門家らによるディスカッションをつうじて、日本経済再生に不可欠な破壊的イノベーションの在り方について探り、そこから得られた知見を、氏も委員を務める産業競争力会議から政策にフィードバックしていきたい、というものだ。続いて、それを受け取る側となる本サミットの前夜祭にも参加した安倍内閣総理大臣からのビデオメッセージが上映された。
大胆な金融と財政政策で景気は持ち直しつつあるが、これを一時的なものにしないために必要なのが具体的な成長戦略だ。中でイノベーションとそれに伴う産業の新陳代謝が鍵を握ると首相は三木谷氏と同様に強調した。
■重要なのはAgility(俊敏さ)
海外事例の紹介のトップバッターは、Google上級副社長のアンディー・ルービン氏だ。氏は先日その任から外れることが大きく報じられたが、言わずと知れたスマートフォンOS“Android”の生みの親である。氏はAndroidがGoogleに買収される前に投資家に示されたプレゼンテーション資料をもとに、イノベーションがどのように起こったかを紹介した。
ルービン氏は「Androidは元々スマートフォン向けではなく、デジタルカメラ向けとして生まれた」と話し、ミッドレンジのカメラのスマート化を目指し、OSを超える存在として無線ネットワーク、ジオロケーション、顔認識技術などにも対応しクラウドとの連携も含めたプラットフォームだったと振り返った。
Androidが生まれた2004年当初は、このプラットフォームやユーザー向けのストレージサービスをOEM提供するビジネスモデルを描いていたとルービン氏。しかし2005年には「デジカメにはもう市場性はない」と判断、スマホのためのプラットフォームとする方向に大きく舵を切った。ハードのコモディティ化が進む一方、OSなどのソフトウェアのコストが下がっておらず、そこに“破壊的イノベーション”の余地(ギャップ)があると考えたためだ。
わずか5ヵ月で製品の位置づけを大きく転換し、成功した経験を元に氏が説くのがAgility(俊敏さ)だ。意思決定は早くし、技術戦略は柔軟に応用性に富んだものを目指し、適応力に富んだビジネス戦略を採るべきとルービン氏。そのビジネスモデルの柔軟さをよく表しているのが、OSをオープンかつフリーとした点だ。Googleによる買収後にその広告モデルと結びつくことによって、現在のAndroidの巨大なシェアが生み出されたのだ。
■Twitterのイノベーションをeコマースへ
続いてTwitter共同創業者で、スマートフォンを使った決済サービスSquareの共同創業者でCEO、ジャック・ドーシー氏がプレゼンテーションを行なった。
iPhone(iOS端末)のイヤフォンジャックに差し込むことで、クレジットカードの読み取りと決済が可能になる『Square』。現在、同様のサービスが数多く生まれているが、氏は自らも創業者のひとりであるTwitterにつうじるものがある、と説く。無料で、価値の交換を通じたコミュニケーションが生まれること、簡単なコマースを実現することで数多くの人がそこに参加することがその理由だ。
大きなレジがあり、その脇に無骨な読み取り端末があり、電話線とつながっていて固定されている……そんな旧態依然とした風景を打破したかったというドーシー氏。決済にフォーカスを当てたスピード感のある事業展開を進め、現在ではスターバックスなどとも提携し、北米で300万個以上のSquare端末が使われているとアピールした。
■関心をベースにつながっていく――Pinterest
日本ではまだ本格的に普及しているとは言えないが、北米で人気を集めるアプリ『Pinterest』の共同創業者でCEOのベン・シルバーマン氏もサービスとイノベーションについて、自らの起業体験も交えながらプレゼンテーションを行なった。
子供のころからものを集めることが好きだったというシルバーマン氏。写真をベースにつながっていくPinterestは、Facebookの配下にあるInstagramと似ているが、自ら撮影した写真だけでなくウェブ上の画像をPinしていくことで、自分の興味と関心を写真で提示できることができる。
自らもGoogle出身でもある氏。「Googleはすぐ的確な答えを返してくれるが、Pinterestではインスピレーションを共有することができる」という。その連鎖によって世の中をよりよくしていくことができると説く。
■Skypeがもたらした破壊的イノベーション
プレゼンの最後を締めくくったのは、Skypeの共同創業者であり、現在はベンチャーキャピタルAtomicoでCEOを務めるニクラス・ゼンストローム氏だ。氏は、Skypeがそれまでの電話という概念やビジネスモデルを文字どおり“破壊”したことを振り返り、それは「世の中をちょっと良くする」といった話ではなく、まさに嵐のようにすべてを破壊し尽くすものだと言う。
Androidが変化したように、Skypeも当初の音楽ダウンロードサービスから、フリーミアムモデルを中心に据えたインターネット通話サービスに大きく変更した結果、現在の地位があると氏。氏の投資先にはフリーWiFiスポットの『Fon』も名を連ねている。
ゼンストローム氏は自身の、また投資先の事業展開も踏まえながら、「失敗を繰り返し、そこから得た経験を次に活かす」ことが重要であり、それによって社会と経済は活性化すると強調する。
■日本でのイノベーションの可能性は?
続いて行なわれたパネルディスカッションでは、三木谷氏の進行の元4人の登壇者たちがイノベーションをテーマに意見を交した。
三木谷氏より日本市場について尋ねられたルービン氏は、「正直Androidが日本でこんなに成功するというのは驚きだった。ここではエコシステムに対する理解や文化が根付いている。それをもたらしているのはiモードであることは間違いない。iPhoneと比較しても何も遜色がない。本当は世界で通用したシステムであるはずだ。関連事業者は容易にこのプラットフォームを理解し、参加することができた。そして日本は半導体といったプラットフォームの基盤となる技術を持っていて、そこから産業をつくっていくのに慣れている」と述べた。ドーシー氏もそれを受け「Twitterの活用度も日本が高い」と応じた。
また三木谷氏からの「破壊的イノベーションとは何か? またそれを維持することはできるのか」という問いに対して、ルービン氏は「必要とされれば、それは維持されていく。従来のもの破壊しようということではなく、他の良い方法を探り実現していくことを続けていれば、既存のプレイヤーとの連携や、巻き込んでいくことも可能なはず。そうでなければ共倒れになってしまう」という重要な指摘があった。ドーシー氏も「私も実は『破壊的』という言葉は嫌いだ」と答える。
シルバーマン氏は、サービス開始当時、システムが落ちていたのに自分しかそれに気づかぬほど人気のない時代があったと振り返り、ゼンストローム氏は音楽業界から訴訟を受け苦しかった時期を語った。イノベーションを起こす上ではこういった失敗や苦労とは無縁ではいられないが、そこから得られるものも多いという。登壇者らに共通していたのは、“このサービスをより多くの人に使って欲しい”という思いと戦略があればそれはグローバルなものにもなりうるし、“破壊的”であることを意識せずとも協力者を得ながら広まっていくという信念を予定時間を超えて続いたディスカッションをとおして感じることができた。
■関連サイト
新経済サミット2013
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