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ジョブズのいない1年 ~MacPeople編集長が振り返る

2012年10月05日 21時00分更新

スティーブ・ジョブズ

 1年前の10月を思い返してみると、マックピープル本誌で追悼特集を組んだり、過去の基調講演をまとめた臨時増刊号を刊行したりと、細かな記憶があいまいになるほど忙しい1ヵ月だったことを覚えている。もちろん、その後に刊行された公式自伝書にも目を通し、スティーブ・ジョブズが成し遂げてきたこと、失敗してきたことを強く再確認した時期でもあった。

 スティーブ・ジョブズがこの世を去ってはや1年になるが、正直なところ不在という実感があまりない。もともと遠い存在だったが、米国や日本での基調講演では何度となく同じ会場にはいたし、2000年前後のWWDCではフラッシュがまぶしいと指さしながら注意されたこともあるが、自分でも意外なほどジョブズの不在を強く実感できていない。

 もちろんアップルのスペシャルイベントでは、ティム・クック現CEOが基調講演を務め、重要な製品についてはフィル・シラーやスコット・フォーストールなどの上級副社長が披露するという、ジョブズ存命時とは異なる演出で進行する。しかし、個人的にはあまり違和感を覚えず、ワクワクした気持ちで臨めるのだ。死後にリリースされた、第3世代のiPadやIvy Bridge搭載のMacBookシリーズは従来と同じデザインだし、Mountain LionもiOSとの融合をさらに推し進めたLionの強化版のため、新生アップルのプロダクトという気がしなかったのも関係しているかもしれない。

 しかし、iPhone 5のときもジョブズ不在を強く意識することはなかった。ジョブズは向こう数年の製品計画に携わっていたと言われるので、ジョブズの考えはiPhone 5に取り入れられていはずだ。とはいえ、企業のトップが数年先の計画に関与するのは一般社会でも珍しい話ではないし、アップルほどの大企業なら、5年はもちろん10年先の具体的な製品計画を考えていてもおかしくない。しかも実際に世に製品を送り出すときは、市場の動向やトレンド、最新技術などをがっちりと掴んだ仕上げ作業が必要だ。この作業は、この世にいないジョブズではなく、間違いなく現経営陣の仕事だっただろう。そう考えるとiPhone 5は、iPhone 4Sのデザインを踏襲しつつも、背面をツートンにして液晶も縦長に変更するなど大胆なモデルチェンジが実施された、ポストジョブズ、新生アップルのプロダクトと言っても差し支えない。

 実際にiPhone 5を手にしてみてジョブズを意識することはないのだが、画面の大型化を縦方向だけに限定しつつもiPhone 4Sよりも薄く軽くした点や、好評だった従来のマップアプリと決別して新しいアプリに置き換える点など、従来同様あっと驚くポイントが多数見受けられる。つまり、アップルという会社のプロダクトであることは、iPhone 5でもものすごく実感できるのだ。これは、アップルの経営陣がジョブズと同じ目線でプロダクトを生み出せているからで、ジョブズ存命中のアップルらしさが失われていない。

 一方で、ティム・クックCEOを口を開くと「ジョブズはあんなことは言わない」「ジョブズ不在のアップルは心配だ」など、否定的な意見が飛び交うことも多い。直近の話題としては、iOS 6のマップアプリについてクックCEOが自ら謝罪したことがニュースになった。私はここに、クックCEOらしさ、新生アップルらしさが出ているように思う。ジョブズもユーザーに謝ったことは過去に何度かあるが、おそらくジョブズなら「すぐには謝らない」だろう。新OSの発表から1ヵ月も経たないうちに謝罪しつつ、サードパーティーのアプリを紹介するといったことはジョブズは絶対にやらないはずだ。

 はっきりいって現状のマップは使いものにならない場面が多いが、Macが収益の柱だったころとは異なり、現在の大黒柱であるiPhoneはユーザー数も販売台数もMacとはケタ違いで影響力は甚大なため、謝罪なしには先に進めなかったのだろう。もちろん、iPhone 5は発売直後にこれまでの記録を塗り替えた人気機種なので、マップアプリに関する謝罪をして他社のアプリを勧めるというのは余裕の発言ととることもできる。いずれにせよ、クックCEOは新生アップルの顔らしく、「ジョブズならやらない、言わない」ではなく「ジョブズにはできない、言えない」ことをやっているのだと思う。

 クックCEOが総合司会を務めて、各プロダクトは適任の上級副社長に任せるという演出も、数年後には見慣れた光景になるはずだ。近々の登場がうわさされるプロダクトとしては、iPad miniやテレビ、iMacなどがあるが、私はジョブズ存命時と変わらずにワクワクして発表を待つだろう。ジョブズ不在でもアップルは確実に前に進んでいる。

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