ついに発売となったVOCALOID『鏡音リン・レン Append』。早速ゲットし、創作活動に勤しんでおられる方も多いのでは? 本誌では開発元クリプトン・フューチャー・メディアの佐々木渉氏を直撃! 掲載したインタビューの完全版をここに公開いたします♪
『鏡音リン・レンAppend』
●1万6800円 ●クリプトン・フューチャー・メディア
――新作アペンドの内容は? ミクには6種のアペンドがありましたが……。
佐々木 “初音ミク アペンド”という声の表情を増やすための追加音源を発表したのですが、アペンドの構想というのは一昨年からありまして。ミクだけ出してほかを出さないとなると、ほかのシンガーを好きなファンの方々が納得しないだろうと考えました。ただし、毎回同じことをやっても停滞してしまうと思ったので、「アペンドって、どういう声を産み出せる可能性があるかな」と探る時間が長かったですね……。ミクのときは最初だったので、ダイナミックな振り方が多かったんです。たとえば“DARK”みたいなしっとりしたものとか、“SWEET”みたいな過度に甘くデフォルメ感の強い声です。ちょっと奇抜な部分が、ファンやクリエイターに喜んでもらえるのでは? という積極的なアプローチも込めてました。今回は、リンそのものの元気でパワフルな部分をもうちょっとブラッシュアップした“POWER”という部分と……。
――それに、あたたかみのある声も?
佐々木 そうですね。“WARM”を追加しました。ミクのときは似た声で“SOFT”というのがありました。これは、やわらかいという意味合いでやったんですけど。声の印象というのが、ストレートに“力を抜いた声”という理解になってしまったんですね。「脱力しているだけでしょ?」という反応も多少あったかなと……。なので、“あたたかさを表現するための、やわらかさ”という切り口で声をつくりました。
――“SOFT”、気に入ってたんですけどね(笑)。
佐々木 そうでしたか、ありがとうございます(笑)。“SOFT”や“LIGHT”は淡白で、“DARK”とか“SWEET”とかのほうがわかりやすかったかなとということで理解してます。声も形容詞も。
――“DARK”で歌われるとグッときますよね。
佐々木 そうですね。積極的に使ってくださる方、聞いてくださる方もは多かったと思います。体温が低めで透き通った暗い声っていうのは、時代の雰囲気とも合致しているのかもしれませんね。今回の、リンの場合だとミクでいう“DARK”みたいな表情は“元気で明るいリン”のキャラクターの方向性として真逆だったりするので、まあ、“DARK”はないかなと。発想を変えて“陰”ではなく“陽”に切り替えた声の雰囲気ということで“WARM”と“SWEET”を加えました。まあミクの“SWEET”が過度にロリータっぽかった。若干病的ですらあったのを、リンの場合は、もう少し温度と湿度が高い雰囲気でまとめました。
――ミクのときの、滑舌をよくしたような“VIVID”は今回は必要ないかな、という感じでしょうか?
佐々木 今回は全部、“VIVID”の要素を入れているというか。滑舌面はすべてのアペンドについてよい値を取れているかな、というのがありまして……。
――なるほど。では、レンのほうを。レンには“COLD”というアペンドがありますが。
佐々木 アペンドのテストについては、歌手の方でも行なったんですよ。チェックの段階でも。で、その歌いかたのバリエーションとか、歌を歌っているときの表情のバリエーションというふうに録っていくと、どうしても声が“歌いかた”のなかに収まってしまうのです。レンの“COLD”のところでは、声優ならではのアペンドの可能性を押し広げたくて、歌いかたのダイナミズムの外側にある、ちょっとこう“斜に構えて歌う感じ”(笑)も含めたかったんです。
――歌いたくない感じ?
佐々木 歌いたくないというか、少しよそよそしかったりとか、こうつっけんどんに歌ってるみたいな。どちらかというと、歌い方のバリエーションというよりは、その歌手の方のパーソナルなところで中学2年生の男子的だったり、思春期~反抗期っぽい感じなどを採り入れたかった。学生のときに合唱コンクールってあるじゃないですか。そのときに“歌いたくなさそうに歌ってる”とか、“オレの歌いかたはちょっとカッコつけてるよ”っていうような。
――ハスに構えた感じ?
佐々木 ええ(笑)。そういう部分を出したかった。まあ、14歳くらいの設定であれば、アリなのかなあと思いまして。そういう声のバージョンということで採用したんです。実用性という意味では、6種類のなかではちょっと低めかもしれないんですけど。さまざまなアペンドの種類というのをめざしていましたし、そういったものもつくって、クリエーターの人たちのイメージのなかでうまく料理してもらおうかなと。レンは、CVシリーズの中でも一際、キャラクターが立っていて感情的な表現も求められていると思うので。たとえばこう、少しラップ調の、語り調のものとかそういうもので使いやすいかなと。
――“COOL”でなく“COLD”というネーミングにしたのは?
佐々木 “COOL”と言ったときの意味合いはけっこう広いかなというのと、なんだろう、“イケメン”とは言いますけど、「あの人COOLだよね」って言うのって、なんかちょっと時代感覚も含めてピンと来なかったというか。クールって少し死語っぽい感じがしました(苦笑)あとは、“SERIOUS”という“生気のない声”みたいなものも入れました。深い傷心といいますか、意識が落ちていって頭が真っ白くなっていくときのような声をやってみたくて。せっかく声優の方とお仕事をしているので、極端な方向をやってみたかったんです。
――“SERIOUS”、すごく気になります。ところで、開発を始めたのはいつごろですか?
佐々木 開発を始めたのは去年の4月くらいからですかね。
――どんなプロセスで進めていくんですか?
佐々木 当日の雰囲気、声優さんのバイオリズムとか、空気を読んだうえでの自分のひらめきとか……かなり行き当たりばったりなところはありましたね。“ミク アペンド”のときのほうが行き当たりばったり感は強かったんですが。やっぱり声優の方と話ながら、本人が意識してひとつのキャラクターをつくって、声をのせるわけじゃないですか。
――マーケティングとかではないのですね。
佐々木 そうです。ひらめきや、身体感覚が優先です。ちょっと難しいんですけど、声優の方の魅力をこちらで洞察させてもらって引き出していくんですね。
――その人のいろんな側面を引き出していく?
佐々木 なんていうんでしょう、やっぱり“声優さん本人”ではないんですよ。地声ではないので、本人がひとつつくったキャラクターというものの、ほかの側面を見ていく、みたいな作業を声優の方といっしょにやるんです。だから脚本とか台本があるわけではないので。
――声優さんのもっている声をひとつ仮想化して、そこに対してアプローチしていく感じですか?
佐々木 そうですね。やっぱり声優さんにもコンディションがありますから、「今日ちょっと疲れてるみたいだな」とか、「今日は元気があるな」という状態にあわせて、じゃ、今日は“POWER”を録ろうかな。“WARM”を録ろうかなというかたちで変化しますし、今回は6種になりましたけど、やはり9種類くらいは録ったので。3つくらいはいろんな理由でボツにしたんです。
――声優さん自身が、自分の声に対して物理的にアプローチするのって難しくありませんか?
佐々木 ええ、難しいと思いますよ。かなり戸惑われていた部分もあると思いますし、やりにくい仕事だろうなっていうところはあるんです。ただ、やはり出発点が“みんながイメージしているリン”とか“みんながイメージしているレン”というのを念頭に置いたうえで、自分ないしは声優さんとのコミュニケーションのなかでどういう方向に振っていって、ここから一線超えちゃったらダメだろうというような線引きもしていくわけなんです。
たとえばミクのほうが、派生のキャラクターであるとかバリエーションで見られることが多いんですね。だから、“DARK”だとか“SWEET”だとか、かなり遠くに振っちゃってもオッケーだったかなと。ま、“リン・レン”は、けっこうファンの統一イメージが濃くなっているので、今度はそっちに合わせていかないといけないだろうという感じですね。たとえば、今度ルカをやるとしたら大人びた方向にはある程度振ってもいいだろうけど、あまりかわいらしい方向とか、そっち側に行っちゃうと、みんな「アレ?」ってなっちゃったり。やっぱり分布があると思うんです。
――ルカはセクシーなほうですよね。
佐々木 そうですね。間違いないです。
――今回6種類の追加音声(アペンド)が出たわけですが、いわゆるボーカロイドの進化としてはどういうところに位置づけられるのでしょう?
佐々木 二次創作をさかんにされるキャラクターにおいて、二次創作が本体のほうにフィードバックして、かつその声質が増えるとか、公式のほうでのキャラクターに対する見かたが少し変わるというのはめずらしくて興味深い。ただ、おもしろいのはまず現象そのものであって、それにはクリエイター以外にもファンのイメージを中心としたさまざまな要因がある。なので「二次創作をしている人たちにもっと楽しんでもらおう」というストレートな部分だけでやっているわけではないんですね。少し幅を広げようとか、解釈を重ねようとか、それによってキャラクターが多重化していって、かつ分散しないような形でしっかり軸は支えて、楽しみかたを提案していければいいかなというふうには思っているんです。
そうした面で見れば、過去類を見ないような状況にあると思います。製品をリリースする立場として、新しい試みをするとき、やはりトリッキーな手法を取ってでも可能性を広げたいし、実験もしたい。こでは自分の欲求です。ただし自分たちの動きや提案は、ファン+クリエイターの過半数には認めていただかないと意味がないと思うんですよ。だから、アペンドの声に対して「これはちょっと違う」とか、「これは楽しめない」というふうな意見には、積極的に耳を傾けて、ひとつの熱い意見として受け止めたい。でも大きな流れとして“リンレンAppend”がリンレンの印象のなかに溶けてしまうのであれば、ファンのイメージのなかに溶け込めばオーケーみたいな。
――CGMの海に投げてしまうわけですね。
佐々木 そうです。もう最初からそんな感じだったじゃないですか(笑)。’07~’08年はとくにクリエイターとファンの結束として自分たちがガンガンいじって、「好き放題広げてやる!」みたいな情熱がVOCALOIDの原動力だった。CVシリーズは、そこから出てきたマスコットだったので、やはり業が深いんですよね。今回のアペンドっていうのも、あのときと同じではないけれどなにかシンガーの見え方を、アイディアの着想を広げるものであってほしいと思っています。
――いまさらですが、レンっておもしろいですよね。
佐々木 レンって関係者というか、ボーカロイドの制作に関わった僕らのなかでは、たぶん一番人気があるんじゃないかな(笑)。レンはいちばんバーチャル・シンガーらしいバーチャル・シンガーだと思いますし、仮想的だと思います。声優さんが女性で男性キャラクターで、かつ少年であったりとか、ジャンプを中心としたアニメヒーローのメソッドがすばらしい。また思春期のいちばん変化の途中にあって中性的。さらに双子っぽく見える要因や、ファンの熱気だけでキャラが固まっていった。やはり、すばらしい。
――男の子の14歳というのは、もっとも不安定な時期じゃないですか。
佐々木 音声合成って、やっぱり声がひとつに固定化してしまうんで、ある種不安定なところというのはなかなか表現しにくいんです。セッティングが思春期ですし、みんな思春期だと思って取り組んでるし、ファンの方も思春期の声だと思って歌を聴くので、そこには思春期的な甘酸っぱいクリエーションが立ち上がるというか。
――ですよね。逆にミクがそうだと困ってしまいますね。包み込んでくれないと(笑)。
佐々木 そうですね(笑)。
――この先どんなふうに進化するんですか?
佐々木 ”ミク”“リン・レン”という切り口も終わらせるつもりはないですし、やっぱり2010年の“リン・レン”というのはこういう形で解釈してます。この先は、ファンの反応を見ていって考察しながら、また次の一手を考えていきたいと思います。そして、当然期待される、“ルカ・アペンド”についてですが――ミクが終わって“リン・レン アペンド”をやっていて苦しかったとき、「ちょっとやそっとじゃ“リン・レン アペンド”ってできないな」という思いがあったんです。それに比べたらルカはカンタンにできそうというか。でも、そういう気分でつくってはいけないので、少し自分を追い詰めます。
――自分への戒めというか?
佐々木 いや、“リン・レン”ってけっこうめんどくさいことをやったんだなーっていうのがあるんです(笑)。男女セットで、合わせ鏡で、思春期で。あと、ルカの浅川さんって、すごく聡明な方なので、こちらの言葉をざーっと考えて解釈してちょうどいい声をつくってくれるんですよね。そうやって安全にできたものってスリリングではないので、スリリングにするための方法を考えないといけないですね。
――精神的に追い込んだり(笑)。
佐々木 いやいや(笑)。あと、ボーカロイドを通して何を見ているかというと“カイト”というキャラクターは、自分にとってもかなり不可思議な部分がたくさんあって。自分は男性なので、男性視点での女性のキャラクターっていうところはまだ理解できたんです。本物の女性のヒステリックな感じが好きなので、3次元主体ですが。それで、カイトっていうのは、最初は普通の日本語男声のボーカロイドソフトだったわけですよ……1年以上泣かず飛ばずで。それがいきなりミクに注目が集まってきて、女性もたくさんいらして、「カイト使えるじゃん!」って注目されて、そこからカイトが膨らんでいくさまを見ていて、なんてこう不思議で理解しがたい現象かと。
――まさにCGMがつくった変化ですよね。
佐々木 そうですね。だからメイコとカイトについては、まったくわれわれが手を触れることなく、勝手にキャラとして敗者復活してきた、みたいなそういうようなところがありまして(笑)。念のかたまりみたいになっているんです。
――熱い“妹”たちがたくさんいるんですね(笑)。
佐々木 はい。兄思いのカイトの妹ですかね(笑)。いや、やっぱ親衛隊かな……(汗)。とても思い入れ深く応援していただいております。そのうえで、これからカイトをどうするのか、どういう方向性に振ったらみんなさらに盛り上がってくれるのかと考えています。
――初音ミクの英語化については。
佐々木 英語化する、しないというのは、実は重要ではないと思うんですよ。たとえば、有名な歌が一度英語に置き換わった。それはみんなにとってうれしいことなのか? よろこんでもらえることなのか? 日本語のほうがよかったんじゃないのか? そういったところを考えることに意味がある、だから英語版をつくる。この流れが、いいんです。国によっても少しずつ反応は違うと思いますし。じっくりリサーチしていく必要がありますね。
──どうもありがとうございました。
『鏡音リン・レンAppend』
Produced by 佐々木渉(Crypton Future Media,Inc)
All Voice Material by 下田麻美(Artsvision)
Kagamine Rin&Len's Original Illustration by KEI
Kagamine Rin&Len(Append ver)by オサム
RinLen Append Image Logo by BALCOLONY.
(C)Crypton Future Media,Inc
VOCALOIDはヤマハ株式会社の登録商標です
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