多くの人がそうであるように、私もこの訃報を、寝起きの頭で、半ば呆然としながら受け止めていた。反射的にCNNへと切り替えたテレビからは、スティーブ・ウォズニアックへの電話インタビューが流れてきた。
「ジョブズ氏は様々なものを発明した。エジソンと比較する声もありますが」
「それはどうでしょう。エジソンは、研究者というか、ラボの中にいる人物だと思います。スティーブはそこを飛び出し、実現する人。人と人の間をつなげて、なにかを作る人。技術的ななにかを理解し、モノを作る人です。そういう意味では、エジソンより上の人物ではないでしょうか」
ウォズニアック氏の言葉を聞いて、私はこころから頷いた。ジョブズ氏がすごかったのは「自分だけでなにか生み出した」のではなく「スゴイものを作る環境」を作り上げていったことにあると感じるからだ。
例えばiPad。あれだけ仕上げの美しい製品が、4万円台という価格で手に入るのは、アップルのデザインチームが優れているから、だけではない。最初から「年間数千万台」作ることを前提にコスト計算と製造計画を立てて、「これだけ作るならデザインを良くするためにコストをかけても割に合う」というモノ作りを徹底しているからだ。そのために、アップル社内が全力を尽くすだけでなく、製造を委託する企業にも、工場にもそれだけのことを期待する。さらには、大量に作ってもそれが適切な時期に売り切れるよう、販売と供給のバランスを慎重に保つ。アップルストアというシステムも、そのための仕組みといっていい。
ジョブズ氏が稀代の経営者であるのは、画期的な製品を作るリーダーであるからだけでなく、そういう製品を「売る」ところまで心を配る人だった、ということにある。モノ作りのための組織作りの名人。それが、私の見るジョブズ氏のすごさだ。
彼がそんな経営者になれたのは、一度アップルを追われたことと無縁ではあるまい。アップルを追われた理由は諸説あるが、有力な話として、1985年、まだ発売されたばかりのマックの需給調整に失敗し、大きな損を出したからと言われている。その後、NeXTでハードウエア事業を手がけた時にも、同様の問題で苦慮したようだ。
すごいものを作りたいが、それが売れないと続かない。ではそのためになにをしたらいいのか? 彼の半生は、これがテーマだったのではないだろうか。そしてそれは、我々にこんなに豊かな生活を与えてくれた。
そうなると次に気になるのは「スティーブがいなくて、アップルは大丈夫なの?」という話。本質が「チーム」にあるなら、きっとすぐに魔法が消えることはないだろう。
そもそも、私はかなり楽観視している。
アップルは、ジョブズ氏がいない時にでも、いくつかのすごい製品を作っている。例えば、現在のノートパソコンのデザインの元になったのは、ジョブズがいなくなってからできた『PowerBook 100』が元になっている。ジョブズの残したイメージの「残り香」を受けた人々が作ったものが、今も様々な製品に影響を与えている。今後の「ジョブズ氏がいないアップル」で、そんな製品が一つでも出てくれば、役割としては十分「すごい」と思うのだ。
彼はいなくなったが、別にさみしいと思わなくていい。
ITの世界でモノ作りをする人々は、みんなどこかで「ジョブズの子供」。アップルから出てこなくても、ジョブズの匂いがするものは、きっと今後も生まれていく。
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