日本のDMM.comがオーナー企業を務めるベルギーサッカー1部リーグに所属するシント・トロイデンVV(以下、STVV)のサポーターや、サッカー観戦に訪れた日本人たちが、ラーメン、和牛丼、カレーライスに舌鼓を打ち、日本酒、焼酎、ビールに酔いしれていた。2019年10月27日、STVV対ヘンクを前にスタイエン・スタジアムで開かれた「ジャパン・デー」は盛況だった。
人混みの中を忙しくSTVVの立石敬之CEOが歩き周っていた。私は一言「成功ですね。おめでとうございます」と声をかけた。するとニコリと笑って「これからですよ」と言った。
これからですよ――。この簡素な言葉には、実は大きな意味が込められている。
「ジャパン・デー」は日本産の食材や料理をベルギーの人たちに知ってもらうためのイベントであり、ひいてはそれがビジネスに繋がることを意図したものである。サッカークラブのSTVVにとっては、スポンサーやパートナーを見つける貴重な場にもなるだろう。だが、彼らが「食」を通じて目論んでいるのは、単なるスポンサー、パートナー探しではない。STVVは食を含めた『ノンフットボールビジネス』から収益を図ろうとしているのである。
2019年8月31日、ベルギー地方紙の『ヘット・べラング・ファン・リンブルフ』に立石のロングインタビューが載った。そこで彼は「2027年は、DMM.comがSTVVのオーナー企業になってから10周年に当たる。このとき、STVVの予算を現在の2倍にしたい。そしてヨーロッパリーグに出場したい」という抱負を述べていた。
STVVは公に予算を発表してないが、立石が「DMM.comがSTVVを買収してから予算が1.5倍になった」と語っていることから、現在の予算は2000万ユーロ(約24億円)ほどと推定される。その2倍ということは、10年後にSTVVは4000万ユーロ(約48億円)規模のクラブになるということだ。
ベルギーリーグは「G5」と呼ばれる5つのビッグクラブがある。現地の雑誌によればクラブ・ブルージュの年間予算は7000万ユーロ(約84億円)、アンデルレヒトとヘンクは5000万ユーロ(約60億円)と推定されている。もし、STVVの予算が4000万ユーロになれば、彼らはベルギーリーグの中で4番目に予算が大きいクラブになる。
しかし、シント・トロイデン市はわずか人口4万人にすぎず、欧州の小国ベルギーの中でも小さな町だ。ベルギーの大企業にとって、STVVのスポンサーになるメリットは少ない。一方、アンデルレヒト、クラブ・ブルージュ、スタンダールと言った全国区の人気を誇るクラブは大手スポンサーが付きやすい。「現行予算を10年後に2倍にする」という目標は、STVVにとって、なかなかハードルの高いものなのだ。
だが、STVVには他のベルギーのクラブにはない強みがある。それは「誰よりも日本のことを知っている」ということだ。STVVは「ベルギー×日本」、「STVV×ノンフットボールビジネス」をかけ合わせることによって、クラブの経営規模を大きくしようと企んでいる。
「大きなイベントを、STVVで主催したい」と立石は言う。STVVのCEOに就く前の立石はJリーグのFC東京でジェネラルマネージャーを務めており、ホームスタジアムの「味の素スタジアム」で開かれるアイドルコンサートでどれだけ収益があがるか把握していた。
「スタジアムを貸すと1億円の収入になる。もし、自分たちでこれを主催したら10倍になる」
つまり、STVVは自前で大きなイベントを開こうとしているのである。彼らがイメージしているのは『トゥモローランド』と『ジャパン・エキスポ』だ。共に毎年夏に開かれるビッグイベントだ。
『トゥモローランド』はブリュッセルとアントワープの間にあるボームという小さな町で開かれている野外音楽フェスで、2週間に渡り世界中から40万人もの人を集める。チケットの入手は極めて困難だ。ベルギー、そして隣国のオランダには世界的なDJが多いことから、立石は「シント・トロイデンにも、こうした野外フェスを持ってきたい」と考えている。
『ジャパン・エキスポ』はパリで毎年、2日間で25万人を集める、日本をテーマにした博覧会だ。出し物はアニメ、マンガ、コスプレ、ゲーム、日本料理など。STVVの調査によれば、来場者の多くはフランス人とのことだ。
「シント・トロイデンはアイントホーフェン(オランダ)、デュッセルドルフ(ドイツ)、アントワープから1時間で来ることが出来る3カ国の中心。『トゥモローランド』や『ジャパン・エキスポ』のような祭典を、ベルギーの会社と組んで、日本の音楽と一緒にここでやりたい」(立石)
アントワープには有名なファッションデザインの学校があり『ファッションの街』として知られている。ベルギー人のデザイナーと、日本人のデザイナーを組み合わせてファッションショーを開くことも構想に入っている。
「旅行者がSTVVに行けばゲームがあって、アニメがあって、コスプレがあって、日本食を食べることが出来て、ベルギーと日本をミックスした音楽やDJがあって、お土産にアスパラガス、チーズ、ベルギービールを買うこともできる。それからSTVVの試合も見て帰る」
そう、STVVの未来像を立石は満面の笑みで語るのだ。すでに立石はベルギーメディアに向かって、ノンフットボール・ビジネスのあらましを語っている。
「STVVはニコライ・フルーツの果物や野菜を日本の大手小売りチェーンに卸そうとしている」
「驚くべきことは、STVV版トゥモローランドといったイベントから得る収益はDMM.comに還元されるのではなく、STVVや地域に再投資されるというのだ」
(全国紙『ヘット・ラーツテ・ニーウス』)
こうしたSTVVの「サッカー×ノンフットボール・ビジネス」は、他のサッカークラブとは違った魅力をファンやスポンサーに提供することになる。言い換えれば差別化だ。
アンデルレヒト等のビッグクラブは存在自体がブランドだから、サッカーという本業から収益を得ることが出来る。そこにSTVVが食い込むには「同じ土俵で戦っては駄目」と立石は繰り返し何度も言う。そこで彼らは「ノンフットボールビジネス」に勝機を見出した。今回の食にまつわる「ジャパン・デー」というイベントは、さらに音楽、エキスポ、ファッションの祭典へと発展し、10年後の飛躍につながる第一歩なのだ。
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