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実は驚嘆すべき新技術—— ソニー『Crystal LED』の秘密と真価【西田宗千佳氏寄稿】

2012年01月17日 14時33分更新

●「へえ、あれって液晶テレビじゃなかったんですか」

 CES2012会期中に会食した某社(非家電メーカー)氏との会話中、こんな返事が帰ってきた。いやいやいや。ちょっと待ってくださいよ。ソニーの『Crystal LED ディスプレイ』って、まったく新しいデバイスなんですから。日本のメディアの報道を観ても、どうやらあれがすごいものだという認識は薄い模様。「有機ELで韓国勢が先行、液晶テレビの低価格化で日本企業がピンチ」ってのは確かにその通りなんだけど、日本企業もどっこいがんばっている。CES2012で見えたその一端が、ソニーのCrystal LEDなのだ。そのどこがすごいのか、ここでは、現物を見ていない方々にもわかりやすいよう、ソニー関係者のコメントも合わせてご紹介していきたいと思う。

ソニー Crystal LED技術
↑ソニーブースで展示されていたCrystal LEDディスプレイ。ごく普通の新製品のように展示されていて、“LED=バックライト”と誤解しやすいことも手伝って、思わず素通りしてしまう印象は確かにあった(編集部注)

 ご存じの通り、液晶は、液晶の裏からライトで照らし、液晶を通ってきた光を見るというディスプレイ。今はバックライトがLEDになったので、特にアメリカでは“LED TV”などとも呼ばれる。冒頭で「液晶テレビとCrystal LEDを誤解した人」の例をご紹介したが、それはこの辺の事情に由来する。特にアメリカでは、同じように誤解した人も少なくなかったようだ。有機ELは、一般的に“有機LED(Organic LED)”を並べて作ったディスプレイのことで、液晶を通らない分、輝度とコントラストが高くなり、薄くしやすいという利点がある。Crytsal LEDというのは、有機ELと同じく“LEDを並べて作ったディスプレイ”なのだが、使っているのは有機ELでなく“無機EL”。おおざっぱに言えば、照明やバックライトに使われているLEDと同じものである。

 あれを微細なものにし、55型・フルHDのディスプレイとして敷き詰めたもの、と考えていただければいい。その量は、今回公開された55型・フルHDの試作機の場合で、RGBそれぞれ3色分あわせて合計約600万個。それだけ小さなものを細密に敷き詰めた、という点には驚かされるが、構造は意外と単純なので、薄型化も容易だ。試作機はそこそこな厚みがあったが、有機ELディスプレイ同様、「数ミリ厚のテレビを作るのも難しくない」(ソニー技術者)という。

●Crystal LEDは画質がとにかくスゴイ

 コントラストは液晶より遙かに高く、暗所コントラストは「測定限界以上」、明所コントラストは液晶テレビ比で3.5倍となっている。色域も広く、正確。色がどこかの領域に偏っている印象もなく、とにかく自然なのが特徴だ。しかも、視野角の問題は存在しない。スペックで表すと“180度”。すなわち、どこから観ても色の変化はない(!)のである。
 その結果、画面にはまるで写真を貼り付けたかのような映像が再現される。有機ELではよく「はめ込み合成“ではありません”」的な表現をされるが、Crystal LEDもまさにそんな感じである。
 しかも、現状のテレビ向けパネルとして比較しても、有機ELよりさらに画質は上だ。今回のCES2012では、サムスン電子とLG電子が有機EL採用の55型テレビを展示していたが、画質は正直感心しなかった。コントラストはスゴイのだが、色の偏りもかなりあって、階調性も不足していた。赤や緑がどぎつい上に、階調が足りなくて「段差を感じる」、という印象だ。それに対してCrystal LEDは、まったく問題を感じない。つっこみどころが見つからない、というと大げさなようだが、本当にそう感じたのだからしょうがない。

 もっと違いがわかるのは3D表示だ。
「えー、3D? そんなに画質も良くないし、観てると疲れるからどうでもいいよ」
 そう言う人もいそうだが、それはいままでのデバイスでの話。映像が重なる“二重像”がなく、不自然さは、まったく感じられない。しかも、とにかく色がいい。ディスプレイの側に偏光板がないため、メガネをかけていない時と同様に、すっきりとした純度の高い色発色が楽しめるのだ。
 同じソニー商品であるヘッドマウントディスプレイ『HMZ-T1』での映像をご覧になった経験はあるだろうか? あの製品も色がすっきりして二重像のない、別格の3D画質を楽しめるのだが、さらに自然できれいな映像を、重いヘッドマウントディスプレイをかぶらずに楽しめる、といえば、おわかりいただけるかと思う。
 要は、現状望みうる最高の画質で、機能性も高い。万能性の高いディスプレイがCrystal LEDなのである。

●『Crystal LED』=「お塩だけでいただけるディスプレイ」の意味は?

「映像を出してみてわかったんですよ。ああ、このデバイスっていうのは『塩だけでいただいてください』って感じなんだなあ、って」
 ソニーでこの技術の開発を手がけた人物はそう話す。
 なんのことかわからないって? それはその通り。そこで、ディスプレイを「いいお肉」だと考えていただくと、なんとなくわかってくるかと思うのだ。
 液晶ディスプレイは、画質を上げるために色々な工夫が必要なデバイスでもある。色の自然さを演出するには、ディスプレイ側での偏りが目に感じられないように、しっかりと映像信号の処理をしないといけない。パネル自身はコントラストも高くないので、バックライトの制御を工夫してあげる必要がある。それをやっても、画質には限界があるし、3Dのような高速書き換えが必要な領域はそもそも苦手で、さらに工夫が必要になる。

 プラズマディスプレイは液晶より有利な点が多いものの、消費電力は高くなりやすいし、明るい部屋では液晶ほど輝度が高くならない。やはりこちらもバックエンドでしっかり、映像信号の処理をしてやり、画質が上がるよう工夫を重ねないと、良いテレビにはならない。
 韓国勢2社の有機ELテレビがイマイチな画質だったのも、この問題に似ている。デバイスとしての煮詰めがまだ進んでいない上に、バックエンドでの画像処理がかなり甘いのだろう。
 別のいい方をすれば、ここ最近のディスプレイは、映像を表示する前の処理、いわば“料理前の下処理”がしっかりしてないないといけなかったわけだ。

Crystal LEDのスペック
↑ソニーが公開している展示機の主なスペック。LEDを直接明滅させるため、コントラスト比は猛烈に高い。スペックとして、暗所コントラストを“測定限界以上”と書いてしまえる性能は、率直に言ってアツい。(編集部注)

 ここで、ソニー開発者の「塩だけでいただける」発言に戻ってみよう。
 液晶は、いわば「下処理後においしくなる肉」だ。牛すじは煮込むと美味しいが、そのためにはしっかりした技術が必要だし、時間もかかる。画像処理の善し悪しで画質が大きく変わるし、その処理にかかる時間の分だけ、表示に遅延も起きる。またそもそも、液晶というデバイスが、映像の入力から映像の表示まで、ごく短い「表示遅延」を持つ。これらの結果、画像処理LSIは高度なものになったし、映像の入力から表示までの遅延も大きくなる。3Dにもマイナスだし、特にゲーマーには気になる問題だろう。他のディスプレイも、苦手な点はそれぞれだが、やはり「下処理が必要な肉」といっていい。
 だが、Crystal LEDでは、デモにおいても「ほとんど映像処理をせず、元のデータのまま流している」という。要は“生”なのだ。技術者のいう「塩だけでいける」ということは、「生でいただけるほどおいしいお肉」という意味。元々のデバイスの特質がズバ抜けているため、特別な処理を必要としていない、というのである。結果、元映像の持つ良さを最大限に楽しめるようになる。デバイスとしての表示遅延も「ほとんど存在しない」(ソニー技術者談)というので、この点でもプラスだ。
 もちろん、テレビとしての製品に仕上げる場合には、MPEGノイズの除去や超解像など、今のテレビに必要とする最低限の処理系が必要になるだろう。でも、それは「いい肉にちょっと塩をふる」程度。同じ規模のLSIを使えるなら、「よりよくする」ための処理を盛り込めるようになり、有利だ。映画ファンにはもちろん、遅延につながる要素が減るので、ゲーマーには最適なディスプレイになる可能性が高い。

●Crystal LEDは市販化前提の技術

 ここで問題となるのが“コスト”と“高解像度化”だ。
 いくら良質なディスプレイでも、高価では手に入れられない。様々な問題がありつつも液晶が勝利したのは、量産によってコストが下がり、その分問題をクリアーするために必要な技術競争も行われたためだ。この点については、まだはっきりとした情報がない。また、フルHDからその縦横2倍の、いわゆる4K2Kへと解像度が上がったディスプレイも登場しはじめている。LEDを並べるとなると、小型化と微細化が気になる。55型以上でフルHDしかないと、ラインナップが限られるので、市場では当然不利になる。
 しかし、ソニー関係者は意外と楽観視しているようだ。

 Crystal LEDを開発したのは、ソニーの半導体事業本部。LEDをはじめとした素材を開発する根っこの技術を開発する部隊である。ソニー・半導体事業本部 本部長の斎藤端氏は、Crystal LEDの量産について、筆者の問いに、次のようにコメントしている。
「詳しくはいえないですが、生産技術面であるメドがたったので、展示にこぎつけたんです。まあ、そこが秘中の秘というか。より高解像度な4K版ですか? 技術的な問題はなんにもない。でも、開発には順序があるからね。それだけの話ですよ。有機ELをやめるとか、テレビをやめるとか次世代開発をやってないとか、色々報道されたけれどとんでもない。うちには、画質や技術にこだわってるエンジニアが、たくさん、たっくさんいるんです。Crystal LEDはその成果。こういうのをやんなきゃソニーじゃないでしょ!」
 熱いエンジニアが支える熱い新技術。いくらぐらいでどんな形で世に出てくるか、要注目だ!

●関連リンク
大画面・高画質に優れた次世代ディスプレイ“Crystal LED Display”を開発(リリース)

ces2012まとめ

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