ジョブズの死は今朝の会食中、iPhoneが鳴り続けていたので「何かあったのかな?」と、食後にTwitterを見て知りました。ショックでした。これまでも誤報が幾度かあったので今回もそう思いたかったのですが、信頼できるメディアに掲載されていたので、間違いないと確信しました。それにしても早すぎます。本当に残念です。
私がスティーブ・ジョブズと直接話したなかでも印象に残っているのは、最後のJDC(日本開発者会議、現在はWWDCに統合)があった1997年、(JDCを)どうしてやめるんだと詰め寄ったときですね。今思えばそうとう失礼な感じだったと思うのですが、「日本市場を大事に思っている。ひとつのカンファレンスに注力し、グローバルに展開することにベストを尽くしたいのだ」と丁寧に応えてくれました。そして後年、その意味がよくわかりました。
ジョブズがアップルに戻ってきてからの15年間、とくにiPhoneを発表してからの4年間は本当にエキサイティングでした。'90年代のMacとか、すばらしいことをやったのに一般にその偉業はあまり知れ渡らなかった。iPod、iPhoneが広く普及したおかげで、彼の過去の偉業にまで関心が広まったことは、非常にうれしく感じます。
アップルの本質主義はジョブズの考えそのもの。日本のテクノロジーは確かにすごいけれど、いろいろな制約を考えて、始める前から「できない」と言い分けしてしまう。ジョブズは「正しい」と方針を決めたら“どんなムチャをしても”必ずやり遂げた。言い分けなどしない。その徹底したやり方が、アップル全体に染みついているように思うのです。
アップルの今後については、差し迫って心配はないでしょう。しかし、変化の波に敏感なジョブズの“嗅覚”が失われてしまったことは事実。革新を続けていくには、いずれ“ジョブズの殻”をアップル自身が破らなくてはならない日が来るのではないでしょうか。既存のものを打ち壊さない限り、テクノロジーの革新はない、ジョブズがそうしてきたように……。
※本稿は林氏との談話を元に起こしたものです。写真はアップルストア店頭の様子。たくさんの献花が見られます。
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